立花 咲也と岩永 常磐の男子2名と、名雪 六花と月影 小兎子の女子2名は、トラックにひかれかけたことを交番に通報し、それから4人で一緒に学校へ向かった。
「僕とトキワは5年1組。2人は?」
「どっちも5年2組だよ」
「六花⁉ 勝手に答えないでよ!」
「あれ? 小兎子、ダメだった?」
「ダメって言うか……ちょっと立花、そんなこと訊いてどうするのよ。アタシたちに会いにでも来る気?」
「いや、適当に話題 振っただけで……会いに来るなってこと?」
「ぜ、絶対ダメとは、言わないけど……そんなことされたら、みんなに勘ぐられて、からかわれるじゃん……」
「そう……だね。うん、分かったよ」
「えー、わたしは別にいいのに」
「六花!」
「(俺もいるのだが)」
六花・小兎子とは本来なら並んで歩く仲ではなかったが、今は同じ事件に巻きこまれた連帯感からか、なんとなく一緒に登校する流れになり、咲也は嬉しかった。
この2人に、惹かれていたから。
初めて意識した女性である2人と早くも話す機会を持てたことは嬉しいが、そんな相手だからこそ緊張するのも他の女子との会話以上。平静を装いながら内心ではドキドキしていた。
「そんじゃ、ここで。行くわよ、六花」
「うん。立花くん、岩永くん、またね」
「あ、うん」「おう」
学校に到着して下駄箱で上履きに履きかえると小兎子が速足で歩きだし、六花もそれを追って、女子2人は先に行ってしまった。どうやら小兎子は校内でまで男子といたくないらしい。
「俺たちも急ぐぞ、リッカ」
「そうだね。すっかり遅刻」
常磐に続いて廊下を歩きながら、咲也はあっという間に終わってしまった夢のような時間に後ろ髪を引かれる想いがした。
(また会いたい)
六花は別れ際に『またね』と言ったが、一度こうして別れてしまうと、あの2人と再び話すのはとても困難に思えた。隣のクラスに会いに行くだけのハードルが恐ろしく高い。
小学校 高学年、思春期を迎えたみんなが恋愛話に興味津々な中、男子がわざわざ別のクラスの女子を訪ねれば、それはもう告白も同然。即座に噂が広まる。
それは、とても恥ずかしい‼
それが嫌だから小兎子は絶対とは言わないまでも訪問を拒んだのだ。言われるまでもなく咲也も同感だった。
それでも相手が好きで告白したいなら乗りこえるべきだろうが、自分のこの気持ちは恋ではないはずだ。
恋なんてしたことがないのでよく分からないが、それは1人を相手に抱くもののはずなので、相手が2人いるということはまだ恋と呼べるほどの感情ではないのだろう。
なのに告白と思われては困る。
だから会いにはいけないが……2人とこれっきりなのは嫌だ。もっと話したい、いつも話す仲になりたい、強くそう想った。
¶
キーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴り、2時間目の授業が終わって、3時間目とのあいだの長めの休み時間になった。日本の地方ごとに名前の異なるこの休み、ここ東京都で【20分休み】と呼ばれている。
「あ」
「どうした、リッカ」
「いや、朝の2人が」
「ん? ああ」
咲也が校庭で遊ぼうと常磐と2人で廊下に出ると、六花と小兎子の姿を見つけた。あっけない、朝あれほど難しく感じていたのが馬鹿みたいだ。
トクン、トクンと胸が高鳴る。
いや……自分が2人の姿を見つけただけで、まだ向こうはこちらに気づいていない。このまま声をかけなければ再会したことにはならない。
女子に声をかける。それだけでも恥ずかしいが、これは教室を訪ねなくとも彼女たちと話せる貴重な機会、逃してはいけない。咲也は勇気を出して一歩を踏みだし──
様子がおかしいと気づいた。
「その歳で夢と現実の区別もつかねーの?」
「はっずかしー奴!」
「やかましいわね、失せなさいよ‼」
「……」
冷やかすような男子2人に怒声で返す小兎子が、うつむいた六花を背中にかばっている。男子たちは咲也も知った顔だ。今年は違うが同じクラスになったことがある。
「なんの騒ぎ?」
「あっ、立花く──」「立花──」
「よう、立花」「岩永も。聞いてくれよ」
六花と小兎子の声を遮った男子たちが振りかえる。そのニヤついた顔は『女子をイジる仲間が増えた』と語っており、咲也は『同類扱いするな』と腹が立った。
「名雪の奴、魔法少女になりたいんだと」
「そンなこと短冊に書いてんだぜ」
「ああ……」
どうやら話題になっているのは、すぐそこに飾られている笹に吊るされた数多くの紙片(短冊)の1枚に書かれた内容らしい。
今日は7月7日、七夕。
地上からは天に輝く星に見える、神々の世界の住人である織姫と彦星という普段は離れ離れにされている夫婦が、年に一度だけ会える日。
地上の人間たちはこの日に竹や笹を飾り、そこに願いを書いた短冊を吊るす。すると織姫と彦星は幸せのお裾分けでもくれるのか、その願いを叶えてくれる。
という、日本の伝統行事。
この学校でも毎年、生徒たちが願いを書いた短冊を吊るした笹を七夕当日、廊下に飾っている。
今年も先日、学級活動で短冊に願いを書いて提出した……その短冊に、六花は『魔法少女になりたい』と書いたのか。それが男子たちに見つかり、からかわれていると。
(そういうことか)
魔法──古くから信じられてきた、空想を現実にする不思議な力。だが現代では実在しないと否定されている。
魔法少女というのはアニメなどで題材とされる、その力を得た少女のこと。だがそれは作り話の中にしかいない存在だと、見る側も理解していないといけない。
そんな虚構を信じていて許されるのは子供だけ。魔法少女も変身ヒーローも、妖精も妖怪も、神も仏もサンタクロースも、みんな同じ……嘘。
そして小学5年生。
小学校の高学年は。
それらの夢から覚めていないといい加減マズイという、刻限。だが六花がまだ〔魔法〕から卒業できていないのは朝のやり取りからも分かる。
そんな彼女を笑いたくなる心情も理解できないことはない──が、それは本当に笑っていい理由にはならない。
「君らはなんて書いたの?」
「「え?」」
咲也の返しに男子2人組は戸惑いを見せた。ただ同調を求めていただけなので予想外だったのだろう。しかしすぐ気を取りなおし、自信満々に答えた。
「プロ野球選手になれますように!」
「俺はプロサッカー選手!」
「ぷっ」
咲也が失笑すると──男子2人は固まった。なにが起こったのか理解できなかったとばかりに。そして数秒して金縛りが解けると、怒りを爆発させる。
「ああ⁉ ンだ、テメェ‼」
「なにがおかしい‼」
「おかしいに決まってるさ。だってどんな願いだろうと、そもそも星が人の願いなんて叶えてくれるワケないじゃん! その歳でまだそんなこと信じてんの?」
「「んなッ⁉」」
男子たちの顔が引きつる。自らが冷やかしていた六花と同じ〔現実と虚構の区別がつかない人間〕のレッテルを貼られたと理解できたか。慌てて挽回しようとする。
「はっ、ハァー⁉ し、信じてねーし‼」
「そういう風習だから書いただけだし‼」
「でしょ? 信じてないけど信じてる体で願いを書く。この歳になったら七夕ってそういうもんだよね」
「そうだよ!」
「だから──」
「だから前提としては、星に願いを叶える力があるって認める。その力は魔法みたいなもんじゃん。魔法使いに魔法をねだって、なにがおかしいのさ」
咲也はあえて、そこで言葉を切った。
「それは……あ、あれ?」
「お、おかし、くない?」
2人に自分の言ったことを頭に浸透させ、その論理の正しさを理解させるための時間を与えたのだ。時間が経つにつれ、2人の顔色が悪くなっていく……
頃合いだ。
「願掛け自体がオカルトなのに願う内容は現実的じゃないといけない、なんて考えるのは馬鹿馬鹿しいって言ってんだよ‼」
「「‼‼‼‼‼」」
「オカルトを否定するんだったら短冊を無記入で提出するくらい徹底しておくんだったね。自分だってしっかり願いごと書いておいて人の願いを馬鹿にするとか頭にブーメラン刺さってるよ?」
「「な、な──」」
「「あっはっはっはっは‼」」
男子2人が絶句したところで、常磐と小兎子が腹を抱えて笑いだした。それが遠巻きに見ていた他の生徒たちにも伝播し、廊下が爆笑に包まれる。
アハハハハハハハハ‼
孤立した男子たちは『~ッ‼』とおそらく負け惜しみを叫んで逃げていったが、その声は周りの笑い声にかき消され、なんと言ったのかは聞こえなかった。
奴らはオカルトを否定する、多数派の安全な立場から少数派を攻撃して遊んでいたはずが、咲也の話術によって逆に迫害される少数派側に転落した。因果応報だ。
ワーッ‼
男子2人組が見えなくなるや、彼らへの嘲笑が咲也への歓声に変わった。野次馬たちが咲也の周りに群がってきて、その英雄的行動を褒めそやす。
「立花、やるじゃん!」
「かっこよかったよ~っ」
「見事な屁理屈だったな。テストの点数は悪いくせに、こういう時の頭の回転は速いよな」
「へへ、ロボットのパイロットに敵との舌戦はつきものだからね! 将来そういうシーンになった時に言い負けないよう鍛えてるのさ!」
どっと笑いが起こる。
冗談ではないのだが。
それより今は六花が心配だ。その六花は人垣に隠れて見えなくなってしまっている。その人垣に咲也は完全に囲まれ、抜けだせなくなっていた。
「立花くぅーん……!」
「ちょっとアンタら邪魔よ! 六花がお礼を言えないでしょ⁉ ええい、うっとうしい! 散れッ、散れーいッ‼」
「おう、お前ら。邪魔だ……消えな」
ヒィッ‼
野次馬連中は小兎子に言われても動かなかったが、常磐がその小学生離れした厳つい顔と重低音ボイスで凄むと、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「サンキュー、トキワ」
「なに、これくらいは役に立たんとな」
親指を立てた常磐が横にズレて、咲也の正面にスペースを空けた。そこに六花がおずおずと進みでてきて、もじもじと上目遣いに見上げてくる。かわいい。
「立花くん……」
「名雪さん、平気?」
「うん……また、助けられちゃったね。ありがとう。立花くんだって魔法、信じてないのに。わたしの味方してくれて」
「あ」
咲也の背筋に緊張が走った。確かにさっきの咲也の発言は、魔法など信じない立場からのものだった。それどころか六花の信じる魔法を、かなりはっきり否定してしまっている。
咲也は早口でまくしたてた。
「あのね! さっきはああ言ったけど魔法の存在を否定してるわけじゃなくて、それに無いことの証明はできないから無いとは言いきれないし、僕もあったらいいなと思ってるし!」
「ぷっ」
「えっ」
六花がくすくす笑いだした。
手を口に当てて。かわいい。
「安心して。わたしも魔法なんて信じてないから」
「そうなの⁉」
安心した。体中から力が抜けた。
「この歳になればね……それでも『魔法を使いたい』『魔法少女になりたい』って気持ちまでは、なくならなくて」
「そっか……」
六花は確かに夢見がちかも知れない。
だが常識的観点も持ちあわせていた。
「立花くんも言ったように、星が願いを叶えてくれることなんてあるわけないのに、それでも書けって言うんだから。どうせなら非常識でも一番強く願ってることを書こうって思ったの」
「……分かるよ、そういうの。僕『4年生になったら異世界に招かれてロボットに乗って悪者と戦って、その世界を救うんだ』って割と本気で思ってたんだ」
「あ、そういうアニメあるよね」
「うん……でもなにも起こらないまま5年生になって。異世界なんてなかった、あったとしても僕は選ばれなかった……あの時は絶望したよ」
「分かるぅー‼」
さすがに広く理解はされないと分かっているので常磐にしか話してこなかったこの話に、六花は共感してくれた。やった、やはりリッカ同士、通じあうものがある。
小兎子からは生温かい視線を送られたが。
「それなら立花くん『異世界でロボットに乗るヒーローになりたい』って短冊に書かなかったの?」
「うん。まぁ似たような内容だけど……ほら、コレ」
咲也は笹から自分の短冊を探して手に取った。六花と、つられるように寄ってきた小兎子がその文面を覗きこむ。ちなみに常磐の短冊も傍にあった。
[人がロボットに乗って戦う時代が訪れますように。立花咲也]
[人がロボットに乗って戦う時代が訪れますように。岩永常磐]
「って岩永、アンタもかい!」
小兎子の小気味よいツッコミを引金に、4人は笑いあった。自分たちはこのまま2組の2人組から、1組の4人組になれる──そんな予感に、咲也は胸躍らせた。
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