窓の向こうで夜の町の景色が、右から左へと流れていく。菫の運転する車の後部座席、その左側に六花は座っていた。
右側には小兎子が座っている。
そして咲也が、自分たちに挟まれて中央に。狭い車内で自然と腕や脚がふれあう。好きな人と。ドキドキする。
咲也もドキドキしているのは横顔からうかがえるが、そっちは半分は小兎子に対して……早くこの人を独占したい。
小兎子も咲也を独占したいと思っている。
咲也は自分たちの両方を欲しがっている。
平行線で誰の願いも果たされないまま宙ぶらりんな関係を2年近く続けてきた。そんな本当の関係は自分たち以外には常磐しか知らないはずだが『知ってる』と今、菫は言った。
だが、その認識は不正確だ。六花は訂正した。
「二股に同意なんてしてません」
「あら~? そうだったの~?」
「そうです。正式にはリッカくんは誰とも付きあっていません。更衣室で言った『恋人』というのは嘘なんです。すみません」
「謝ることはないけど~お互い~両想いって分かった上で一緒にいて~イチャイチャしてるのよね~? それって恋人じゃ~?」
「こ、恋人同士がする……は、禁止なんですっ」
「なるほど~そういう定義なのね~」
『キス以上のことをしないなら恋人ではない』なんて決まりは世間にはない。自分たちが勝手に決めただけ。自分たちを調べた政府の人も、そこまでは把握できなかったか。
「分かって、いただけましたか?」
「多分~大体は~っ。キスは駄目で~おっぱいを押しつけるのはセーフとか~細かいとこは分かんないけど~」
「え……あ!」
菫の言葉にハッとして右に座る咲也を見れば、さらにその右にいる小兎子に腕を組まれていた。そうすることで自然と小兎子の豊満な胸が咲也の上腕に押しつけられている。
それは『それ以上を自分からやったら相手の願いを受けいれた証と見なす』と3人で定めたラインを越えない〔セーフ〕判定の接触ではあるが。
それと『他の女が想い人に胸を当てる』のを気にしないかは、話が別! 六花は嫉妬と羞恥で体がカーッとなった。
「小兎子ーッ‼」
「うっさいわね。もう隠さなくていーんだから我慢しないわよ。アタシはアンタと違って普段、人前で咲也と引っつけないのよ? 秘密を知ってる人しかいない空間に来たらこーするわよ」
「そ、それは。悪いと思ってるけど」
咲也は2人を平等に愛していると言っている。本当の関係では自分と小兎子の立場は対等。なのに世間を欺くための偽装では、自分だけが咲也の恋人で小兎子は別の男の恋人という役割。
自分だけが人前でも咲也とイチャイチャできる。その不平等は六花としても心苦しかった。恋敵でも、小兎子は大切な幼馴染で親友。我慢を強いていると思うと胸が痛む。
が!
だからって小兎子がその胸を! 自分のより遥かに大きい胸を咲也に接触させるのを大らかな心で許したりなんてできない! 嫌なものは嫌!
「てか、こんくらいアンタもすればいいでしょ」
「す、する。リッカくん」
「う、うん。はい、六花」
咲也が持ちあげた左腕を六花は抱きしめつつ、そこに己の胸を押しつけた。しかし、ほとんど膨らんでいないため、咲也の腕に与える圧力は小兎子の足下にも及んでいない。
咲也は自分の小さな胸も好きだと言ってくれているが、単純に刺激を与えるには質量が物を言う。胸が小さいと、こういう時に不利。なにかで差を埋めなければ……
「リッカくん」
「なに?」
「えいっ」
「ちょ⁉」
六花は咲也の左手を取って、自分の太腿のあいだへと導いた。そして太腿を閉じて、咲也の素手を自身の素肌で挟みこむ。
「六花、それは……!」
「せ、セーフだよ?」
「それはそうだけど!」
「嬉しくない?」
「嬉しいけど……!」
顔を真っ赤にした咲也の反応に六花は満足した。自分の太腿の感触をしかと味わって興奮してくれている。ただ、自分も咲也の素手の感触を内股に感じて、心臓が破裂しそうだ。
(これ想像以上にHだった~っ!)
これまで性的な部位といえば胸・股・尻で『脚部がH』という認識はなかった。だからこそ規約を決めた時に、そこへの接触はセーフにした。だが、これは計算外だった。
純粋に素肌から感じる好きな人の手がこそばゆいのもあるが、なによりこの位置が、いやらしい。
あと少し咲也の手がスカートの奥に、自分の脚の付根のほうに来たら、パンツに覆われた一番 大切な所にふれてしまう。その事実に、ふれられた場合のことを意識させられる!
(あっ、濡れ……っ!)
そこは規約で『ふれたらアウト』と指定されている箇所。
もし咲也が手を動かして、ふれてくれたら、その時点で咲也は自分だけの恋人になる。
逆に自分が咲也の手を動かして、強引にふれさせたら、自分が咲也の二股を認めることになり彼を独占する道は断たれるので、それはできない。
だから六花としては、この状況に咲也が興奮して我慢できなくなって、咲也のほうから手を出してもらいたいところ。これまで色仕掛けに屈してこなかった咲也だが、これならどう──
「ッ‼」
咲也がビクッとした……妙だ。確かに自分は咲也とHな接触をしているが、今のはなにか新しい刺激に反応したような──!
六花はハッとして小兎子のほうを見た。案の定、咲也の右腕を自身の太腿に挟んでいる!
これでは咲也に与える刺激は太腿の分が互角になったとして、胸の分でこちらが負ける! 振りだしに戻った!
「小兎子ーッ‼」
「同じことはアタシにもできんのよ!」
「う~っ! 小兎子のビッチ!」
「アンタだってしてんでしょ⁉」
「ふ、ふたりとも、車内でケンカは──」
咲也が言いかけた、その時。
車内に飛鳥の怒号が響いた。
「いい加減にしろ! 人の車ん中でエロいことすんじゃねー!」
「「これはセーフなの!」」
「アウトだボケ! お前らのあいだでのレギュレーションなんて関係ねーよ! 立花バッキバキに勃起してんじゃねーか、それでエロくないわけあるか! 3人だけの時にしろ!」
「「えっ」」
「~~っ!」
咲也のズボンの股間を見ると、しっかりテントを張っていた。セーフ判定とはいえHな気分にさせるために接触していたのだ、こうなって当然。
問題はそれが車のフロントガラス上部についたバックミラーに映って、前部座席の飛鳥と菫にも丸見えになっている点だった。咲也に恥ずかしい思いをさせてしまった!
「ごめんねリッカくん!」
「ごめんなさい、咲也!」
「ははは。いいんだ……」
六花は小兎子ともども、片腕で咲也と腕を組みながら、空いた外側の手を咲也の太腿のあいだに突っこんだ。こうすれば咲也の股間は前の2人には見えない。
一件落着。
「いや落着してねーよ! エロい行為をやめろっつってんのに、あちこちくっつけたままじゃねーか!」
(うるさいなぁ)
「飛鳥~、許してあげましょ~っ?」
「先生⁉ いいんですか」
「飛鳥だって~勃起してるんだし~」
「ちょ、先生!」
飛鳥の慌てた声。後部座席からは見えないが、飛鳥の股間も今……そう知った瞬間、六花は嫌悪感に身震いした。
「加藤くん、最低‼」
「この狭い車内で咲也以外の男が勃起してるなんて! 加藤! アンタ死になさいよ!」
「勝手なこと言ってんじゃねぇ⁉ オメーらが後ろでそんなことしてっから勃っちまったんじゃねーか! オメーらこそ、先生がいる車内でオレ以外の男を勃起させてんじゃねー‼」
「「「ん?」」」
六花たちは3人して飛鳥の言葉に反応した。今のは『菫のいる車内で自分だけは勃起していい』という意味に取れ、彼の菫への感情が漏れでているように感じた。
中1になったばかりの飛鳥。
現在その担任教師である菫。
年齢は10歳差。
2人のことを怪盗忍者1号・2号としてしか知らず、そんなに歳が離れているとは知らなかった頃は、てっきり2人は恋人だと思いこんでいたが、知ってからは自信がなくなった。
まさか、そんな、と。
だが2人の様子を見ていると、忍者としても師と教え子という関係らしいが、それだけとは思えない親密さを感じる。やっぱり恋人なのだとしたら、社会的にアウトな関係。
気になっていた疑問が今ので膨れあがり、とうとう弾けた。
「加藤くんとスミレ先生って恋人なの?」
「それ! アタシもそれ知りたかった!」
「っ……!」
「六花、小兎子、訊いちゃ悪いよ」
「リッカくん優しい♡」
「訊くだけよ。別に答えられないなら答えてくれなくていいの。試しに訊くくらいいいじゃない。アタシたちだけ秘密バレてるの不公平でしょ」
「う、うん……」
一方、前部座席の2人も相談していた。
「(先生。どうします?)」
「言っちゃっていいわよ~」
「いいんですか⁉」
「いーわよ~どこまで言うかは任せるわね~先生としては~別にぜーんぶ言っちゃっても~構わないけど~」
「分かりました……あー。オレと先生は恋人同士だ」
「「「!」」」
「このことは風魔の里や、アルカディアの連中も知ってる。だが当然、表社会──学校では、秘密だ。オレたちもお前らの秘密は漏らさねーから、そっちも頼む」
「「「うん」」」
絶対そうだろうとは思っていたが、本人の口から認められると実感がまるで違った。となると他にも色々と気になるが、それを訊くのは相手に悪いし、こちらとしても恥ずかしい。
六花がモジモジしていると、小兎子のほうがグイグイ行った。
「いつから⁉」
「2年前。忍の里で育ったオレは小学校には通ってねーが、普通なら小学5年生の頃だったな。誕生日より前だから10歳だった」
10歳! なんて犯罪的な響き!
自分と小兎子が咲也と今の関係になったのも、2年前の小5の8月末のことだった。誕生日が5月5日の咲也は11歳だったが、9月22日の小兎子と、11月7日の自分はまだ10歳だった。
だが自分たちは5年生同士で、咲也の二股希望以外は後ろ指を差される案件ではなかった。だが飛鳥たちのほうは。当時、菫は21歳か、誕生日前でも20歳。
どちらにしろ成人している。
大人が小学生と恋人に……
六花は『愛があれば歳の差なんて関係ない』と自然に思うし、世間で〔教師と生徒の恋愛〕が不道徳とされるのも、おかしいと思っている。
当人同士がいいのなら他人がとやかく言うことではないのに、横から口出しして愛しあう者同士の仲を引きさこうとする、社会通念に沿っている自分では正しいつもりの人間はおぞましい。
咲也や小兎子、それに常磐も同じ考えなのは分かっているが、世間では自分たちは少数派のようで『それを表明すれば社会的に死ぬから気をつけろ』と常磐に言われている。
2人は、そんな危険な恋をしている。
だから優しい咲也は2人を気遣って、その件にふれないようにしていたのだろう。六花もその気持ちが理解できた。興味本位で踏みこんでいい話題ではない……
(けどアレ! 気になるよ~っ!)
「で⁉ Hしたの⁉ してるの⁉」
(小兎子ナイス!)
「教えねーよ! そんなことまで!」
「なによ、ケチ!」
(ケチ!)
「月影お前、立花がいる所でそんな質問すんな! スミレ先生がオレとSEXしてるとこ、そいつが想像しちまうだろ!」
「「しまったぁ⁉」」
自分は恥ずかしいから質問せず小兎子に一任していた六花も、つい声が出た。慌てて咲也のほうを見ると、唇をぎゅっと結んでプルプルとなにかに耐えるように震えている。
「リッカくん、考えちゃダメーッ‼」
「あっ、その顔! 咲也の浮気者‼」
「そんなこと言われても! 考えないようにって考えると、逆に頭に浮かんで──許して‼」
「立花ァ! 先生の痴態を想像するまでは許す! だが、それをオカズに抜いたら許さねぇからな! もちろん本人にふれるのもアウトだ! そん時は殺す‼」
「あらあら~飛鳥ったら~♡」
「しないよ! 僕は六花と小兎子と出会ってからは、2人のことしかオカズにしてない! これからもずっとそうする!」
「リッカくん……♡」「咲也……♡」
六花はときめいた。小兎子と2人でなことは癪だが、こんなに『自分のもの』とはっきり主張してくれるのは、やはり嬉しい。それを主張するにも話題がひどいことには目をつむった。
その話題で、咲也が毅然と言った。
「加藤くんこそ、六花と小兎子に手を出すのも、2人をオカズにするのも許さないよ! その時はどんな手を使っても殺す‼」
「へっ! オメーの脅しなんざ怖くねーがな! お互い、相手の女には手を出さないオカズにしない! それでいいな⁉」
「ああ! 男と男の約束だ‼」
男子2人のあいだで合意が成され、なんだか夕暮れの河川敷で殴りあったあとのような雰囲気になり、この話は終わった。
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