てんとうむしは、お花につく悪い虫をやっつけるいい虫だ。
てんとうむしは、困っているお花を元気にしてくれる優しい虫よ。
お父さんとお母さんにそう教わって、みりぃは大きくなってきた。
みりぃはナナホシテントウ人族。
お花だけじゃなくて、誰かにとってのてんとうむしになれればいいなって、いつも思ってる。
けど、そううまくはいかないんだけど……
その日、陽だまり亭に、知らない男の人がいた。
「ミリィさん。大丈夫ですよ。ヤシロさんはとても優しい方ですので、怖くないですよ」
「…………ぅ、ぅん」
じねっとさんに紹介されたその人は、やしろ、さん。……ぁう。名前で呼ぶの、恥ずかしい……
じねっとさんが言うように、きっと優しい人なんだと、思う。
みりぃにも、いろいろ気を遣ってくれていたし。
いっぱい話しかけてくれたり、お花摘みに行くことを許してくれたり、それから……
みりぃのこと、頼ってくれたり。
「ふふ……、みりぃ、お姉さん」
じねっとさんのことをお願いされて、みりぃはちょっと嬉しかったょ。
ぅん。森には危険がいっぱいだから、みりぃがしっかりとじねっとさんを守ってあげなきゃ。
じねっとさんにいいところを見せようって、その日のみりぃはいつもより頑張ってお花を摘んじゃった。
荷車がお花でいっぱいになって、じねっとさんと楽しいお話をしながら陽だまり亭に向かって歩き始める。
すると、また……恥ずかしくなってきた。
ぁうぅ……みりぃ、ちょっと、馴れ馴れしかった、かな?
やしr……ぁう……あ、ぁの人に、「まかせて」なんて言っちゃって……怒った、かな?
ちゃんと、「まかせてください」って言わなきゃ、ダメ、だった?
それとも、「まかせて」なんて、みりぃが言うの、図々しかった?
みりぃ、いっつもじねっとさんに守られているし……職場でも、大きいお姉さんたちに守られてばっかりだし……
「はぅ……」
「どうかされましたか、ミリィさん?」
じねっとさんが、みりぃの顔をのぞきこんでくる。
優しいまなざしに見つめられて、ちょっと泣きそうになる。
「みりぃ……えらそうなこと、言っちゃった、かな?」
「ヤシロさんに、ですか?」
「……ぅん」
「そんなことないですよ」
にっこりと笑って、じねっとさんはみりぃの不安を取り払おうとしてくれる。
「むしろ、もっと仲良く話してほしいなぁって、ヤシロさんも思ってますよ。きっと」
「そぅ、かな……」
みりぃと話しても、男の人はきっと、楽しくないと思う。
ミリィ、上手にお話とか、できない、し……
それに、獣特徴もほとんどなくて、幼馴染の子たちに比べると、地味……だし。
「……みりぃ、地味って、思われた、かな?」
「ヤシロさんはそんなこと思われませんよ」
「レッサーパンダ人族って、言われた……」
「それくらい可愛いということだと思いますよ」
じねっとさんは、こんなみりぃに、いつも優しくしてくれる。
「どうして?」って聞いたら、「可愛いからですよ」って言ってくれた。
じねっとさんの方が、もっと可愛いと思う。
背もみりぃより大きいし、すごく女性らしいプロポーションしてるし、お料理は上手だし、優しいし、可愛いし……
みりぃなんて、ぜんぜん可愛くない、ょ……
心が重たくなって、足を前に出すのが大変になったころ、陽だまり亭にたどり着いた。
……会いたく、なぃ……な。でも、何も言わずに帰ったら、きっと感じ悪い、ょね?
ぁいさつだけ……あいさつだけして、すぐ帰ろう……
「ただいま戻りました」
「ぁ………………ぅん」
……ぁいさつ、ちゃんと出来なかった。……はぅ。
「お店番、ありがとうございました。お客さんは来ましたか?」
「エステラが書類を持ってきただけだ…………って、あいつ、その書類持って帰りやがったな」
そんな会話を、じねっとさんがしてる。
そっか。じねっとさん、もう更新の時期なんだ。
みりぃはもう済んでるから、今みりぃは……
「ミリィはいくつだ?」
はぅっ!?
し、質問、されちゃった。
「ぁ……」
答えなきゃ。
みりぃは今年で十四歳で、来年には成人して、今よりもっと大人っぽくなって、じねっとさんみたいに素敵な女性になりたいって、説明しなきゃ。
……ぁう、そこまで、説明求められて、なぃ、ょね。
ぇっと、まず、落ち着いて、聞かれてることに答えて、それから……ぁう、すごくこっち見てる……あんまり、見ないで……
「……じゅ……ぅ……ょん」
緊張して、言葉が出てこなかった。
「十四!? それで!?」とか、言われたらどうしよう?
「十四歳ならもっとしっかりしろよ!」とか言われたら、みりぃ、泣いちゃう、かも……
「十四か。マグダより年上なんだな」
そう言って、にこって笑った。みりぃのこと、バカにするような素振りはなかった。
ょかった。じねっとさんの言う通り、やっぱり優しい人なんだ。
「そうですね。ミリィさんはこう見えて、大人の女性なんですよ」
「はっはっはっ、それはない」
「はぅ………………ひどぃ」
折角じねっとさんがみりぃのこと、大人って言ってくれたのに……確かに、ちょっと子供っぽいかもって、みりぃ自身も思ってるけど……
「ミリィさんは、お花を摘む天才なんですよ」
じねっとさんがみりぃのこと褒めてくれて、そしたらお花を「見たい」って言ってくれて、だから、外の荷車を一緒に見に行ったの。
荷車いっぱいのお花を見て、すごく驚いていた。
じねっとさんと二人、顔を見合わせてにっこりと微笑みを交わす。
ぇへへ。二人で頑張ったもんね。
「大量だな」
「はい。ミリィさん、とても仕事が早いんですよ。ここにあるお花はほとんどミリィさんが摘んでこられたんです」
「今度一回、仕事ぶりを見せてもらいたいもんだな」
「ふぃっ!?」
そ、それは、ぁの、ちょっと……困る、かも。
だって、森に行くわけだし、人気のないところで男の人と一緒にいるのは緊張するし……お仕事しているところを見られるのは、恥ずかしいし……
けど、イヤだって言ったら、傷付けちゃう、かも?
でも、でも……
どうしていいか分からなくて、みりぃがわたわた手を振っていると、「んじゃあ、俺とももっと仲良くなってもらわなきゃな」って言って、みりぃの手に何かをのせた。
一瞬びっくりして、何がのせられたのかを確認したら――
「……わぁ!」
それは、とっても可愛らしいてんとうむしだった。
それも、みりぃとお揃いのナナホシテントウ。
とっても可愛い。
すごく可愛い。
本当に、可愛いなぁ……
「わぁ、可愛いですね、これ」
じねっとさんがそう言って、みりぃの手の中のてんとうむしをのぞきこんでくる。
ね? だよね?
とっても可愛いよね。みりぃもそう思ってたところ。
これ、くれる、の?
本当に、ぃい、の?
ぁっ、お礼。お礼言わなきゃ!
「ぁ………………ありが、とうっ!」
声が詰まったけど、一所懸命お礼を伝えると、優しく微笑んでくれた。
男の人だけど、怖くない。
この人は、とってもいい人。
みりぃは、そう思ったの。
「つけてやろうか?」
「ぁ…………うん!」
怖くないって思ったら、全部の言葉が、全部の動きが、全部の表情が優しそうに見えてきた。
じねっとさんと一緒。
とってもいい人。
……って、思ってたら、大きな髪留めを前髪につけられた。
「にゃふっ!? …………み、見ぇなぃ…………見えないよぅ……」
もぅ……イジワルだ。
でも、子供みたいに笑う顔には悪意はなくて、……しょうがないなぁって、許せちゃった。
今の、結構お姉さんな気持ちで、だょ?
いたずらっ子な幼馴染に感じていたのと同じくらいの、寛大な心で、だからね?
それから、今度はちゃんとした場所につけ直してくれた。
見てみたいけれど、自分では見えない。
頭を動かすと、ゆさゆさって、髪の毛が揺れる。みりぃの頭の上に、てんとうむしがいる。
「よく似合っていますよ、ミリィさん。とっても可愛いです」
「ぁは…………うんっ」
じねっとさんに褒められて、みりぃはとっても満たされた気持ちになった。
生きていくのって、怖かったり、悲しかったり、寂しかったりすることが多いけれど、なんだかみりぃはちょっとだけ強くなれる気がした。
てんとうむしがそばにいてくれるから?
それとも……
みりぃを見つめて、満足そうに微笑む男の人を見上げる。
や、やし…………ぁう。やっぱり、名前で呼ぶのは、ちょっと恥ずかしい。
でも、ちゃんとお礼は言いたい。
だから。
だから、みりぃは――
「ぁ…………ありがとう。てんとうむしさん!」
そう言った。
口にした途端、ふわって、心が軽くなった。
なんだか強くなれた気がした。
人見知りで、怖がりで、男の人とはまともに口も利けないみりぃだけど、今、この瞬間にね、ほんのちょっとだけ、強くなれた気がしたんだょ。
弱虫、泣き虫、いじけ虫。
みりぃの中の悪い虫を、やっつけてくれた気がしたの。
寂しがり屋で、引っ込み思案で、臆病者な困ったみりぃを元気にしてくれたの。
だから、なんだか、や、やし…………ろ……さん、は、みりぃにとっての、てんとうむしみたいだなって、思ったの。
だから、てんとうむしさん。
みりぃを元気にしてくれる、優しい優しいてんとうむしさん。
「てんとうむしさん…………優しい人」
みりぃを頼ってくれた、てんとうむしさん。
みりぃに素敵な髪留めをくれた、てんとうむしさん。
みりぃと、仲良くなろうってしてくれた、てんとうむしさん。
みりぃ、お友達になれるまですごく時間がかかる娘なのに……てんとうむしさん、すごい。
「今度、お花……一緒に摘みに、行きますか?」
もう、こんな約束までできるようになっちゃったょ。
すごいね、てんとうむしさん。
……みりぃも、もっと頑張んなきゃ、ね。
いつも助けられてばっかり。
じねっとさんや、生花ギルドの大きいお姉さんたちに守られてばっかり。
みんな優しいから怒ったりしないけれど、みりぃは、誰かを守れる人になりたいと思ってるんだょ。本当だょ?
だから、今日から、今から頑張るね。
「ばいばーい!」
また会いたい。
またすぐに会いに来る。
そんな思いを込めて、今までにないくらい大きな声であいさつをした。
たったそれだけのことなのに、見える景色の色が違って見えた。
なんだか、みりぃ、自分のことをちょっと好きになれそうな気がした。
荷車を曳いて歩くと、髪の毛に留まったてんとうむしが揺れる。
「ふふ……可愛いなぁ」
このてんとうむしがそばにいてくれるなら、みりぃはきっと強くなれる。
そう、思えたんだ。
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