その夜、ベッドに入って目を閉じた名雪 六花は彼の姿を目蓋に浮かべ、トクン、トクンと心臓が高鳴るのを、小さな胸の中心に手を当てて確かめていた。
【立花 咲也】
同じ小学校の、隣のクラスの同期生。朝、登校中にトラックにひかれかけた自分のことを救ってくれた命の恩人。
(運命的な出会いをしちゃった……)
正に白馬に乗った王子様だった。 六花は一目惚れした。あんな美少年に劇的に命を救われたのだから当然だ。
彼が渾名とはいえ自らと同じ【リッカ】と呼ばれていることを知り、なおさら運命を感じた。
だが六花はこれまで恋をしたことがなかったので、この気持ちが本当に恋なのか朝の時点では確信できなかった。
が──
〔願掛け自体がオカルトなのに願う内容は現実的じゃないといけない、なんて考えるのは馬鹿馬鹿しいって言ってんだよ‼〕
〔あのね! さっきはああ言ったけど魔法の存在を否定してるわけじゃなくて、それに無いことの証明はできないから無いとは言いきれないし、僕もあったらいいなと思ってるし!〕
──と。
七夕の短冊に『魔法少女になれますように』などと書いたせいでクラスの男子にからかわれていたところまで助けてくれた。
そしていつまでもそんな馬鹿みたいな夢を見ている自分を否定せず、尊重し、励ましてくれた。
親友の小兎子以外、両親を含めて周囲の人は皆、こんな自分を馬鹿にしてきて、自分でもそれを当然だと思うようになっていたのに。
心まで、救われた。
味方してくれるのは小兎子も同じだが、彼女とは〔人から理解されない苦しみを知る者同士〕傷を舐めあっている自覚があるので、救われたというのとは違う。
彼の言葉で、ずっと自分を縛りつづけていた呪いが解けたのを感じた。これでもう、誰になんと言われようと自分の道を歩んでゆける。
改めて彼への想いが胸を満たした。こんなにも好きで好きでたまらない気持ちが恋じゃないなんて、ありえない。
それで確信した。
これが初恋だと。
我ながら調子がいいと思う。同じクラスになったことはないが噂で知ってはいた彼を、今日まで意識したことなんてないのに。
そう、彼──立花 咲也と、今日も彼と一緒にいた彼の友人の岩永 常磐は、5年女子のあいだでは有名な凸凹コンビだった。
(なんて言われてたっけ。確か……)
《立花 咲也は、小さな体に花のように可憐な顔で、脳みそも花畑な残念美少年》
《岩永 常磐は、大きな体に岩のように厳つい顔で、脳みそも石頭な堅物優等生》
《対になる両極端なモテ要素と非モテ要素を備えていて、それらが打ち消しあって総合では平均点の、普通の非モテ男子になっている残念コンビ》
女子が男子に求めるステータス。
その最たるは顔面偏差値と身長。
咲也も常磐もあんなロボット好きとは噂では流れてこなかったので、いかに皆がその2つにしか興味がないか分かる。
顔面偏差値か身長、どちらかだけでも高ければそこそこモテるが、それはもう一方が平均的だった場合だ。2人の場合は一方が高くてももう一方が低すぎるため、相殺してしまっている。
つまり──
咲也はどんなに顔が良くても背が低すぎるため、恋愛対象にはならない。
常磐はどんなに背が高くても顔が悪すぎるため、恋愛対象にはならない。
それで『立花の頭が岩永の首から上に乗ってればモテるのに』とか言われている。
六花も異論はない。
背は顔ほど重視しない自分は咲也が小さくても恋に落ちたが、助けてくれたのが常磐だったら惚れなかっただろう。
(ごめんね、岩永くん……!)
話した感じ、咲也の親友だけあっていい人とは思ったが、やはり中身だけでなく外身も大事だ。自分がゴリラに恋することは天地が引っくりかえってもないだろう。
人の本音なんてこんなものだ。自分は天使でも聖女でもない。ただ自分とて咲也の顔だけ見て好きになったのではない。ちゃんと中身を知って好きになった。
好きになった。
とにもかくにも咲也のことを好きになったのだ、彼の顔の悪い友人に罪悪感を抱いてもしょうがない、彼のことだけ考えよう。
これからの、彼との恋を。
彼の女子からの低評価は六花には好都合だった。モテないということは競争率が低いということだから……だが、一番なってほしくない子が競争相手になってしまった。
《ごめん、君に見とれてて聞こえてなかった》
《え? 月影さん、名雪さんと同じくらい美人だし、なにも変じゃないでしょ。それに友達を想って泣けるのって素敵だよ。だから、すごく綺麗だなって──》
《すごいね、月影さんは。自分の願いを叶えるために、もう行動してるなんて。目標に至るための道筋をしっかり見定めて……それは恥じるようなことじゃない、素晴らしいことだと思うよ》
《立派じゃなくても、いいと思うよ》
《動機とか、どうでもよくない? どんな理由でも、それが世のためになることに変わりはないんだし》
《逆に、世のためになることしようって人の動機にケチつけて、それで辞められたりしたら、人類の損失になるじゃない。むしろ害悪なのはそっちでしょ》
《知ってる。だから気になるのも分かるけど。そんな奴らより月影さんのほうが絶対に偉いんだから、虫ケラの意見なんかに耳を傾けないで》
──と。
今日、自分が彼と過ごした時間には常に一緒にいた小兎子も、彼からの殺し文句を聞かされる度にどんどん彼に魅かれていくのが目に見えた。
《だから、立花…………ありがとう》
小兎子のその言葉を聞いた時『あ、落ちた』と思った。その前からずっと兆候はあったけど、あれが決定打だった。親友が恋に落ちる瞬間を目撃してしまった。
六花は少し後悔していた。小兎子が宇宙飛行士を目指してがんばっている凄い子だと咲也にアピールしたことを。
あの時は純粋に小兎子の親友として彼女の良さを知ってほしいと願ったのだが、そこからの会話が小兎子の恋心を決定づけてしまったから。後悔していることに、自己嫌悪になるが。
(三角関係かぁ)
恋愛物の漫画やドラマで、そういう展開はたくさん見てきた。絶対ロクなことにならない。まさか自分が当事者になるとは。
小兎子、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染。こんな、いくつになっても魔法をあきらめられない夢見がちな自分を馬鹿にせず守ってくれる、たった1人の親友。
「うん、蹴落とそう」
六花は覚悟を決めた。親友を泣かせるのはつらいが、だから譲るというのも失礼だ。正々堂々、戦って負けたなら小兎子もきっと、こちらの幸せを祝福してくれる。自分なら無理だけど。
咲也は自分の運命の人だ!
誰にも譲るつもりはない‼
¶
その夜、ベッドに入って目を閉じた月影 小兎子は彼の姿を心に浮かべ、トクン、トクンと心臓が高鳴るのを、大きな胸の谷間に手を当てて確かめていた。
【立花 咲也】
同じ小学校の、隣のクラスの同期生。朝、登校中にトラックにひかれかけた親友の六花を救ってくれた恩人。
(運命的な出会いを目撃しちゃった……)
正に白馬に乗った王子様だった。六花は一目惚れしたようだ。あんな美少年に劇的に命を救われたのだから当然か。
彼が渾名とはいえ自らと同じ【リッカ】と呼ばれていることを知り、なおさら運命を感じた様子だった。
六花と一緒にひかれかけたが自力で助かった自分は、咲也と六花の出会いの瞬間に居合わせただけの端役に過ぎない。
なのに──
《ごめん、君に見とれてて聞こえてなかった》
《え? 月影さん、名雪さんと同じくらい美人だし、なにも変じゃないでしょ。それに友達を想って泣けるのって素敵だよ。だから、すごく綺麗だなって──》
──なんて言われて。
ときめいてしまった。まさか自分まで彼に恋したのか。そんなはずない。彼は自分の運命の人なんかじゃない。だって彼の運命の人は、六花のはずだから。
いい男に褒められれば誰だって気分がいい。でも、それだけ。そこから恋に発展する人もいるだろうが、しない人もいる。自分は後者に決まっている。
そう、思おうとしたのに──
《すごいね、月影さんは。自分の願いを叶えるために、もう行動してるなんて。目標に至るための道筋をしっかり見定めて……それは恥じるようなことじゃない、素晴らしいことだと思うよ》
《立派じゃなくても、いいと思うよ》
《動機とか、どうでもよくない? どんな理由でも、それが世のためになることに変わりはないんだし》
《逆に、世のためになることしようって人の動機にケチつけて、それで辞められたりしたら、人類の損失になるじゃない。むしろ害悪なのはそっちでしょ》
《知ってる。だから気になるのも分かるけど。そんな奴らより月影さんのほうが絶対に偉いんだから、虫ケラの意見なんかに耳を傾けないで》
──と。
いつまでも『宇宙飛行士になって月に行けますように』なんて馬鹿みたいな夢を見ている自分を否定せず、尊重し、励ましてくれた。
親友の六花以外、両親を含めて周囲の人は皆、こんな自分を馬鹿にしてきて、自分でもそれを当然だと思うようになっていたのに。
心を、救われた。
味方してくれるのは六花も同じだが、彼女とは〔人から理解されない苦しみを知る者同士〕傷を舐めあっている自覚があるので、救われたというのとは違う。
彼の言葉で、ずっと自分を縛りつづけていた呪いが解けたのを感じた。これでもう、誰になんと言われようと自分の道を歩んでゆける。
改めて彼への想いが胸を満たした。こんなにも好きで好きでたまらない気持ちが恋じゃないなんて、ありえない。
それで観念した。
これは初恋だと。
我ながら調子がいいと思う。同じクラスになったことはないが噂で知ってはいた彼を、今日まで意識したことなんてないのに。
そう、彼──立花 咲也と、今日も彼と一緒にいた彼の友人の岩永 常磐は、5年女子のあいだでは有名な凸凹コンビだった。
(なんて言われてたかな。確か……)
《立花 咲也は、小さな体に花のように可憐な顔で、脳みそも花畑な残念美少年》
《岩永 常磐は、大きな体に岩のように厳つい顔で、脳みそも石頭な堅物優等生》
《対になる両極端なモテ要素と非モテ要素を備えていて、それらが打ち消しあって総合では平均点の、普通の非モテ男子になっている残念コンビ》
女子が男子に求めるステータス。
その最たるは顔面偏差値と身長。
咲也も常磐もあんなロボット好きとは噂では流れてこなかったので、いかに皆がその2つにしか興味がないか分かる。
顔面偏差値か身長、どちらかだけでも高ければそこそこモテるが、それはもう一方が平均的だった場合だ。2人の場合は一方が高くてももう一方が低すぎるため、相殺してしまっている。
つまり──
咲也はどんなに顔が良くても背が低すぎるため、恋愛対象にはならない。
常磐はどんなに背が高くても顔が悪すぎるため、恋愛対象にはならない。
それで『立花の頭が岩永の首から上に乗ってればモテるのに』とか言われている。
小兎子も異論はない。
背は顔ほど重視しない自分は咲也が小さくても恋に落ちたが、今日の咲也の言動をしたのが常磐だったら惚れなかっただろう。
(ごめん、岩永……!)
話した感じ、咲也の親友だけあっていい奴とは思ったが、やはり中身だけでなく外身も大事だ。自分がゴリラに恋することは天地が引っくりかえってもないだろう。
人の本音なんてこんなものだ。自分は天使でも聖女でもない。ただ自分とて咲也の顔だけ見て好きになったのではない。ちゃんと中身を知って好きになった。
好きになった。
とにもかくにも咲也のことを好きになったのだ、彼の顔の悪い友人に罪悪感を抱いてもしょうがない、彼のことだけ考えよう。
これからの、彼への恋を。
前途多難だ。親友と同じ人を好きになってしまった。しかも、2人はまだ付きあっているわけではないが、あんな運命的な出会いを見せられて、気分はすでに横恋慕している。
(三角関係かー)
恋愛物の漫画やドラマで、そういう展開はたくさん見てきた。絶対ロクなことにならない。まさか自分が当事者になるとは。
六花、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染。こんな、身のほど知らずに宇宙飛行士を目指す夢見がちな自分を馬鹿にせず応援してくれる、たった1人の親友。
「よし、蹴落とそう」
小兎子は覚悟を決めた。親友を泣かせるのはつらいが、だから譲るというのも失礼だ。正々堂々、戦って負けたなら六花もきっと、こちらの幸せを祝福してくれる。自分なら無理だけど。
咲也は六花の運命の人だ?
自分は運命論者じゃない‼
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かくして1人の男を奪いあう親友同士の戦いが、幕を開けた。
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