機甲遊戯アーカディアン用ゲーミングチェア5席が横に並び、それと会場の中心を挟んだ反対側の同じもの5席が向かいあう。
一方はカルセドニア学園アーカディアン部の5名。
他方はサウザンドリーブズ学園アーカディアン部の5名。
これより対戦する両チームの選手たちが座り、VRゴーグルをかぶって同じ電脳空間、アーカディアンの仮想世界に没入する。まずは各自、セレクト画面にて使用する機体を選んだ。
■ カルセドニア学園 ■
岩永 常磐………ベヒーモス
立花 咲也………ブルーム桜花
名雪 六花………スノーフレーク
月影 小兎子……クレセント
加藤 飛鳥………ミルヴァス
■ サウザンドリーブズ学園 ■
清瀧 青春………リヴァイアサン
その他 4名……デビルドッグ×4
【リヴァイアサン】は──
基本は実在する全高3.8mの搭乗式人型ロボット【アーク】の操縦を再現するゲームであるアーカディアンで使用可能になったアーク以外のロボット、他の版権作品に登場するロボットである〔コラボ機体〕の1つ。
TVアニメ【機獣大戦アルマゲドン】に登場する架空の怪獣型ロボットで、その姿は機械仕掛けの鰐。その大きさはアークから見て〔人から見たティラノサウルス〕ほどもある。
本物の鰐と同じく、前に突きだした口から尻尾の先まで横向き一直線に伸びた体はどっしりと太く、左右に前後2本ずつ生えた短い脚で陸上を腹這いに走り、水中にもぐって泳ぐことも可能。
奇縁と言うべきか。
常磐が選んだ象型ロボット【ベヒーモス】も機獣大戦の機体。この対戦は互いの部長が機獣大戦の機体に、他の4人はアークに乗るという構図になった。
しかも劇中【ベヒーモス】と【リヴァイアサン】はライバルとして描かれている。それを再現したかのように両校は互いに相手への敵愾心を燃やしていた。
カルセドニアは──
飛鳥が恋人の菫を相手チームの部長・青春に〔年増〕呼ばわりされ激怒。顧問であって選手ではないので自分では戦えない菫の分まで、自分が報復すると意気込んでいる。
六花と小兎子は青春からナンパされたことを嫌悪し、その際に大事な友人である常磐と、恋仲である咲也が侮辱を受けたことに立腹していた。
咲也も2人へのナンパだけでも許しがたいのに、親友の常磐を侮辱されまでしてキレていた。自分が侮辱されたことは許せても──それは常磐のほうでも同じだった。
サウザンドリーブズは──
5名ともモテるためにアーカディアンを始めたり、チャラ男のキャラ作りをしたりしたのに全くモテていないというところに、飛鳥の異様なモテっぷりを見せつけられ嫉妬に狂っていた。
トドメに、この場で飛鳥に魅了されていない稀少な女性かつ、かなりの美少女である六花と小兎子に粉をかけたら2人は彼氏がいると言われ、その彼氏が自分たちよりもモテないように見える咲也と常磐だったことに憤慨(彼氏というのは嘘だが)。
会場には、妬みと怒りが充満していた‼
神聖な試合に私怨を持ちこむな!
なんて言う大人はここには皆無!
カルセドニアの顧問である菫は年増と呼ばれたことで『試合がなければ自ら血祭に上げるのに』というくらいには怒っている。選手たちの怒りを諫めるどころか、むしろ煽っていた。
「皆さ~ん♪ 殺っちゃえ~っ」
「ヒィィッ‼ みんな怖い~っ」
サウザンドリーブズの影の薄い顧問の男性教師は肝が小さく、不良である自らの部員らに説教できる度胸などない。対戦相手の選手の気迫にも、顧問の般若の形相にも震えあがっていた。
『これより試合を開始します』
ゲームの機械的な音声。対立した感情をぶつけあう、5対5のチーム戦が始まろうとしていた。両校、部長の号令に部員たちが威勢よく返事する。
『行くぞ! みんな‼』
『『『『了解!』』』』
『野郎ども、出撃じゃん‼』
『『『『ウェ~イ‼』』』』
『3・2・1──スタート‼』
¶
戦場に選ばれたフィールドは、実在する場所をCGで再現したタイプのものの1つで、その場所とは【旧江戸川】の下流と、その両岸の土地だった。
その川は東京都と千葉県の境界。
川を挟んで西が東京、東が千葉。
河口の西は東京都の【東京都立 葛西臨海公園】になっていて、東には千葉県 浦安市 舞浜の町が広がっている。
東京都にあるカルセドニア学園。
千葉県にあるサウザンドリーブズ学園。
両校の戦場にふさわしい。
フィールドの両端が両チームそれぞれのスタート地点となる。東京都のカルセドニア学園チームは西の東京方面から、千葉県のサウザンドリーブズ学園チームは東の千葉方面から、出撃した。
ズシン! ズシン‼
地響きを立て、葛西臨海公園の北にある住宅街を走る車道を、常磐の駆る茶色い象型ロボット【ベヒーモス】が太い4本足で、西の旧江戸川に向かって爆走していく。
その巨躯は1車線に収まらず、2車線ある道路の幅を限界まで占領していた。これが現実だったなら道路交通法違反になるが、ゲーム内なので問題ない。そう、これも──
バババババッ‼
ガガガガガッ‼
常磐機の背中の上に設置された対空機関銃が連射され、弾丸の嵐が前方にある信号機・電線・左右の街路樹から伸びた枝、その全てを粉砕していく。
アークの全高は3.8m以下。
それは道路交通法が定める〔公道を走れる車の高さの上限〕が3.8mだから。そう定められているのは、それより高いと高所にある様々なものに接触するから。今、粉砕されているような。
そして常磐機は全高7m。
普通に走っては、それらに頭をぶつける。常磐機のパワーなら体当たりで破壊することもできるが確実に移動速度は低下する。
常磐には川へ急ぐ理由があるため、走行の妨げになる障害物を除去して進むことにした。どちらにせよ町の破壊は免れない! 高さ7mのロボットが市街地で戦うとは、こういうことなのだ‼
『ゲームとはいえ、心が痛むな‼』
一方、その道と並行する別の車道を、咲也の駆る緑色の人型の背に桜色の双翼を生やす【ブルーム桜花】と、六花の駆る純白の魔法少女型アーク【スノーフレーク】が並んで走っていた。
咲也機は足裏の電動ローラースケートで滑走。
六花機は地表から少しだけ浮かんでいる、魔法陣の描かれた円盤状ホバークラフトに乗って、円盤から後方に噴射した空気の反動で進んでいる。
どちらも平面を走るのには適しているが、粉砕された障害物の残骸が散乱している悪路を走るのには適さないため、常磐機とは別ルートを走るよう、常磐から指示されていた。
『リッカくん、デートみたいだね♡』
『え⁉』
『こうして街中を2人で走ってると』
『ああ、なるほど。そうだね、六花』
『うん♡』
チームメンバーは常に通信が繋がっているので、六花と咲也のこの会話は仲間3人にも筒抜けになっている。つまり、その中の小兎子にも聞かれている。
正式には恋人ではないものの咲也が六花と両想いであることは世間に見せられるが、小兎子とも両想いなことは秘密にしているので、小兎子はこの会話に文句も言えない。
離れた席にいる小兎子から飛んできた抗議のオーラを感じて、咲也は六花に愛想よく答えながらも胃が痛くなった。二股野郎の宿命とはいえ、試合中には勘弁してほしい。
『やっ!』
その小兎子は苛立ちを掛け声で発散しつつ、自らの駆る灰色の立体機動用アーク【クレセント】を、三日月型の下腿部のバネで跳躍させ、住宅街の家々の屋根を伝って西進していく。
『よっ!』
その近くでは飛鳥の駆る漆黒の鳥人型アーク【ミルヴァス】が鳥脚型の下腿部のバネで跳躍し、小兎子機と同じく屋根を伝って西進していた。
咲也機もだが、背中の鳥翼型ユニットで飛行ができる飛鳥機が飛ばずにいるのは、そのために消費する推進剤を温存するため。
また、うかつに飛びあがると敵の長距離砲で地上から撃たれる恐れがあるため、今はまだ建物が障害物になって射線が通らない街中を走っているのだった。
そうして5機は、ほぼ横並びで前進。
やがて旧江戸川の岸辺へと到着した。
常磐機は石の転がる川岸から体1つ分だけ川の浅瀬へと入り、六花機はその隣で水面上に浮かんで留まる。咲也機と飛鳥機は川岸より内陸の草地にて待機。
常磐があらかじめ伝えていた指示どおり。
そして小兎子機だけは川岸より手前の団地で、その集合住宅の1つの屋上へと昇っていった。いくら小兎子機でも跳びあがれる高さではないため、鉤縄ロケットアンカーを使って。
両腕と胴体の接合部分から上方へ射出、鉤で壁面のベランダの柵を掴んでは、跳躍しつつ縄を巻きとって鉤の位置まで上昇し、昇りきったら鉤を外して再び上方へと射出~と繰りかえす。
バシュッ! ──ガシャッ!
バシュッ! ──ガシャッ!
鉤縄は咲也機も前腕部に内蔵しているが、そちらが腕を動かし自由な角度に射出できる反面、その腕の操作が煩雑なのに対し、こちらは上方にしか射出できない代わり操作はワンタッチで楽。
ダンッ‼
そうして屋上へと着地した小兎子機は、2つ折りにして背中に固定していた狙撃銃を外して伸ばし両手で構え、銃口を眼下の旧江戸川の向こう岸へと向けた。
小兎子のかぶったVRゴーグルが見せる視界の中、小兎子機の操縦室の正面メインモニターに映る対岸の景色の中、1ヶ所だけ緑色の円で囲まれてモノが拡大されて見える範囲がある。
その円は狙撃銃の〔照準マーカー〕。
通常の照準マーカーはメインモニターの映像の中に表示される緑色の十字線だが、狙撃銃では異なる。
機体の頭部カメラが撮ったメインモニターの映像の中で、銃の着弾予想位置に十字線が表示されるのは同じだが、狙撃銃の場合その周囲にさらに緑色の円が加わる。
その円の中には頭部カメラとは別に、狙撃銃についたカメラが撮った映像が表示される。生身で銃の狙撃眼鏡をのぞくのに比べ周囲のものが同時に見れるのが便利。
スッ──
小兎子は右の操縦桿の照準ボタンを押しっぱなしにしている、右手の親指を平らなボタン表面で滑らせてスワイプ。
機体の腕に狙撃銃の向きを変えさせることで、照準マーカーをメインモニター画面内で動かしていき、対岸の様子を観察した。
すると、川幅250mの旧江戸川から分岐して内陸に流れこむ、川幅50mの見明川を遡上してきた相手チームの5機が、ちょうど旧江戸川に入ってきたところだった。
内4機は全身を黒く塗った人型。
海兵型アーク【デビルドッグ】。
首から下は標準的で正統的な人型だが、頭部だけは人でなく犬のそれに似ている歩兵型アーク【ドッグフェイス】をベースに改造された派生機で、原型とは主に脚部が異なる。
ドッグフェイスが咲也機と同じくスマートな2脚で足裏に電動ローラースケートを備えているのに対し、デビルドッグは2脚の下腿が肥大しており左右両方がホバークラフトになっている。
これによって陸上でも水上でも変わりなく浮上走行でき、本体とは別の1つのホバークラフトに乗っている六花機より柔軟な機動が可能。
4機はそれで川の水面上に浮いていた。
一方、残る1機は水中を航行していた。
部長の青春が駆る、常磐機と同じくらい巨大な鰐型ロボット【リヴァイアサン】──水面に映るその影が大きくなり、ついに水面を割って、その黒い姿を現した。
ザパァッ……
短い四肢で這って川岸に上陸する青春機。デビルドッグらは青春機を護衛するよう、その手前に並んだ。小兎子は常磐から青春機を狙撃する任務を受けているが──
(デビルドッグは無視できるわね)
4機とも機種だけでなく、武装も同じ。射撃武器は肩に担いだ円筒形の噴進弾発射器のみ。あれには川幅250mを越え、さらに高所にいる敵を狙える射程はない。
彼らに邪魔されず青春機を狙える。
こちらの狙撃銃は余裕で届くし、高所から撃つこの角度ならば射線上にデビルドッグが割りこみ青春機をかばうのも不可能。
アークより巨大な分、アークのより堅牢な青春機の装甲を、アークが携行可能なサイズ・重量の銃火器で貫くのは困難だが、この狙撃銃から放つ成形炸薬弾なら話は別。
着弾したら内部の爆薬が点火、爆発の衝撃が前方に集中して、強固な装甲にも風穴を開けられるよう設計された弾丸。これならサイズ差など関係なく、当たれば貫ける。
(さっさと落ちてもらうわよ!)
咲也という想い人がいる自分(とついでに六花)をナンパし、その咲也を侮辱し、自分たちの大切な友人の常磐までも侮辱した言語道断のクソ野郎。
その青春に部長の身でありながら開幕早々に退場するという、恥をかかせるべく、小兎子は照準マーカーを青春機に重ねた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!