ロボット島園での衝撃の一日が過ぎ、立花 咲也と岩永 常磐、名雪 六花と月影 小兎子の4人はこれまでの日常に戻った。
毎日4人で過ごす、夏休み。
その夜も、咲也はベッドに寝転がりながら携帯電話でSNSを開きグループチャットで今後の4人の予定について話していた。
六花
[次の勉強会、わたし欠席するね]
小兎子
[りょーかい]
咲也
[用事?]
六花
[うん。魔法少女アニメの劇場版、観にいくの]
常磐
[分かった。映画、家族と楽しんでくるといい]
六花
[ううん、1人で行くの]
……。
咲也
[家族が一緒じゃないなら、この4人で行かない?]
常磐
[そうだな。勉強会は後日にズラせばいい]
小兎子
[あー]
六花
[あのね]
六花
[人と一緒に観るつもりないの]
六花
[わたし、めんどくさいオタクだから]
六花
[感想を人と分かちあったりしない。意見が合わなくてケンカになったら嫌だし。『良い』も『悪い』もどんな意見も、わたしだけが思っていればいいの]
小兎子
[こーゆー子なのよ]
咲也
[そっか、分かったよ]
常磐
[好きなものには不寛容になる、俺にも覚えはある]
咲也
[名雪さんが自分のそういう面で周りを傷つけないよう配慮するの、立派だと思う。僕はそれが欠けたせいでソウマくんに殴られたし]
六花
[それはわたしたちのせい!]
小兎子
[よ!]
常磐
[それはもう済んだ話だ。とにかく名雪がそう言うなら俺たちに異存はない。だろう? リッカ、月影]
咲也
[もちろん!]
小兎子
[アタシは最初からそのつもり]
常磐
[そういうわけだ、気兼ねなく行ってこい]
六花
[うん! ありがとう、みんな。行ってきます]
咲也
[行ってらっしゃい]
小兎子
[いってら~]
かくして一緒に夏休みの宿題をするため4人で集まる予定だったのが3人になった。咲也は『そういう日もある』と気にもしなかったが……当日の朝。
常磐
[すまん、急用ができた]
と個人チャットに連絡が来て。昼過ぎ、いつもは家を出てすぐご近所の常磐と合流してから向かう集合場所へと、咲也は1人で歩くことになった。
今日の勉強場所は、小兎子の自室。
(これ……月影さんの部屋で月影さんと2人っきりってこと? なんか、いつのまにか重大イベントが発生してない⁉)
心の準備ができていない。
これが自分の意識しすぎで、勉強だけして終わるなら、いい。だが、そうでないパターンも想定しておかないといけない。
小兎子は自分を、好いてくれている。
六花も同じだが──恋愛対象として。
……多分‼
出会った頃は『2人の態度を自分に都合よく解釈してるだけ』『違ったら恥ずかしすぎる』と追求しないようにしていた。
だが最近ますます積極性を増した2人のアプローチを受けて、そんなことを言っている場合ではなくなったと理解している。
もし違っても自分が恥をかくだけ。
どうでもいいだろう、そんなこと。
違わなかった場合、2人にどう答えるか。考えるべきそのことから逃避する免罪符にはならない。だから考えてはいたが、まだ覚悟はできていなかった。
結果が出たら、もう4人で過ごすことはできなくなる可能性が高い。今までの人生の中で最高に輝いていた、この時間が終わってしまう。そんなの……
ミーンミンミンミンミー
ミーンミンミンミンミー
蝉の声が響きわたる空は、今日も快晴。灼熱の太陽に焼かれたアスファルトは石焼プレートのよう。というか、そのまんまだ。
ジリ、ジリ……
その上を歩くとか、全くどうかしている。
熱で光が屈折して、景色が歪んでいるし。
だがこの暑さでも、今の咲也は先を急ぐ気になれなかった……それでも。決して立ちどまりはしなかったので、やがて月影邸に到着した。
閑静な住宅街にたたずむ、豪邸というほどではない2階建ての一軒家のインターホンを、咲也は震える指で押した。
ピ
『はい』
ピーンポーン、と鳴るはずのチャイムが最初の〔ピ〕で切れてスピーカーから小兎子の声がして、咲也は口から心臓が飛びでるところだった。どうやら小兎子は親機の前で待っていたらしい。
「たっ、立花、です」
『はーい、ちょっと待ってて』
インターホンが切れて、家の中からパタパタと足音が近づいてきて──ガチャッ! 小兎子が扉を開いて出てくる。
「いらっしゃい」
咲也は目を奪われた。肩まであるセミショートの茶髪を少量、両耳の上で結ったツーサイドアップな髪型はいつもどおりだが、服は初めて見る。
上衣と下衣が一体になった〔ツナギ〕の一種の、両肩から紐で吊るす〔オーバーオール〕の下が短パンになったバージョン──〔ショートオール〕と言ったか。
青いデニム生地のショートオール。
活発な小兎子によく似合っている。
物凄く、かわいい。
だけに、留まらず。
四角い胸当てが体の前で肩紐に吊るされたトップスは、胸元も両脇も大きく開いていて、下にシャツを着てはいても小兎子の(小5にしては)大きい胸の膨らみを意識させられる。
ボトムスは丈が鼠径部ギリギリで、しなやかに伸びる小麦色の生足の全てが見えていて、素肌の隣──小兎子の股間の布の下に隠れた部分を意識させられる。
(月影さん、エロいって‼)
いや、エロいのは自分だ。小兎子は楽な格好をしているだけ。こっちが勝手に意識した、小兎子に意識させられているなんて、とんだ言いがかりだ。
「立花? なにボーッとしてんの」
「あっ、お邪魔します」
咲也は扉をくぐって月影邸に上がった。
靴を脱ぎ、小兎子に続いて廊下を歩く。
「熱中症?」
「ううん。その格好の月影さん、かわいいって見とれてた」
嘘はついてない、それも本当の話。
すると小兎子の、唇が震えだした。
「(全く。すーぐそういうこと言うんだから、この女ったらし。これで嬉しくなっちゃうんだから、アタシもチョロいわよね)」
「え?」
「なんでもないわよ。ばーか」
もしや重要なことを聞き逃した? 小声は耳をすまさないと聞こえない。スケベなこと考えていたとバレないかビクビクしていたせいで聞きとれなかった。
「そうだ、トキワは──」
「聞いてる。だから今日は2人ね」
「そ、そうだね」
「今日ウチの家族、遅くまで帰ってこないから。楽にして」
「えっ」
部屋で、どころではなかった。
家の中で、2人っきり。
決して邪魔は入らない。
なにか起こる、予感がさらに強まった。
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