私立カルセドニア学園・中等部のアーカディアン部に初めての練習試合の告知がされ、それに伴い常磐が部長に就任してから、最初の土曜日。
今日がその練習試合の日。
咲也・常磐・六花・小兎子の4人組は、集合場所の秋葉原駅に向かうべく、朝から山手線の緑の電車に揺られていた。
男子は学ラン、女子はセーラー服。
休日だが部活なので中学の制服で。
『次は、上野、上野』
電車が上野駅に差しかかると、線路の傍の上野公園の、木々の焼けた痛ましい姿が、咲也の目に飛びこんできた。先月末、3月31日に秘密結社ザナドゥの襲撃で発生した火災の跡。
あの日、あそこで。
自分たちも戦った。
部活メンバーでは、常磐以外が。
今この日本の平和は秘密結社によって脅かされていて、自分はそれと戦う特務機関の一員となった。こんな創作物のような話が現実だとの実感が、この景色を見ると胸に広がってくる。
恐怖、不安、困惑。
それらは日本で暮らしている全ての人々が共有しているはず。車内の乗客の雰囲気からも、それが感じられるような気がする。
(守らないと、この人たちを)
咲也は正義の味方(ロボットに乗るタイプの)には憧れても、正義の味方がするべき〔人助け〕をしたいという気持ちはない。
目の前で困っている人がいれば手を差しのべるくらいのことは人として当然なのでするが、自分から困っている人を探してまで救いにいくほどの積極性はない。
その程度の正義感なので、アルカディア東京支部の一員として東京都民全員の命を背負うというのは身に余る。それでもやる。その意欲を支えるのは、だから正義感ではなく使命感。
給料をもらうことへの責任。
は、まだ実感が湧かないが。
国から脅され押しつけられた仕事だが、前向きに受け入れると決めた。前向きに考えれば『ロボットに乗って戦いたい』願望を叶えながらも、超法規的な身分なので法を犯す危険もなく、悪者相手なので良心を痛める心配もない、恵まれた環境。
東京支部は都民の血税で賄われる。自分が給料をもらえるのも基地の施設を使えるのも、なにより実機のアークに乗れるのも! 全ては都民の皆さんのお陰‼
なら、恩返しはしないと。
それでも『命に代えても使命を果たす』とまで尽くすつもりは毛頭ない。自分と愛する女性、六花と小兎子の3人でどんな戦いからも生還するのが最優先事項。
『次は、秋葉原、秋葉原』
目的駅に着いたことを報せる車内アナウンス。咲也は頭を切りかえた。今日はアルカディアの操縦士ではなく、カルセドニアのアーカ部員として戦うのだから。
「皆さ~ん!」
下車してホームから階段を降りて、出口の1つの電気街口から改札を出ると、すぐ菫色のスーツ姿の女性に声をかけられた──4人のクラスの担任教師にしてアーカ部の顧問、風間 菫だ。
「「「「スミレ先生、おはようございます!」」」」
「おはようございま~す♪ じゃ~出発しましょ~」
歩き始めた菫を、常磐が制止した。
「先生、加藤が来ていません」
「大丈夫~先に行ってるわ~」
「なんだ、そうでしたか」
この時は飛鳥が駅前で待っていたなかったことに、そうすべき理由があったなどとは、咲也は夢にも思わなかった。
¶
秋葉原──通称、アキバ!
世界有数の電気街にして、アニメ・ゲーム・小説・漫画などを取りあつかう店舗も多い、日本が誇るオタク産業の一大発信地。
そんな街なのでコンピューターゲームをスポーツ競技と捉えた〔eスポーツ〕の商業施設も出店されている。今日、咲也たちがやってきたのはその1つだった。
【機甲遊戯アーカディアン】も当然eスポーツの一種であり、この店にはその試合ができるだけのアーカディアン用ゲーミングチェアが置かれている。
普段、部活で使っているのと同じもの。
元はアークの操縦室を再現した筐体を使うアーケードゲームのアーカディアンの、操縦桿と足踏桿のついた座席はそのままに、モニター群をVRゴーグルで代用した──
【家庭用アーカディアン】
こちらは常時オンラインの業務用とは違ってオフライン対戦が可能だが、オンライン対戦だってできる。
その機能を使って、互いの学校の部室からリモートで試合することもできたが、そうはせずに、ここへ来た。片方は、わざわざ隣県の千葉から。
夏の大会では選手たちは生身で会場に赴いて戦うことになる。普段と違う慣れない環境では、緊張で実力を発揮できないこともあるので、こうした場で戦うことに慣れるためだ。
そういうわけで。
店内の試合場に、これから対戦する者たちが集合していた。
東京都の私立カルセドニア学園・中等部アーカディアン部と、千葉県の私立サウザンドリーブズ学園・中等部アーカディアン部──どちらも顧問の教師1名と、部員の生徒5名ずつが。
部員同士の名乗りが始まった。
まずはカルセドニア学園から。
「カルセドニア学園アーカ部、部長の岩永 常磐です」
「部員の立花 咲也です」
「同じく、名雪 六花……です」
「月影 小兎子よ」
「加藤 飛鳥だ‼」
次に、サウザンドリーブズ学園。
「オレっちは清瀧 青春! サウザンドリーブズ学園アーカ部の、部長サマじゃ~ん? ウェ~イ♪」
中学生なのに大学生のチャラ男のよう。
髪は金色に染めている。
肌は褐色に焼いている。
男性用セーラー服の制服は着崩している。
それがサウザンドリーブズの校則に反しているか知らないが、どちらにしろ軽薄そうな少年だった。あとの4人も同様で──
「ウェ~イ♪」
「ウェ~イ♪」
「ウェ~イ♪」
「ウェ~イ♪」
ただ青春ほどオーラがなく、劣化版というか量産型というか。そんな感じなので名乗られても印象に残らず、咲也は誰の名前も覚えられなかった。
互いの名乗りが終わると、常磐が青春に話しかける。
「今日はよろしく頼みます」
「ヨロシク……ところでさ」
青春はチラッ、と視線を横に向けた。
その視線の先、試合場の周りで──
「きゃーっ‼」
「飛鳥くーん♡」
「今日も素敵ィ‼」
「こっち向いてーッ♡」
試合場のアーカディアン用スペースと、他の区画との境界線の向こうに無数の女性がひしめき、♡マークを乱舞させていた。
店内は完全に彼女たちによって占拠されており、他の客が入る隙間などない。こうなることが分かっていたから、本日この店は貸切になっていた。代金は彼女たちが分担した。
「コレ、なに?」
「そこの加藤のファンたちです」
「マジで⁉ そんなモテんの⁉」
飛鳥を慕う追っかけたち。飛鳥から『部活の邪魔はするな』と厳命されて学校での部活時には静かにしているが、試合の応援は邪魔ではないと、今日は飛鳥も同行を許していた。
が、飛鳥の周りに何百人と付いてまわる。そんな集団が駅前に立っていたら果てしなく通行の妨げになるので、飛鳥と彼女らは先にここに来ていたのだった。
この異様な光景も咲也たちは慣れたものだが、初見の相手方は皆、目を丸くしていた。
青春が飛鳥に詰めよる。
「なんか、その2人と同じ制服の子が多いけど、アンタんトコの一学年の女子全員とかいねぇ?」
「あー、こっから見える範囲だけじゃそう思うのも無理ねーか。一学年じゃねーよ、中等部と高等部の全学年の女子生徒、それと女教師の全員だ。スミレ先生と名雪と月影を除いてな」
「全校のほぼ全員⁉」
「あと、ここに来る途中オレの姿を目撃しちまった女が何十人か新規加入した。なるべく増えないよう、こいつらがオレを囲んでガードしてたんだが」
「目撃したらってなに!」
「オレは抜群に顔が良くて背が高くて運動できて頭いい、超絶に優れたオスだからな。その魅力に当てられて大抵の女はメス犬に成りさがる。ただの自然現象だ」
「ンな馬鹿なァーッ‼」
以前は『見ただけで惚れる』ほどではなかった。入学初日は、飛鳥がその優れた身体能力を発揮するまでは誰も彼に魅了されていなかった。
しかし発揮後、集まった大勢の女性たちから延々とラブ光線を浴び続けたことで飛鳥の自己肯定感が増大したからなのか理屈は分からないが、飛鳥の〔女を惚れさせる異能〕は拡大していた。
青春が膝をつく。
「オレっちたちなんか! モテるためにアーカディアン始めて、髪を染めて肌を焼いて、普段のノリも意識して! なのに全然、モテねーってゆーのに‼」
(あ?)
咲也は青春の発言の一部にイラっとした。
同感だったようで飛鳥がそれを代弁した。
「ハァ⁉ アーカディアンは、ロボットを操縦してーって願望を叶えるためのモンだろが! 不純な動機でやってんじゃねぇ‼」
「るっせー! 意識タケーこと言ってお高くとまりやがって! ナニをどんな理由でやろうと個人の自由じゃーん? キッカケがなんであろーと、オレっちらはマジでやってんだよ‼」
(むっ……一理ある)
「……確かに、モテ目当てで始めた奴がやってる内に競技自体に真摯に打ちこむのは部活モノの定番だな。じゃあもうモテなくていーのか」
「んなワケないじゃん⁉ 初志貫徹じゃん‼」
(カッコいい⁉)
「あーモテてーモテてーモテてーッ! おいアンタ! こんだけ女の子いんならさぁ、5人くらい減ったって変わんねーだろ? オレっちたちに譲ってくれよぉ~っ」
「「「「くれよぉ~っ‼」」」」
(カッコわるッ‼)
「馬鹿野郎! いくらオレの内面も見ずに表面のスペックにだけ魅かれて寄ってくる動物なみの知性しかねービッチどもにだって自由意志があんだよ! オレの所有物じゃねぇ‼」
「イイこと言ってる口調でよくそんだけ罵れるな⁉ 自分を慕う人たちを‼ てかそんなん言ったら嫌われねぇ⁉」
「嫌われねーよ。ホラ」
「きゃーっ‼ 飛鳥くんに罵られちゃったぁ~っ♡」
「いやーん、駄目よ飛鳥くん、こんな所でぇ~っ♡」
「公共の場なのに濡れちゃう~っ♡」
「モテる男はなにをしてもモテんだよ。なにをしたって好意的に見られるからな。オレの魅力に目がくらんだ女には」
全く、ひどい話だった。
その理不尽への反発から前に飛鳥と揉めている常磐は、今では和解しているものの渋い顔をしている。六花と小兎子も。
にこやかなのは菫だけ。
なにを考えているのか。
(2人が恋人とは教えてもらったけど、スミレ先生は加藤くんが他の女性にもモテモテなの、どう思ってるかは訊きそびれたな。こんな興味本位なこと改めて訊けないけど)
一方、青春もドン引きしていた。
「みんな目がイッてっし……こんな女ども、やっぱ要らねーや。もっとマトモな……ん? そーいや、そっちの部の3人は周りの女どもの一部じゃねーんか?」
「先刻そう言った」
青春は六花と小兎子と菫を見ていた。
六花と小兎子が好きなのは自分だし、菫は飛鳥を愛しているが追っかけではなく正式な恋人だ。六花の気持ち以外は、世間には秘密だが。
「美人だけど年増は除外して──」
「「は?」」
〔年増〕が3人の内で1人だけ教師である菫を差しているのは間違いない。言われた当人と飛鳥が顔を引きつらせるが、青春は構わず六花と小兎子に歩み寄った。
「ヒッ!」
「……!」
怯える六花に、しかめっ面をする小兎子。咲也は青春と2人のあいだに立ち塞がり、2人を背中にかばった。2人の嬉しそうな声が背後から聞こえる。
「リッカくん!」「咲也……」
「あん? んだ、テメーは!」
「僕は後ろの1人の彼氏だよ。ちなみに部長はもう1人の彼氏。そういうわけだから、この2人にちょっかいかけないでね」
本当は2人とも自分のだが!
ここではこう言うしかない!
(ゴメン小兎子‼)
「「「「「はぁぁぁぁっ⁉」」」」」
対戦相手の5人は一斉に不満そうな声を上げて、自分と常磐のことをジロジロと見てきて……その顔に、嘲笑を浮かべた。
青春が大袈裟に肩をすくめる。
「オイオイオイオイオイ! こんな美少女たちの彼氏が、テメーみてーなチビと、こっちのゴリラみてーなブサメンだぁ⁉」
「「「「は?」」」」
今度は咲也たち4人が固まった。
「へいへい君たち~☆ こーんな彼氏なんて捨てちゃってさぁ、オレっちらと楽しく遊ぼうぜ~? ……オイ、どけやチビ」
「ッ‼」
青春は2人に近寄ろうとして、邪魔な咲也の肩を掴んできた。青春の背はここでは常磐の次に高い飛鳥と同じほど、小柄な咲也ではその力に敵わず突きとばされる──と思ったが。
青春の腕を常磐が掴んでとめた。
「放せ、ゴリラ」
「すぐに試合を始めると誓うならな」
「ああ⁉ ──あでっ‼」
青春は常磐の手を振りはらおうとしたが、それは青春の手首を掴んだその空間に固定されているかのように動かず、力を入れた青春が自らの腕を痛めただけの結果になったようだ。
「わーった! 試合、始めようじゃん⁉」
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