「婚約破棄だ!」と叫ぶ馬鹿に用はない

詩海猫
詩海猫

邂逅

公開日時: 2021年5月3日(月) 00:00
文字数:4,102

一話の長さがバラバラなのはご愛敬、切りどころがわからぬのです(笑)。

そうして、三年後現在。

目の前に、あの憎っくきヴェルハルトが立っていた。

「なんで、お前がここにいる…?」





あの後私は、すぐ家を出て冒険者になった。

元々生まれつき適性のあった私だが本来ならそんな必要はなかった。

そう、本来なら

幼い頃から婚約者のいる伯爵令嬢には必要なかった。

自分は守られて当然と思っていたし、周りもそうだったから。

けど、幼い時仲の良かった乳母一家ーー私の乳母とその夫、同じ年の乳兄弟とその兄は皆うちの使用人として当家に仕えていた。乳母の夫は腕に覚えがある人だったし乳兄弟の兄も もう剣も使え、士官してもおかしくないくらいに成長していた。

なのに、たまたま狙っていた獲物を逃したあげく兵士に追われて手負いの獣ようになっていた盗賊にかち合ってしまい、私と乳兄弟以外皆殺された。

「お嬢様だけは死んでも必ず!」

「逃げて下さい早く……!」

皆が叫びながら死んで行ったのを忘れない。

忘れる事が出来ない。


どうして。


大好きだったのに。


皆ずっと一緒だと思っていたのに。


一人生き残った乳兄弟は、

「お嬢様だけでも無事で良かったです」と言った、泣きそうな顔で。

心はもっとずっと激しく慟哭しているのだろう事が容易にわかる顔で。


いざという時、自分の身すら守れない者は大切なものも守れない。


そう強く思い知った私はお父様に願い出た。剣を習い、実戦でも役に立つくらい強くなりたいと。

父は「花嫁修業だけしていれば良い」と良い顔をしなかったが、乳母一家殺害を目にした私の心中を慮ってだろう、渋々「本来やるべき事も疎かにしない」事を条件に私が冒険者としての修行をするのを認めた。

すぐに脱落すると思っていたのだとも思う。

だが、私には適正があったらしい。

すぐに上達し、一番狩るのが容易なC級モンスターから始めてすぐにB級までなら単独で狩れるようになった。A級はまだ助けがないと無理だったが……卒業したらすぐに結婚するのだからそろそろやめろと言われていた。

もう護身術としては充分だろうと。

言われて基礎のトレーニングだけは続けさせてもらう条件で不承不承頷いたところに、まさかの〝当の婚約者の心変わり〟である。

伯父様に話を通すのと同様、父にも同じく話を付け、同時に修行の難易度を上げた。

「もしヴェルハルトが婚約破棄してきたなら私は家を出てハンターになる、醜聞になったあとこの町にはいたくない」と。

父は何故落ち度のない私が出て行くのか、証拠は抑えてあるのだからヴェルハルトをとっちめればいい。と言ったが、

「私がもう男性不信なのです、誰とも結婚したくありません。けれどお父様と伯父様が今でも固い友情で結ばれていることも承知しています。私の事とは関係なく変わらずお付き合いしていただきたいのです。ですから……ヴェルハルトとの婚約が間違いだったとお考えなら私の望みを叶えて下さいませ。私のことを誰も知らない場所で生きてみたいのです」

と説得し、ヴェルハルトやその他(攻略対象ズ)の様子からやらかす事は間違いないと踏んだ私は既に準備万端整えてあの日を迎えた。

家に戻った私は家族に挨拶しすぐに着替えて出発した。

夜のうちに町を出て翌日には国も出て、隣国のギルドに登録した。




最初は実力を測る為の雑魚モンスターから初めて次にB級を楽に倒せるのに驚かれ、次いでA級も狩ってみせたら何故かギルドの宿で祝杯をあげられ、無事ギルドの洗礼(?)を通過した。訳ありの冒険者なんて珍しくないから、皆私の素性は詮索しないし腕が確かだと広まるにつれ依頼も増え私のハンター名〝アイリ〟(前世名からとったわけではない、単にCodiliaの綴りを逆読みにして取っただけである)は広まっていった。


ハンターになって一年後には私は単独ソロでS級を狩れる一人としてその名を知られていた。

赤い髪に金茶の瞳、量の多い髪は家を出る時にばっさり切ったが1年後には肩より下まで伸びて風を受けると広がるのと、これは自分ではよくわからないが戦ってる時の私の瞳は金色に輝いてるのだそうだ。そのせいで妙な二つ名が付いているらしいが、そこは深く考えないようにしている。



冒険者は基本〝流し〟だからあちこちのギルド拠点を点々としながら依頼をこなす。国内の拠点のみを点々とする者もいたが私は国外にもどんどん出て行った。そこで初めて会う人間もいれば、以前別のギルド拠点で顔見知りになった人もいて挨拶を交わすーーそんな生活が当たり前になっていた。


基本的にソロの私はパーティーは組まないが、大物依頼でその時だけ一緒にハントする依頼も条件が悪くなければ受ける。

そうしておけば顔つなぎになるし、そういった知り合いとは連帯感も信頼も得られるから、次のちょっと美味しい仕事二人ひと組の依頼なんだけど一緒にどぉ?と言ってもらえたりするし、大人数のパーティーでも使えるハンターだと認識してもらえればこういった依頼は途切れない。

今回の仕事も以前大人数のパーティーで組んだ事のある顔見知りに声を掛けられて受けた依頼で、目的は森で暴れ出したドラゴンの殲滅。

かなり大規模なパーティーで先陣が盾、中核が攻撃、後陣がヒール及び後方支援と分けられた本格的パーティーだった。こういった依頼は受ける面子が大体決まっていたので殆どが一度は組んだ事があるかなくてもどこかで見かけた顔だったのだが、全く知らない顔も幾人か混ざっていた。

そして、その中に何故かヴェルハルトがいたのだ。


で、先程の私の台詞である。


三年前よりがっしりした身体付きになり、貴族的なところは抜けきっていないが甘えた坊ちゃんぽかったところは消え失せ、青銀の髪に青い瞳の青年は僅かに微笑みながら

「…ー久しぶりだ、リ「アイリだ」」

昔のようにリア、と呼びそうになる馬鹿の言葉に被せ、更には今回話を持ってきたハンターを睨み付ける。

「ちょっと、どういう事?今回は腕利きしか集めないって言ってたじゃない、なんでボンボンが混ざってんのよ?」

「なんだぁ?アイリ、知り合いか?」

今回の仲介でもあるパーティーリーダー、ハンクが首を傾げる。

「質問に答えて」

「こいつはベルン。一年前にギルド登録した冒険者だ。お前さんほどじゃないがここ半年で結構有名になった奴だ。腕は俺が保証するぜ?」

「……私は信用出来ない」

ヴェルハルト、いや現ベルンは哀しそうに私を見るが知った事か。二度と顔を見せるなといったのに破って現れたのはそっちの方だ。

「……お前さんが信用出来ないってのは過去に何か事情があんだろうが、ドラゴンの生息地はもう目の前だ、今更変更はきかねぇよ」

「こいつがいるって知ってたら私は依頼は受けなかった。それぐらい信用出来ない。私よりそいつを取るっていうならー…」

「うぇぇ?!そりゃねーだろ…アイリよぉ、アンタ攻撃の中心なんだぜっ?」

「信用出来ない奴と組むパーティーほど危険なものはない。アンタだって知ってるでしょ」

「いや、俺はこいつとは前に組んだ事があってだなぁ……、」

「私はない」

「んー…そりゃあ、冒険者って奴は自分の勘で組むもんだが……、今回編成だけでも結構時間くってんだ。それにこいつ氷魔法の使い手だぜ?ドラゴン相手にゃあ必須だろ?盾にはおあつらえ向きだ。かといって中核の主戦力のお前に抜けられても困る。なんか問題あったら俺っちの責任って事で尻拭うからよ……ここは堪えてもらえねぇか、アイリ?」

下手に出てはいるがアイリがここで断り大勢の仲間を見捨てられるようなタチではない事をわかっていてやっているわけだから、舌打ちを隠す事はしない。

「じゃ、私が怪我のひとつでも負ったら傷の数に応じてアンタに治療費の他に慰謝料も払ってもらうわ。あと、今回の報酬50%上乗せでよろしく」

「でぇぇっ?!そりゃねぇよ!治療費はともかくなんで慰謝料⁈しかも50%はねぇだろ?!」

「あぁ?私の精神的苦痛に対する慰謝料に決まってんでしょうが。デカい仕事ほど信頼関係大事って テメェでいつも言ってんじゃんか、言ったコトの責任は取れ。大体今回この話をまとめたって事で仲介料も入ってんだろ?ケチケチすんな」

「う〝ー…せめて10%」

「50だ」

「大負けに負けて12%でどうだ?!」

「変わってない。セール中じゃないんだよこっちは。サービス期間中でもない」

「お前そんだけ腕良くて美人でイイ身体してんだからいいだろおぉ?!」

「何の話してんだ てめぇはっ?!」

「だー、かー、らー、顔も身体もみ…、っ、も良くて腕が立つって神サマから貰いすぎだろ?!俺なんか腕が良くて人望あってそこそこ金もあんのに見かけが赤い髪にちょっとむさ苦しいってだけでアダ名が〝今イチ残念なレッド〟だぞ?!」

「 貰ってない!渾名なんかなんだって良いだろうがっ!」

「良くねぇわ!そりゃお前はいいよ?〝金色のスカーレット〟だもんな?!誰が聞いたってカッコいいもんな?!」

どうやらヘンなスイッチが入ってしまったらしい。こういうところが残念、と顔の造作自体は悪くないのに言われる由縁なのだが。

「私が言い出したわけじゃないっ!周りが勝手に言ってるだけなんだから言わせておけば良いだろうがっ!」

「俺だって名乗った事なんかねぇよ?知らない間にカッコいいアダ名が俺だって欲しかったよ!」

「だったら周りに自分で触れまわりゃあ良いじゃないか!〝俺の事は頼りになるカッコいいレッドと呼べ〟とかさ!」

「それ名前のセンスも含めて全然カッコよくねぇ!」

「ンな事でうじうじ言ってっからカッコ良いって言われないんだよアンタは!」

「……目的地に着いたぞ」

二人の舌戦に全く割って入らず歩みを進めていた一行はぴたりと足を止め

で、どうするんだ?

という目を向けた。

二人もやめ時を聡ったらしく、

「仕方ねぇ、25%で手を打つ!」

「……30%で手を打つ」

「んなっ!」

「でなきゃ二度と組まない」

「ぐっ……!わあったよ」

「よし」


許しが出たと思ったのか、

「…君が戦えるとは知らなかったな」

つ、と横に立ったベルンの呟きに、

「私に話しかけるな」

と黙らせ、心中で舌打ちする。




ーーそりゃそうだろ。


知らせたこともなければ、知らせるつもりもーーもしかしたら一生、なかったもの。


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