異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

72話 ケーキ……? -1-

公開日時: 2020年12月8日(火) 20:01
文字数:2,883

 エステラがいる。

 もとい。

 不審者がいる。

 

 朝。教会への寄付を終え、適当に準備をして、中央広場へと向かう。そして、集合時間よりも少し早めに広場へと到着した。いや、正確にはまだ到着はしていない。中央広場入口で、俺は立ち止まってしまった。

 

 不審者がいる。

 

 まだ開店準備をしている露天商の大荷物の陰に隠れ、こちらを窺っている怪しい女がいるのだ。

 ……何やってんだ、あいつは。アレでバレてないつもりなのか。つか、露天商のお姉ちゃんが苦笑いしてるぞ。邪魔みたいだからどいてやれよ。

 

 いやしかし、隠れているのであるから、何かしらしたいことがあるのだろう。

 それを、空気も読まずに「バレてるぞ」と言ってしまうのはいかがなものか。

 何より、今日はエステラの奢りでケーキを食べるわけで……機嫌を損ねるのは避けたい。

 ならば、乗っかってやるのが得策か。

 

「あれー、エステラのヤツ、まだ来てないのかー」

 

 さり気ないセリフと共に、広場へと足を踏み入れる。

 エステラの隠れている露天との距離、10メートル。まぁ、聞こえていただろう。あ、嬉しそうな顔してる。「よしよし。バレてないバレてない」とか思ってんだろうな。

 

 気付かないフリをしたまま、俺は中央広場のど真ん中、ちょうどベッコが英雄像とかいう俺の蝋像を設置していた場所に立つ。…………なんか、「まさかのご本人さん登場」みたいな気分だな。

 

 俺がそんなことを思っていた時、朝の鐘が高らかに鳴り響いた。

 八時だ。露天が開き、街が動き出す時間だ。

 農家などはもうひとつ前の目覚めの鐘と同時に働き始めているけどな。

 ジネットも毎朝そのくらいには起きて仕込みを行っている。

 手伝おうとした時期もあったが、寝ぼけた俺では足手まといにしかならず、結局朝の仕込みはジネット任せになっている。マグダも、朝は弱い。俺より弱いかもしれない。

 

「ヤシロ~!」

 

 朝の鐘が鳴り止んでから五分程が経過した頃、エステラが手を振りながら小走りでこちらに向かってくる。

 ……さっきいた場所から、ぐるっと回って広場を出て、そしてさも今到着したかのような素振りで戻ってきたエステラ。その一部始終を、俺は見ていた。

 だが、今日はエステラの機嫌を損ねるのは避けると決めたのだ。こいつは接待だ。

 俺はしっかりと、エステラの小細工に乗ってやる。

 

「よぅ、エステラ」

「ごめ~ん。待ったかい?」

「いや、俺も今来たところだ」

「……ぅっし!」

 

 なんか、小さくガッツポーズしてんですけど……

 え、こういう定番って、異世界にもあるの? 人間の考えることなんて、結局同じなんだねぇ。

 

「ね、ねぇ。どう……かな?」

 

 そう言って、エステラはスカートの裾をちょいと摘まんで見せる。

 ドレスではないスカートは初めて見るかもしれない。

 

「似合うな。可愛いぞ」

「かわっ!? ……ちょ、ちょっと待ってね!」

 

 ぐゎばっ! と、半回転し、エステラがごそごそと肩にかけたバッグを漁る。

 何か、資料の束のようなものをめくっている。……分厚い資料だな。

 

「……おかしい。『可愛い』なんて反応載ってないよ……『彼の回答が、まぁ、いいんじゃね? だった時は、可愛らしく拗ねましょう。全然似合わねぇ、だった場合はショックを受けた様をはっきりと見せることが重要です。そうすることで、デート中彼は罪悪感からあなたに優しく接してくれるでしょう』…………褒められた場合は? どこだ!? どこに…………」

「なぁ……」

「ぅひゃい!?」

 

 声をかけると、エステラは分厚い資料を背中に隠し、慌ててこちらに向き直る。

 エステラが背中に隠した資料の表紙がチラッとだけ見えた。

 

『初めてのデート・完全マニュアル~これであなたもモテ女~』

 

 って、書いてあった。

 ……そういうの、どこの世界でもそうなんだけどさ、当てにしない方がいいぞ。

 

「そろそろ、行かないか?」

「そ、そうだね! さっさと行ってちゃっちゃと片付けてしまおう! 別にこれは、デートってわけじゃないんだからね!」

 

 いや、思いっきりデートのつもりで来てんじゃねぇか。

 

「いや、折角だからデートでいいんじゃないか?」

「ヤシロのスケベっ!」

「なんでだ!?」

 

 まったく、意識し過ぎなんだよ。

 デートくらい、普通にするっつうの。

 もっと軽い気持ちでやればいいんだよ。ただケーキ食いに行くだけなんだから。

 

「デ、デートなら……花束くらい用意してくれたってよかったんじゃないのかい? ボクは、初めてのデートなのにさ」

 

 そんな、バブル絶頂期みたいな真似できるかよ。

 ホテルの最上階のラウンジで夜景を見ながら「この夜景は君のものだよ」とか、そういうデートならお断りだぞ。

 だいたい、デート前に花束なんか渡したら荷物になるだけじゃねぇか。

 

「花束はないが……コレをやろう」

「あっ!? こ、これって!?」

 

 花束の代わりに、俺は昨晩仕上げたシイタケの髪留めをエステラに手渡す。

 

「裸で悪いけどな。プレゼントだ」

「ううん! いい! 全然いいよ! 嬉しい! ありがとう!」

 

 メチャクチャ喜んでる。

 シイタケだぞ?

 精一杯可愛くはしてみたけれど、シイタケだからな? そんな喜ぶほどのものか?

 

「世界に一つしかない……ヤシロが作ってくれた髪留め………………」

 

 両手で持ち、頭上に掲げてシイタケの髪留めをじっくりと眺めている。……神にでも捧げるつもりか?

 

「……可愛いなぁ」

 

 予想では、もっとこう、にへらっと笑ったりするのかと思ったのだが、エステラは至って落ち着き、静かに笑みを湛えていた。

 なんだからしくないなと思っていたら、不意にエステラがこちらを向いた。

 

「ねぇ、つけてくれないかな?」

 

 そう言って、俺にシイタケを差し出す。

 つけるったって……パッチン留めなんだから自分でも出来るだろうに。

 言われるままにシイタケを受け取り、全体のバランスを見ていい感じのところにシイタケをつける。

 パチンと、留め具の音が鳴り、エステラの頭にシイタケがくっついた。大きなシイタケに小さなシイタケが寄り添う可愛らしい髪留め。

 

 指で触れ、きちんとそこにくっついていることを確認すると、エステラは嬉しそうに破顔し、そして――

 

「ありがとう、ヤシロ。大切にするね」

 

 ――目も眩むような眩しい微笑みを向けてきた。

 

 こいつ……こんなに可愛かったっけ?

 え、まさか、シイタケパワー!?

 シイタケって、体にいいだけじゃなくてそんな作用もあるのか!?

 

「あ……ま、まぁ…………喜んでもらえたようで、何よりだ」

 

 くそっ、直視できないだと?

 頭にシイタケをくっつけたエステラだぞ? 言葉だけで聞けば指さして笑えそうなシチュエーションなのに……可愛いだと?

 なんか納得できない。認めたくない。

 

「じゃあ、さっさと行くぞ! デートじゃないんだからな!」

「えっ!? さっき、デートだって言ったじゃないか!」

「うっさい! 下見だ! 仕事だ仕事!」

「デートだよ! 誰がなんと言おうと、これはデートなの! ボクがそう決めたから! もう変更は無理だからね!」

 

 あぁ、うるさい!

 若い男女がみだりにデートなんてしてんじゃねぇよ!

 何がデートだ。ただ一緒に遠出してケーキ食うだけじゃねぇか!

 遠足だ、こんなもんは!

 

 だいたい…………緊張して、ケーキの味が分かんなくなったらどうすんだっての。

 

 

 

 

 

 

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