私が戦える事を、一生知らせるつもりなんかなかった。ただ、いざという時ただの足手まといになって貴方を死なせる事だけは嫌だから、コレはただの自己満足の筈だったのだ。
なのに、私が中核で奴が前線で盾になってるという光景は皮肉にも程がある。
実際、奴の氷魔法がドラゴンの攻撃を無効化し他のハンターとの連携も上手く取れていたので私達中核の攻撃がしやすくなったのもあって依頼はすんなり片付いた。
大隊での依頼の後は祝杯をあげるのが当たり前で例に洩れずこの夜のギルドの拠点宿では「乾杯!」と皆が酒を酌み交わしていた。少数ながら女性ハンターもいて私も普通に混ざるーー普段なら。ハンクの掛け声で杯を手にはしたものの軽く口を付けただけでそれを置くと私はさっさと部屋に下がろうとした。
それを見咎めたのが当のベルンで、
「リ、アイリ!待ってくれ!」
その声に他の者も気付いて
「なんだよ、アイリ混ざらねぇのか?」
依頼成功の夜は無礼講なのに、とやや咎めた視線が刺さる。
が、
「当たり前でしょ?今回は不可抗力だったけど二度目はない。そいつと一緒の依頼は私は一切断る。ギルド統括にもそう伝えておくから」
私の言葉にしん、とその場が静まり返る。
「…お前、何したんだよ?」
ベルンと肩を組んでたビールを煽っていた一人が訊いてくる。
「アイリ!待ってくれ!少しでいい!君に謝罪がしたいんだ!」
「いらん」
突如始まったメロドラマな展開に酔っ払い共が盛り上がるのは当然で一斉に
「うぉーなんだソッチ関係か?!」
「詳しく聞かせろ!」
「話くらい聞いてやれよアイリ!」
と囃し立てられるのは当然だった。
何故こうなる事がわからない。
空気読めないとこは進歩してないのかこの馬鹿は。
「………」
変な場に引き摺り出しやがってどうしてくれる、と睨み付ければ
「す、すまない。こんなつもりじゃー…」
慌てても もう遅い。
「んで?お前らの関係性って何?」
ハンクが真面目な顔で訊くのでちらちらこちらを見計らいながら
「幼馴染で…、その」
「幼馴染!!」
「マジで?!」
「お嬢の幼馴染?!」お囃子どもが一斉に悲鳴のような声を上げる(金色のスカーレットとは別に若くて美人のアイリをコイツらはこっそりお嬢と呼んでいる)。
「てめぇら、ちっと黙れ」
ハンクが言い、
「んで?幼馴染で?成長するにつれ互いを意識したとかいうパターンか?」
「いや…、その互いが家族同士の付き合いで」
うんうんそれで?といかつい野郎どもが一斉に頷く仕草は妙に笑えたが、
「…婚約者、だったんだ。その…、」
「「「こんやくうぅっ?!?」」」
次の瞬間一斉にムンクの『叫び』が量産されて不気味な光景になった。
「ふーん…で、お前が浮気したと」
ハンクのひとことに
「っなんでそれをっ…!」
「いや〜だってよぉ?幼馴染で元婚約者なのにあそこまで信用出来ないって言い切られる理由って逆に他にあんの?」
………
確かに。
恐る恐る皆が怒りのオーラを迸させてるアイリの方を見遣る。
と、ばっとベルンが立ち上がり
「悪かった!俺は本当に愚かだった!すまない!ひとことでいい、謝罪を」
と走り寄ろうとするのを
「黙れ。でもって近づくな」
温度のない声で遮った。
「私の中ではとっくに終わった事なんだよ、謝罪して気が済むのはてめえの都合だろうが?んなエゴに人を巻き込むんじゃない、迷惑野郎」
絶対零度の私に多少なりとも付き合いのある男達は
「いや、おじょ…アイリよう、謝罪くらい聞いてやっても、」
などと擁護する。
「言っておくけど、年頃になって他に好きな女が出来たからって公衆の面前で、『お前のように取り澄まして可愛げのない女との結婚は御免だ!婚約は破棄させてもらう!』ていきなりコイツに怒鳴られて生き恥晒されたのは私の方だから」「「「えぇっ?!」」」
「ただの浮気なんて可愛いもんじゃない、一晩で町中の噂のタネになるくらい派手に馬鹿にしてくれた。だから、町を出たのよ。ーーコイツの顔も二度と見たくなかったし、ね」
淡々と告げるアイリにベルンは当然言い返せない。力なく項垂れる。
「そーいう事だから、ソイツと一緒の依頼は受けない、祝杯もあげない。ソイツがここに留まるなら私は朝イチでここ出てくから。ーーじゃあね」
言ってさっさと階段をあがるアイリに今度は誰も声を掛けない。
少し時間を開けて、すーっとアイリとそこそこ仲の良い女性ハンターが同じくあがっていった。
「お前、マジでそんな事したの…?」
おそるおそる1人が訊くと周りも一斉に質問攻めになる。
「ああ。事実だ。彼女には本当に申し訳ない事をした」
「で?そん時好きになったコとはどうなったのよ?」
おネェみたいな言葉使いだが言ってるのはどっからどうみても厳つい男だ。ベルンとはここ数ヶ月良く組んでる相手である。
「終わった。…と いうか目が覚めた」
あの後、コーディリアに見限られたすぐ後。
王宮から魔法使いがやってきて
「貴方がたは魅了の魔法にかかっている」
と言われまさか そんな と思っていたのに。
魔法が解けて、正気に戻ってミラルカへの恋慕は綺麗さっぱり拭いさられていた。
「バカな…」
自分を始め、全員が全員その事実に驚愕し崩れ落ちた。
もちろん王太子もだ。
だが、やらかしてしまった事実は消えない。
いくら王太子が自分は魅了魔法によって騙されたと主張しようとも、魅了魔法は万能ではない。
本当に心から慕いあっている相手がいる場合には効かない筈なのだ。あっさり引っかかったのは自分が浮ついた気性だからで、仲良くしているのが自分だけではないと知りつつ燃え上がってしまったのはそんな障害のある恋とも火遊びともつかないものに身を焦がしてみたい願望の現れ。
いずれにしても婚約者を軽んじていた事に変わりはないわけで、全員婚約破棄が覆る事はなかった。
王太子は廃太子すべきとの声が当然あがったが第二王子が王太子なのは第一年王子が病気がちでほぼほぼ宮に篭りきりで第三王子が幼子だからで喧々轟々を極め未だ決着を見ていない。
そして更には驚いた事に
「皆さま魅了の魔法にかかっているのかもしれません」
と王宮へ進言したのは他でもないコーディリアだったと聞かされ、自分がいかに不実な男であるかとっくにコーディリアに見透かされていた事に眩暈がした。
とにかく謝らなければと翌日バルトア家に赴くと門で止められる事こそなかったが玄関ホールで仁王立ちする伯に何か発する前に
「娘は出ていきました。昨夜、貴殿が起こした行いによって」
なっ…?!
「娘は八割がた、いや九割九分、貴方がやらかす事をわかっていた。それでも、幼い頃から積み上げてきた日数分のほんの一分でも貴方に娘への思い遣りが残っていてましな方法で婚約解消していたなら娘は出奔しなかったでしょう」
「申し訳ありませんでした!伯父う、いえバルトア伯…!俺、私は何という事を…リア、はどこに…っ?!」
「教えると思いますか?お恨みしますぞヴェルハルト殿。貴殿の愚かさのせいで私は娘を失った。あゝそうだ、言付けがひとつありました」
どうでもいい事のように伯が手をあげると家令が大きな箱を手にやってきてヴェルハルトの手に押し付けた。
「貴方が今まで娘に贈ったものや揃いで誂えたものです。娘からもう要らないから処分してくれ と頼まれましてな。少しでも悪いと思ってるなら二度とお越し下さるな」
そう言って、箱ごとドアの外に閉め出されてしまった。
バタンとドアが閉められ、もう誰にも声をかけられる事はなかった。
………
ギルド拠点宿の酒盛り中だった筈の広間が静まりかえる。
ミラルカは魅了魔法を駆使して多数の男性に自分を崇拝させ貢がせてその中で一番条件の良い男と結婚し、他はボーイフレンドとしてたまにデートしてあげては高価な物を買わせて楽しくやるつもりだったと自白し逮捕された。
ハニートラップの達人だったのだ。
「父には勘当こそされなかったがイチから鍛えなおして来い、と家から出された。当然だ。そしてギルドに登録して旅をしながら彼女の手掛かりを探した。一応騎士になるつもりで訓練してたから少しずつ稼ぎも増えてー…家にも僅かだが送金出来るようになった。私が彼女へのプレゼントの為に家から持ち出した額は相当なものだったから、自身で稼いで少しずつでも返せ、償いが終わったら家にも顔を出せ と有り難い事に言ってもらえてな…彼女の家にも慰謝料を申し出ているのだが〝そちらとの縁はもうない〟ときっぱり切られてしまっているしならばせめて本人に と思ったがー…やはり彼女に謝罪はさせてもらえなかった」
まさか噂の〝金色のスカーレット〟が彼女の事だとは夢にも思わなかったが。
清々したように語るベルンに僅かながら同情票が集まり始めた。
ここにいるのは幼い頃からの婚約者どころか決まった相手すらおらず行きずりの女とふらっと関係するような、要するに火遊びが当たり前の類の連中であったから、ハニートラップの達人の美女にふらっと行ってしまった事がそこまで重罪とされてしまうのが何とも…という感じになったのだ。
「ま、まあお嬢、…アイリも時間が経てば機嫌も直るだろうしよぉ?」
「そ、そうだよな大体一年以上も探してたんだろ?」
「三年だ」
「「「三年?!」」」
「そりゃ凄ぇ…よし、俺らも協力するぜ」
そこへ、
「それはどーかねぇ」
と声が掛かった。先程抜け出したアイリと仲の良い女性ハンターである。
「さっきまで話してたんだけどさぁ、アンタそのハニートラップ女に貢ぐカネ全っ部アイリが高価なもの強請ってきて困るって家から引き出してたんだってねぇ?」
「え〝」
「そうなの…?」
「その頃にはもう冷え切ってて会う事すらなくなってたまにすれ違うだけでも罵詈雑言で?なのに一方的にアイリに非があるように婚約破棄突き付けたんだって?ーー クズじゃん」
「…良くお嬢がそこまで話したな」
「ちょっと強い酒飲ませて酩酊状態になったとこ無理に聞き出したんだよ。で?これ本当なの?」
「…本当だ。あの時の俺は、本当にクズだった」
「わかってんなら良いよ。そーいう訳だからアンタら!アイリに余計な事吹き込むんじゃないよ!ンな事したら二度と〝スカーレット〟の力は借りられないと思いな!」
「へーい…」
先程まで二人の仲を取り持とうとしていた輩は一気にシュン、と項垂れた。
それを満足そうに見遣り、フン、とその女性は踵を返した。
…ったく…無責任な事ばっか言いやがって。男バカどもが。
この話をした時、アイリは泣いていたのだ。
酒で泣き上戸が入ったのもあるだろうが…幼馴染で、婚約者で、誰よりも大好きだった。
あんな風に悪し様に罵られて苦しかった。
私の名前で家からお金を引き出して、都合の悪いこと全部私に押し付けて、その上であんな風に破棄するなんて酷い、私の事嫌いだったんならせめて普通に言ってくれたら良かったのになんであんなー…!
あっさりハニートラップにかかるなんて、
何が騎士よ…!
鳴咽まじりに詰る声は本当に哀しかったのだと聞いてるこっちも引っ張られそうになるくらい悲痛で。
だから、全部捨ててきたのだと。
思い出の品も、なにもかも。
それを、とやかく言う資格なんかきっと誰にもないのだ。
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