やってしまった…酒でガードが甘くなって つい 言わなくていい事をペラペラと….二日酔いでガンガンする頭を抱えてアイリは唸る。
出来る限り自分の過去を隠しているアイリだがエイダ …先程の女性冒険者の名だ ーー には弱い。初めて友人になった女性冒険者で年齢も経験も上のエイダにはいつも良くしてもらっている。
勿論、攻撃力だけで言えば自分の方が強いのだがこの世界の経験値は金では買えない。
自分であげていくしかないのだ。
理不尽な乙女ゲームの強制力に巻き込まれた身としてはそのガチ感がむしろ気に入ってる。
だが、
ったく…!これじゃ朝イチに出るどころじゃないじゃない!
どうにか身体を起こして回復薬を飲んで動けるようになると風呂に入ってさっぱりし、部屋に運んでもらった食事をたいらげ始めた。奴らが朝まで飲んでたなら、午後まで起きないだろうが昨夜の感じだとどうなのだろう。
祝杯って雰囲気じゃなかったよね。
尤も、大型の依頼達成後ならどのハンターも休息を取る。翌朝早くに活動してる奴は少ない筈だ。とっとと拠点を移そう。
そう決心して荷物を纏め上げた所で急に扉の外が騒がしくなった。
階下から駆け上がってくる複数の足音、何やら言い争っている声。
ーー手配犯でも入り込んできたか?
私は剣の柄に手を掛け、す と静かに扉の隙間から外の様子を窺おうと…
したところで、出来なかった。
隙間から見えたのは、茶色い衣服に包まれた胴体、そして次の瞬間それは私の部屋の中に入りこんで、
「っ?!」声をあげようとする私の口を覆った。
私は闖入者の顔を見上げるが、見覚えはない。知り合いでも、手配犯でもない。
廊下から声が響く。
「っおい?!どこにもいないぞ?!」
「チッ!構わん!片っ端から部屋を開けて探せ!」
「馬鹿言うな!騒ぎを起こさず連れ戻せ とのご命令だ!おまけに今ここには大所帯のギルドが逗留中なんだぞ!ハイクラスの冒険者達の寝込みを襲うような真似をしてみろ、明日にも我が国はギルドから敵認定されるわ!」
どうやら盗賊の類いではないらしい。会話から察するに、今は冒険者をしているが実はどっか良いとこの坊ちゃんを探しにきたどこかの子飼って感じか。
で この闖入者がその坊ちゃんだ多分。
はた迷惑な…と男の顔を見やる。
その顔に、ふと既視感を覚えた。
どこで…?
「貴方、第一王子…?」
口をついて出た既視感の答えに男の顔が剣呑に細められる。
「…なんで気付いた?」
「馬鹿王子と顔が似てる」
「あー…」
そう。あの婚約破棄を叫んだ王太子。彼は第二王子だ。〝第一王子は病弱な為離宮で静養中〟と何年も表に出て来ていない。
「あンのバカ、何してくれちゃってんのよ、俺の人生計画めちゃくちゃじゃん何悪い意味で顔広めてんのその上廃太子されそうとか何やっちゃってんだよ…」
闖入者改め第一王子はずるずるとへたり込む。
いやいや、もしかしなくても人生計画めちゃくちゃにされたのは王太子の婚約者や私達女性側でしょ、でもって病弱が嘘だとしたら弟に王位押し付けて逃げ回ってるてめぇ同罪とはいかずともギルティじゃね?
と思いつつ蹲る男を見下ろす。
「あ〝ー…うん。だよな。そうなるよな。悪い」
ばつが悪そうに謝られても。
「ガキの頃はそう似てなかった筈なんだがな。やっぱ見る奴が見ればわかるか…なぁ、スカーレット。ものは相談なんだが。俺の依頼受けねぇ?」
そして現在私は母国の王宮にいる。
「親父の追っ手には一度婚約者を連れて無事な姿を見せに行けばこれ以上追わないと話をつけたからその婚約者のふりをしてくれ」
だった。
当然「冗談じゃない」と即お断りをしたのだが「夜会のマナーが身についてる冒険者なんてそうそういねぇだろ。アンタだって実家に挨拶くらいしたいんじゃないか?」
私は実家にだけは現在地と元気でやっている旨をまめに知らせていた。
親不孝な娘からのせめてもの親孝行である。
「………」
「な?夜会の準備はこっちでするしその後俺は王宮で親父と話つけるから2〜3日滞在する。その間あんたは実家でしばし休養すれば良い。それまでの費用はもちろんギャラも色つけて払う。悪い話じゃないだろ?」
そう言われて不承不承来てみてはみたものの。
王族がたもひと通り入場を済ませて歓談しだした夜会の中盤いきなり私を連れてずかずかと王に近づいていったコイツは
「お久しぶりです父上。お元気そうで何よりですその様子ならまだまだ先も長そうですね。第二第三王子の教育頑張って下さい」
と早口でまくしたて、
「お前っ…!」
国王を絶句させた。
「これを期に申し上げておきますが今後あのようは追っ手を行く先々に放たれませんよう。私を追うよりご自分の、ひいては国の足元をご覧になった方がいい」
「…な ん だ と…?」
持っている盃を震わせる国王の反応に頓着せず
「あ そうそう彼女が私の婚約者 兼 相棒のアイリです」
誰が相棒だ誰が。
思いつつ相手は国王なので最上級の礼をすると周囲が息をのんだ。
国王もしげしげと私を見遣り、
「其方は…」
「流石父上。お分りですか、彼女は愚かな弟をはじめ有力な貴族子弟が次々引っかかったハニートラップの被害者コーディリア・バルトア令嬢です。婚約者に愛想をつかした彼女は元々あった魔法素養を磨き今や一流の冒険者の仲間入り。素晴らしいでしょう?」
おぉ、とどよめきにも似た声があがり続いて「やはり…、」とか「まさか」といったひそひそ声が混ざる。
その時、「コーディリア様!お会いしたかったですわ!」と飛びついてきた令嬢がいた。
「っ?!」
そんな覚えはなかったので一瞬身構えたがその令嬢の顔を見、あの王太子の婚約者だと気付く。
「あの時、貴女がああしてくれなかったら私達は皆謂れのない罪を着せられ未だ立ち直れないままだったかもしれません。ずっとお礼が言いたかったのです」
「そうでしたか。それは良かった」
微笑んで言えば何故かキャーッと悲鳴があがる。
「私も!ずっとお礼が言いたかったのです!あの不実な元婚約者に言ってやりたい事全部言ってくださって本当に!すっきりしましたわ!」
「私もです!あの時のコーディリア様は本当に美しくて、いえどんな騎士様より格好良かったですわ!私胸が高まってしまって…!」
「本当に!あの時の不実な殿方達に比べてあの時のコーディリア様の凛々しさといったら…、あの後冒険者になられてたなんて素敵あ いえその…、またお会い出来て嬉しいですわ。ずっとお礼が言いたかったんですの」
「それは皆一緒ですわ。そうだ!コーディリア様、我が家でお茶会を開きますので是非!旅のお話もお聞きしたいわ」
婚約破棄した貴族の令嬢が家を出て冒険者やってたなんて、今までの貴族社会ではつまはじきにされてた筈なのに、何故か歓迎されている。その様子に、まず国王が驚愕した。
「これが現在の貴族達の答えですよ。長年王妃教育に耐えてこられた高位の貴族令嬢に対してあんな辱しめを与えた王家に娘を託す貴族は確実に減っていくと思われた方がいい」
あの馬鹿王太子はまだ廃太子されていない。第一が出奔したままなのと、第三がまだ九歳と幼いからだ。
「だからお前を戻そうとしたのだろうがっっ」
「俺は出て行く時にちゃんと王家の特権放棄してったでしょう?そもそも王太子だからといってアレに我儘放題させすぎだあなたは。だから、」
ちら、と会場の端に目をやった途端、
「ちっ、出るぞ全員で抑え込め!」
黒装束の男が会場のあらゆる物陰から踊り出てくる。
「こうなるんだよっ!」
言うなり王子も抜刀する。
私もばさ、とドレスを脱ぎ捨て下に着ていた身軽な冒険者服になりつつ
「皆さまはこちらへ!」
令嬢がたを近衛が固まっている方へ押しやるようにしてから自分も抜刀して構える。
「な、な…、」
国王があわあわと言葉にならない音を発している間に王子が
「この国の王族や高位貴族と娘の婚姻に不安を抱いた貴族達は外国の貴族に娘を嫁がせ縁が深まる。その分情報も互いに行き交う。その結果こういう事を目論む奴が出てきてもおかしくない」
「ほう、流石第一王子。ここまで読まれているとは。だがこちらの手勢とそちらの手勢、どちら、がっ…?!」
リーダー格らしい男に横から貴族子弟が斬りかかった。
いや、格好だけは貴族子弟だがあれはー…
「ここまで読んでんのにたった二人で来るわけねーだろ?」
会場のあちこちで服装だけは貴族の礼装、けれどおそらく中身は王子が集めた冒険者達が次々に抜刀し黒装束たちに斬りかかった。
「くっ、ひ、卑怯だぞ!」
どっちが。
「仕掛けた奴の言うセリフかよ?ついでに倒すべき敵にいちいちンな口上する冒険者はいねぇよ言ってる間に死ぬっつの」
だな。
女一人とみて私のところにも何人か来たが速攻で剣を持つ手や足の腱を切って動きを封じ、落ちた剣を遠くに蹴り飛ばす。
手下があっという間に倒されるのをみて
「ば、ばかな…、」
と震え出すリーダー格は喉元に剣を突き付けられ速攻でハンズアップした。
その騒動から二日後。私は元悪役令嬢もとい公爵令嬢主催被害者友の会御一同様の集まり、じゃない お茶会に出席していた。
あの日の夜後始末は当たり前だが王子とその原因(国王)に任せ私は実家に戻り久々に家族と過ごした。
家族だけでなく使用人たちも皆私の無事を喜んでくれたが私は冒険者をやめるつもりはない。
ただ数日間だけ滞在させてもらう事にし久々にゆったりと過ごしていた所に公爵家から招待状が届いたのだ。
先日の御礼も申し上げたい とあったし伯爵家からお断りもしづらい相手なのでこれまた三年ぶりに茶会用のドレスなぞ着込んでやってきていた。
「コーディリア様!良くいらっしゃって下さいました」
公爵令嬢が諸手をあげて歓迎してくれる。
昨夜のうちに家族に聞いたところによるとあの騒ぎのあとなんとか復縁したのは一組のみ。それも破棄を告げた令息の実家側が頭を下げて令嬢家側に息子を見捨てないでやってくれと頼み込んだのと何より魅力魔法が解けた令息が彼女の足下に五体倒置する勢いで必死に謝ってきたので令嬢側も絆されたらしい。
他の二人はそのまま相手から慰謝料を取った上で破棄しそれぞれ別の相手と婚約したそうだ。王太子妃候補だった公爵令嬢に至っては他国の王族に嫁ぐ事になってるそうで、最近は自国の行事 ーー例え王家主催であってもーー 休みがちなのだとか。
成る程 あの第一王子の言葉通りである。
ひと通り形式通りの会話がすむと
「それで、コーディリア様と第一王子のご婚約は本当なのですか?」
公爵令嬢に切り出され、私は目を剥く。
「いいえ。あれは第一王子からの依頼です。〝婚約者の振りをしてあの騒ぎの黒幕を引っ張り出すのに協力してほしい〟と。それ以外は同じ冒険者といっても話した事すらない間柄です」
きっぱり否定すると
「そうなのですか?私は、てっきり…」
令嬢の一人が戸惑ったように言う。
「ええ。昨日父や兄が王宮に伺候したのですけど…」
同じく隣の令嬢も顔を見合わせ、
「あの騒ぎを事前に察知し収束させた第一王子こそ王太子に相応しい と大臣らは既に彼を擁立すべく動いているようですわ」
公爵令嬢が纏める。
まあ、それはそうだろう。第二王子の評価はあの騒ぎで下落を辿る一方、病弱で王位を継げないとされていた第一王子があのように頑健な美丈夫だと知らしめてしまったのだから。
実際、出奔してても自国の危機にはちゃんと戻ってくる辺りただの放蕩王子でない事は確かだ。
「それで ですね、、お伺いしたい事があったのですけど」
「何でしょう?」
「その…、第一王子殿下は貴女を妃に迎える事が出来た時には王位を継いでも良い と仰っている と父は聞いたそうなのですけれど」
なんだと?
「っそんな約束はしておりません!」
何してくれてんだあの馬鹿。
こうしてはいられない。
さっさとこの国を出なければ。
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