※打切※ 機甲遊戯アーカディアン

Mech Game Arkadian
天城リョウ
天城リョウ

合意形成

公開日時: 2021年4月2日(金) 16:12
文字数:5,000

 窓の向こうで夜の町の景色が、右から左へと流れていく。すみれの運転する車の後部座席、その左側にりっは座っていた。


 右側にはが座っている。


 そしてさくが、自分たちに挟まれて中央に。狭い車内で自然と腕や脚がふれあう。好きな人と。ドキドキする。


 さくもドキドキしているのは横顔からうかがえるが、そっちは半分はに対して……早くこの人を独占したい。


 さくを独占したいと思っている。


 さくは自分たちの両方を欲しがっている。


 平行線で誰の願いも果たされないまま宙ぶらりんな関係を2年近く続けてきた。そんな本当の関係は自分たち以外には常磐ときわしか知らないはずだが『知ってる』と今、すみれは言った。


 だが、その認識は不正確だ。りっは訂正した。



「二股に同意なんてしてません」


「あら~? そうだったの~?」


「そうです。正式にはリッカくんは誰とも付きあっていません。更衣室で言った『恋人』というのは嘘なんです。すみません」


「謝ることはないけど~お互い~両想いって分かった上で一緒にいて~イチャイチャしてるのよね~? それって恋人じゃ~?」


「こ、恋人同士がする……は、禁止なんですっ」


「なるほど~そういう定義なのね~」



 『キス以上のことをしないなら恋人ではない』なんて決まりは世間にはない。自分たちが勝手に決めただけ。自分たちを調べた政府の人も、そこまでは把握できなかったか。



「分かって、いただけましたか?」


「多分~大体は~っ。キスは駄目で~おっぱいを押しつけるのはセーフとか~細かいとこは分かんないけど~」


「え……あ!」



 すみれの言葉にハッとして右に座るさくを見れば、さらにその右にいるに腕を組まれていた。そうすることで自然との豊満な胸がさくの上腕に押しつけられている。


 それは『それ以上を自分からやったら相手の願いを受けいれた証と見なす』と3人で定めたラインを越えない〔セーフ〕判定の接触ではあるが。


 それと『他の女が想い人に胸を当てる』のを気にしないかは、話が別! りっは嫉妬と羞恥で体がカーッとなった。



ーッ‼」


「うっさいわね。もう隠さなくていーんだから我慢しないわよ。アタシはアンタと違って普段、人前でさくと引っつけないのよ? 秘密を知ってる人しかいない空間に来たらこーするわよ」


「そ、それは。悪いと思ってるけど」



 さくは2人を平等に愛していると言っている。本当の関係では自分との立場は対等。なのに世間を欺くための偽装では、自分だけがさくの恋人では別の男の恋人という役割。


 自分だけが人前でもさくとイチャイチャできる。その不平等はりっとしても心苦しかった。恋敵でも、は大切な幼馴染で親友。我慢を強いていると思うと胸が痛む。


 が!


 だからってがその胸を! 自分のより遥かに大きい胸をさくに接触させるのを大らかな心で許したりなんてできない! 嫌なものは嫌!



「てか、こんくらいアンタもすればいいでしょ」


「す、する。リッカくん」


「う、うん。はい、りっ



 さくが持ちあげた左腕をりっは抱きしめつつ、そこに己の胸を押しつけた。しかし、ほとんど膨らんでいないため、さくの腕に与える圧力はの足下にも及んでいない。


 さくは自分の小さな胸も好きだと言ってくれているが、単純に刺激を与えるには質量が物を言う。胸が小さいと、こういう時に不利。なにかで差を埋めなければ……



「リッカくん」


「なに?」


「えいっ」


「ちょ⁉」



 りっさくの左手を取って、自分の太腿のあいだへと導いた。そして太腿を閉じて、さくの素手を自身の素肌で挟みこむ。



りっ、それは……!」


「せ、セーフだよ?」


「それはそうだけど!」


「嬉しくない?」


「嬉しいけど……!」



 顔を真っ赤にしたさくの反応にりっは満足した。自分の太腿の感触をしかと味わって興奮してくれている。ただ、自分もさくの素手の感触を内股に感じて、心臓が破裂しそうだ。



(これ想像以上にHだった~っ!)



 これまで性的な部位といえば胸・股・尻で『脚部がH』という認識はなかった。だからこそ規約を決めた時に、そこへの接触はセーフにした。だが、これは計算外だった。


 純粋に素肌から感じる好きな人の手がこそばゆいのもあるが、なによりこの位置が、いやらしい。


 あと少しさくの手がスカートの奥に、自分の脚の付根のほうに来たら、パンツに覆われた一番 大切な所にふれてしまう。その事実に、ふれられた場合のことを意識させられる!



(あっ、濡れ……っ!)



 そこは規約で『ふれたらアウト』と指定されている箇所。


 もしさくが手を動かして、ふれてくれたら、その時点でさくは自分だけの恋人になる。


 逆に自分がさくの手を動かして、強引にふれさせたら、自分がさくの二股を認めることになり彼を独占する道は断たれるので、それはできない。


 だからりっとしては、この状況にさくが興奮して我慢できなくなって、さくのほうから手を出してもらいたいところ。これまで色仕掛けに屈してこなかったさくだが、これならどう──



「ッ‼」



 さくがビクッとした……妙だ。確かに自分はさくとHな接触をしているが、今のはなにか新しい刺激に反応したような──!


 りっはハッとしてのほうを見た。案の定、さくの右腕を自身の太腿に挟んでいる!


 これではさくに与える刺激は太腿の分が互角になったとして、胸の分でこちらが負ける! 振りだしに戻った!



ーッ‼」


「同じことはアタシにもできんのよ!」


「う~っ! のビッチ!」


「アンタだってしてんでしょ⁉」


「ふ、ふたりとも、車内でケンカは──」



 さくが言いかけた、その時。


 車内に飛鳥あすかの怒号が響いた。



「いい加減にしろ! 人の車ん中でエロいことすんじゃねー!」


「「これはセーフなの!」」


「アウトだボケ! お前らのあいだでのレギュレーションなんて関係ねーよ! たちばなバッキバキに勃起してんじゃねーか、それでエロくないわけあるか! 3人だけの時にしろ!」


「「えっ」」


「~~っ!」



 さくのズボンの股間を見ると、しっかりテントを張っていた。セーフ判定とはいえHな気分にさせるために接触していたのだ、こうなって当然。


 問題はそれが車のフロントガラス上部についたバックミラーに映って、前部座席の飛鳥あすかすみれにも丸見えになっている点だった。さくに恥ずかしい思いをさせてしまった!



「ごめんねリッカくん!」


「ごめんなさい、さく!」


「ははは。いいんだ……」



 りっともども、片腕でさくと腕を組みながら、空いた外側の手をさくの太腿のあいだに突っこんだ。こうすればさくの股間は前の2人には見えない。


 一件落着。



「いや落着してねーよ! エロい行為をやめろっつってんのに、あちこちくっつけたままじゃねーか!」


(うるさいなぁ)


飛鳥あすか~、許してあげましょ~っ?」


「先生⁉ いいんですか」


飛鳥あすかだって~勃起してるんだし~」


「ちょ、先生!」



 飛鳥あすかの慌てた声。後部座席からは見えないが、飛鳥あすかの股間も今……そう知った瞬間、りっは嫌悪感に身震いした。



とうくん、最低‼」


「この狭い車内でさく以外の男が勃起してるなんて! とう! アンタ死になさいよ!」


「勝手なこと言ってんじゃねぇ⁉ オメーらが後ろでそんなことしてっからっちまったんじゃねーか! オメーらこそ、先生がいる車内でオレ以外の男を勃起させてんじゃねー‼」


「「「ん?」」」



 りったちは3人して飛鳥あすかの言葉に反応した。今のは『すみれのいる車内で自分だけは勃起していい』という意味に取れ、彼のすみれへの感情が漏れでているように感じた。


 中1になったばかりのこのあいだまで小学生だった飛鳥あすか


 現在その担任教師であるすみれ


 年齢は10歳差。


 2人のことを怪盗忍者1号・2号としてしか知らず、そんなに歳が離れているとは知らなかった頃は、てっきり2人は恋人だと思いこんでいたが、知ってからは自信がなくなった。


 まさか、そんな、と。


 だが2人の様子を見ていると、忍者としても師と教え子という関係らしいが、それだけとは思えない親密さを感じる。やっぱり恋人なのだとしたら、社会的にアウトな関係。


 気になっていた疑問が今ので膨れあがり、とうとう弾けた。



とうくんとスミレ先生って恋人なの?」


「それ! アタシもそれ知りたかった!」


「っ……!」


りっ、訊いちゃ悪いよ」


「リッカくん優しい♡」


「訊くだけよ。別に答えられないなら答えてくれなくていいの。試しに訊くくらいいいじゃない。アタシたちだけ秘密バレてるの不公平でしょ」


「う、うん……」



 一方、前部座席の2人も相談していた。



「(先生。どうします?)」


「言っちゃっていいわよ~」


「いいんですか⁉」


「いーわよ~どこまで言うかは任せるわね~先生としては~別にぜーんぶ言っちゃっても~構わないけど~」


「分かりました……あー。オレと先生は恋人同士だ」


「「「!」」」


「このことは風魔の里や、アルカディアの連中も知ってる。だが当然、表社会──学校では、秘密だ。オレたちもお前らの秘密は漏らさねーから、そっちも頼む」


「「「うん」」」



 絶対そうだろうとは思っていたが、本人の口から認められると実感がまるで違った。となると他にも色々と気になるが、それを訊くのは相手に悪いし、こちらとしても恥ずかしい。


 りっがモジモジしていると、のほうがグイグイ行った。



「いつから⁉」


「2年前。忍の里で育ったオレは小学校には通ってねーが、普通なら小学5年生の頃だったな。誕生日より前だから10歳だった」



 10歳! なんて犯罪的な響き!


 自分とさくと今の関係になったのも、2年前の小5の8月末のことだった。誕生日が5月5日のさくは11歳だったが、9月22日のと、11月7日の自分はまだ10歳だった。


 だが自分たちは5年生同士で、さくの二股希望以外は後ろ指を差される案件ではなかった。だが飛鳥あすかたちのほうは。当時、すみれは21歳か、誕生日前でも20歳。


 どちらにしろ成人している。


 大人が小学生と恋人に……


 りっは『愛があれば歳の差なんて関係ない』と自然に思うし、世間で〔教師と生徒の恋愛〕が不道徳とされるのも、おかしいと思っている。


 当人同士がいいのなら他人がとやかく言うことではないのに、横から口出しして愛しあう者同士の仲を引きさこうとする、社会通念に沿っている自分では正しいつもりの人間はおぞましい。


 さく、それに常磐ときわも同じ考えなのは分かっているが、世間では自分たちは少数派のようで『それを表明すれば社会的に死ぬから気をつけろ』と常磐ときわに言われている。


 2人は、そんな危険な恋をしている。


 だから優しいさくは2人を気遣って、その件にふれないようにしていたのだろう。りっもその気持ちが理解できた。興味本位で踏みこんでいい話題ではない……



(けどアレ! 気になるよ~っ!)



「で⁉ Hしたの⁉ してるの⁉」



ナイス!)



「教えねーよ! そんなことまで!」


「なによ、ケチ!」



(ケチ!)



つきかげお前、たちばながいる所でそんな質問すんな! スミレ先生がオレとSEXしてるとこ、そいつが想像しちまうだろ!」


「「しまったぁ⁉」」



 自分は恥ずかしいから質問せずに一任していたりっも、つい声が出た。慌ててさくのほうを見ると、唇をぎゅっと結んでプルプルとなにかに耐えるように震えている。



「リッカくん、考えちゃダメーッ‼」


「あっ、その顔! さくの浮気者‼」


「そんなこと言われても! 考えないようにって考えると、逆に頭に浮かんで──許して‼」


たちばなァ! 先生の痴態を想像するまでは許す! だが、それをオカズに抜いたら許さねぇからな! もちろん本人にふれるのもアウトだ! そん時は殺す‼」


「あらあら~飛鳥あすかったら~♡」


「しないよ! 僕はりっと出会ってからは、2人のことしかオカズにしてない! これからもずっとそうする!」


「リッカくん……♡」「さく……♡」



 りっはときめいた。と2人でなことは癪だが、こんなに『自分のもの』とはっきり主張してくれるのは、やはり嬉しい。それを主張するにも話題がひどいことには目をつむった。


 その話題で、さくが毅然と言った。



とうくんこそ、りっに手を出すのも、2人をオカズにするのも許さないよ! その時はどんな手を使っても殺す‼」


「へっ! オメーの脅しなんざ怖くねーがな! お互い、相手の女には手を出さないオカズにしない! それでいいな⁉」


「ああ! 男と男の約束だ‼」



 男子2人のあいだで合意が成され、なんだか夕暮れの河川敷で殴りあったあとのような雰囲気になり、この話は終わった。

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