追放された下っぱ冒険者、幼馴染な聖女さまの添い寝係に抜擢される

~オバケとか超苦手だから私が寝るまで傍にいて~
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女
黄波戸井ショウリ@添い寝聖女

第3話 『「目標は?」「死なないことです」』

公開日時: 2020年11月16日(月) 12:03
文字数:2,960

 闘技大会を開催するには、時間をかけた入念な準備が必要だ。出場選手が大手ギルドのメンバーだとか聖女の祓魔隊からの派遣だというならなおさらに。


「なのに、こんな大規模な大会が急に告知されるなんて……。何かあったとしか思えませんわ」


 とは、シアさんの弁だ。単なる力比べではない、何か別の意図があるんじゃないかと疑っているらしい。選手控え室で持参した湯冷ましを飲みながらソワソワと落ち着かなさそうにしている。


「怪しいのなら、シアさんだけでも辞退されては」


「冗談は顔だけにしてくださる? フィーネ様の隊は全員参加なのにそうはいきませんわ。それに何より」


「何より?」


「フィーネ様に褒めていただくチャンスですの!! 上位入賞、いえ、優勝あるのみですわ!!!」


 突然の大声に、周りの選手たちが振り向く。ギルドのあらくれた冒険者も多いから気分はまるでライオンの群れにでも飛び込んだようだが、シアさんは一切意に介していない。先日の猪男の件すらも無かったかのように目をギンギンと光らせている。


 前の戦いを引きずらず、次の戦いを見据えて動く。これがプロということなのだろう。見習わねば。


「ところで、そのフィーネ様はどちらにいらっしゃるのでしょう。来賓席にいらっしゃるものと思っていたのに、開会式ではお姿が見えませんでしたが」


「フィーネは来賓席には座らないそうですし、少し遅れると言っていました。なんでも貴重な書物が見つかったから回収しに行くというような、ざっくりそんなようなことを聞いています」


「奥歯に物が挟まったような言い方ですのね。書物ってなんのですの?」


「安らかな眠りが必要な人のためのもの、とかなんとか」


 キョロキョロと辺りを見回すシアさんに嘘は言っていない。嘘は言っていないはずだ。


「世のため人のためばかりでなく、文化の保存にも熱心……さすがですわ……。ところでシアが知らされていないことを、なぜあなたが知ってるんですの!」


「出かける時に出くわしただけですよ」


 出かける時に会ったのも本当だ。ピンクの子供服を着て、この姿で外に出ていくことへの葛藤に苦しんでいた。しばらくそうした後、本への熱意がそれを上回ったようで大きく一歩を踏み出してでかけていった。


 きっと今ごろ、子供たちに混ざって絵本を買い求めていることだろう。


 それにしてもフィーネでも似合うのなら、もっと華奢なシアさんなら自然に着こなせるんじゃないんだろうか。


「ところでシアさんって服には詳しいんですか?」


「まあ、レディに対して何を当たり前のことを。未来の社交界の華といわれたシア・ルミノールですわよ? 三歳の時の話ですが!!」


「いえ、そういうのではなく。こど……」


 子供服、と言いかけて、俺の中の何か告げた。


 言うべきではない。


 俺を見上げるこの小柄な先輩に、きっとフィーネと違ってサラシとかいう布で胸を潰さなくても子供服が似合いそうな彼女に、それだけは言ってはいけない。


「これは自然災害が起きる前の感覚……!」


 アル村の山で修行していた頃、なんとなく胸騒ぎがしていつもと違う道を使ったら土砂崩れを免れたということがあった。その時に俺に危険を教えてくれた、おそらく直感とか虫の知らせとかそういうやつが、『子供服』という言葉をシアさんに向けて口にしてはいけないと必死に叫んでいる。


「こど……なんですの?」


「こど……こど……孤独を抱えた女性に、服のプレゼントってどうかなと思いまして」


「身につけるものを贈るのはけっこう難しいんですわよ。似合うかどうか好きなブランドかどうかはもちろん、『それを着て食事に行きましょう』なんて意味が生じることもありますわ」


「ふむ」


「あなたのような田舎者なら、大人しくお花かお牛にしておきなさいな」


 失礼なことを言われた気もしつつ、命の危機を脱したという安堵が勝った。理由は分からないが言っていたら命は無かっただろうという確信がある。


「さ、無駄話もこの辺にしておきましょう」


「そろそろ時間ですしね。俺は優勝できるなんて大それたことは考えちゃいませんが」


『第六組の選手は闘技場へ入場せよ』


 天井の伝声管から声がすると同時、会場から歓声が上がる。シアさんの声はかき消されて聞き取れないが、言っていることはお互いなんとなく分かったようだ。


「フィーネ様がいらっしゃるまでに二人とも敗退なんてことになりましたら」


「ええ、ちょっと格好ってやつがつきませんから」


 暗い通路を抜けて、闘技場へ。参加者が多いため、まずはいくつかの組に分かれて予選を行い、勝ち残った者が決勝を戦うという形式らしい。俺は六組の一番、シアさんは六組の七番だ。


「……ッ!」


 暗闇に慣れた目に外の光がまぶしい。数秒して見えてきたのは、土の地面を平らにならして円形の鉄柵で囲った闘技場。そしてそれを取り囲むように設置された客席では、満座の観客たちがあるものは歓声を、あるものは罵声を上げている。闘士以上の殺気を放つ観客は、おそらく結果に大金を賭けているのだろう。


「片手落ちになっても恨みっこなしですわよ。目標は?」


「死なないことです」


「そこはでっかく十人抜きとか言うところですわ」


 予選のルールは実に単純、同じ組の十二名が乱戦し、最後まで武器を手放さなかった二名が勝ち抜けになる。使うのは木の武器のみ、武器を手に縛り付けるのは禁止、武器を手放した者への攻撃は禁止、が三原則だ。


 結託すれば有利になる性質上、同じ祓魔隊やギルドのメンバーはなるべく同じ組にはならないようにしてあるそうだが、人数の都合とかで俺とシアさんは同じ組に割り当てられてしまったらしい。


「俺のことを買いかぶり過ぎですよ。この前の猪頭だって、不意打ちの上にシアさんが後押ししてくれてやっと首を落とせたんですから」


 俺みたいな新参には厳しい戦いだ。気の所為だろうとは思うが、周りがみんな俺の方を狙っているように感じる。勝ち抜く以前にまずは生き残ることを考えねばなるまい。


 何しろみんな本気で戦うのだ。木の武器でも当たりどころが悪ければ死ぬことだってないとはいえないし、逆に殺してしまうことだってありうる。遺族の方々や所属団体へどれほどの謝罪と賠償をしなくてはならないかなど想像もつかない。


「あら、ルールに違反しない限りは出場者の怪我は自己責任ですのよ? そう説明されたじゃありませんの」


「道義上の話です。ひとりの社会人として、尊い命を奪っておいて『ルール通りなのであとは知りません』なんて言うわけにはいきません。ここにいる誰もに帰りを待つ家族がいるんですよ」


「立派なことを言っているのに、どこかズレている気がするのは何故なのかしら……」


 改めて周りを見ると、さっきまで俺の方を睨んでいた気がする何人かが空を見つめている。きっと家や故郷にいる家族のことを思っているのだろう。


『選手は各々の番号が振られたプレートの下へ』


 アナウンスに従い、一番の札の下へ向かう。十二人が正十二角形を描くように配置されているようで、七番のシアさんは一番遠い対面だ。


『予選六組、勝ち抜けは二名。はじめ!!』


 シンバルが鳴り、歓声が上がる。木刀……はなかったので、代わりに借りた木剣を握りしめて正眼に構えた。


 時にこれは、俺が緊張しているからだと思うのだが。


 選手たちほぼ全員の目が、一斉に俺の方を向いた気がした。


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