四十区の大通りから脇に逸れた、落ち着いた雰囲気の小洒落た小路にその店はあった。
紅茶とケーキが売りの店で、朝のこの時間は比較的空いていた。
……ここにもコーヒーは置いていないのか。ないのかなぁ、コーヒー。
席に案内される。
店員がエステラの座る椅子を軽く引きエスコートする。俺の方はなしだ。……けっ。
「ヤシロ。ケーキと紅茶でいいかい?」
「ケーキにはどんな種類があるんだ?」
「種類?」
「いや、ほら。いくつかあって、その中から選ぶ、みたいな」
「ケーキはケーキだよ。種類なんてないよ」
マジか……
一種類のみ?
ケーキはいろんな種類があって、「どれを食べようかなぁ」って悩むのが楽しいんじゃないか!
それなのに……一種類のみ!?
ちょっと神経を疑うね。
「じゃあ、ケーキセットで」
「セットなんてないよ」
「セットにしとけよ! だいたいケーキ食う時はなんか飲むんだから!」
「ボクに言わないでよ!」
なんて行き届かないサービスなんだ。陽だまり亭を見習えってんだ。
「じゃあ、お前と同じものでいい」
「は、半分こするのかい!?」
「いや、一個ずつ頼んでくれ」
「……だよねぇ」
エステラが立ち上がり、店員に注文を伝えに行く。
……なんで客が言いに行くんだよ。お前が来いよ、店員!
「言ってきたよ。……どうかしたの?」
「三流だなぁっと思ってな」
「ちょっ!? 聞こえたら追い出されるよ。すごく人気のお店で、昼過ぎにはもう入れなくなっちゃうくらいなんだから」
それで客より優位に立っているのだとすれば、最悪だ。最悪を通り越して凶悪だ。
これで、少しでもケーキに不満があったら「これは本物のケーキじゃない」とか言い出して、グルメ漫画よろしく難癖つけまくるぞ、コノヤロウ。
「まさか、出来たものも取りに行くんじゃないだろうな?」
「そこは、ちゃんと持ってきてくれるよ」
と、そんなエステラの言葉通り、ケーキと紅茶を店員が持ってくる。
……男かよ。それだけでマイナスだ。あ、そうか。ケーキメインだから客層が女なんだな。じゃあ仕方ないか。
「…………」
カチャカチャと、食器が立てる音が響く。
…………なんかしゃべれよっ!
「お待たせしました」とか!
「ケーキです」「紅茶です」って!
「ごゆっくりどうぞ」くらい言えねぇのか、ここの店員はよぉ!
「……陽だまり亭だったらクビにしているレベルだ…………」
「四十区の高級店の店員なんだけど……」
なんだよ?
こんな店如きが陽だまり亭より格上だってのか?
ざけんなよ。
格なんてもんは、その名声に胡坐をかいた途端一気に失墜するもんなんだよ。
で、無言で差し出され、なんの説明もされなかったケーキと紅茶に視線を落とす。
………………え?
「……なにこれ?」
「これが、ケーキだよ」
若干誇らしげに、エステラが胸を張る。
……え? いや、冗談だろ?
…………黒い。
そして…………何も載っていない。
フルーツも、クリームも、なんにも載っていない、黒いスポンジケーキが皿の上に横たわっている。盛りつけも落第点だ。
「さぁ、食べてごらん。美味しいから」
「お、おぅ……」
にこにことケーキ(自称)を俺に勧めてくるエステラ。
そうだ。こいつは今初デートのつもりなんだ。遠出して、高級なお店でケーキを食べる。
それは、前日から楽しみにするに値する特別な行為なのだろう。
……それを台無しにはしたくない。だが…………
俺は、見るからにパッサパサのスポンジをフォークで小さく切ってから口へと運んだ。
………………パンだ、これ。黒糖パン。給食で食べた記憶がある、懐かしい味だ。
だが、ケーキではない。
「どうだい? 美味しいだろ!?」
うん。まぁ……マズくは、ない、かな。ただ……パンだな。
思い出してほしい。
すごくすごく幼い頃、祖母に「ゼリーをあげる」と言われ、大喜びした後に出てきたのがアメ玉みたいな包装をされた寒天を固めたようなゼリーだった時のあの「これじゃない」感。
「ケーキ食べる」と言われ喜んだ後に出てきたのが、パウンドケーキだった時の「これじゃない」感。
あの時のような、悪くないんだけど、美味いんだけど、求めてたのと違うんだと叫びたくなるような、なんともモヤモヤしたものを感じてしまうのだ。
「ヤシロ……もしかして、口に合わない?」
エステラが、少し寂しそうな表情を見せる。
楽しみにしていたのに相手がつまらなそうにしてれば、そんな顔にもなるわな…………悪いなぁ。
「いや、美味い。黒糖を練り込んであるんだな」
「そうだよ。あと、このふわふわの生地が若い女性に受けているんだ」
こっちのパンは硬いからなぁ。
だが、レジーナがベーキングパウダーを作っているから、四十二区ならもっとふわふわに焼き上げることが出来る。
「こいつは、なんで『パン』に含まれないんだ?」
ケーキのスポンジは、小麦を材料とし、オーブンで焼いている。
ならば、この街では『パン』と見做され、教会の許可なくしては作れないはずなのだ。
「先代の王妃様が大のケーキ好きでね。ケーキだけは、事前に登録して許可証があれば焼くことが出来るんだよ」
「じゃあ、ケーキということにしてパンを焼いたらどうなるんだ?」
「『精霊の審判』」
「……微妙に規制できてねぇと思うぞ、それ」
王族のわがままには教会もお手上げってことか?
ん……そうか。その許可ってのがミソなんだな。
「その許可は、領主からじゃなく、教会からもらうもんなんだな?」
「よく分かったね」
「主食のパンを独占することで一定の利益を上げている教会が、パンの価値を脅かすかもしれないケーキの流通を許可するとなれば、相応の対価を得ていると考えるのが自然だ」
「小麦粉の使用量によって、相応の税金がかかるんだ」
「売れれば売れるほど多く税が課せられるわけか」
「そうなるね。けど、そこまで法外な額ではないよ」
「例えば、陽だまり亭でケーキを売る場合、パスタに使う小麦粉はカウントされないんだよな?」
「もちろん、ケーキに使用した小麦粉の量によって税がかけられるんだよ」
「量りに来るのか?」
「量りはしないよ。申告制さ。けれど、虚偽の申告は直ちに『精霊の審判』によって罰せられる」
「……『精霊の審判』に頼り過ぎなんじゃないのか?」
『精霊の審判』は、どんな過去のものでも裁ける代わりに、裁く範囲が意外と狭かったりする。
例えば、俺がエステラに「今日、財布忘れたから飯奢って」と嘘を吐いたとする。その後、「今、よその女見てたでしょ!?」「見てねぇよ!」「『精霊の審判』!」……みたいな展開があったとする。
この場合エステラは、俺が発した『よその女を見ていない』という発言に対し『精霊の審判』を発動させているため、俺が実際よその女を見ていなければカエルになることはない。
その前に財布を忘れたと嘘を吐いていようとも、そこを指摘されなければ、俺がカエルになることはないのだ。
『精霊の審判』は、意外と穴が多い。
俺がこの街に半年以上住んで学んだことだ。
話を戻すが、小麦の使用量に関し、毎朝教会の人間が「虚偽はないか」と『精霊の審判』を発動させることで、正確に税を徴収することが可能になるのだ。
ケーキを取り扱う者は、毎月教会の人間に『精霊の審判』をかけられるらしい。
一応、厳重に管理しているつもりなのだろう、それで。
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