ホールに出ると、右筋肉が大きな身振りで手招きしていた。
左筋肉は俺を睨み殺そうとばかりに鋭い視線をぶつけてくる。
「はいは~い、ただいま~!」
ぽや~んとした口調で言い、俺はふわふわとした足取りで接客に向かう。
こういうタイプの店員を見るとこの筋肉どもはこう思うだろう。「あ、こいつには絶対バレないぞ。ふっふっふっ、チョロいな」と。
「ご注文はなんですかねぇ?」
「ハンバーグだ。十秒で持ってこい」
「じゅ~びょう~? え~~~………………………………っと」
たっぷり十秒ほど考え込んだ後、俺は可愛らしい笑顔を右筋肉に向ける。
「はい、大至急」
「もうとっくに十秒過ぎてんだろうがっ! 舐めてんのか!?」
「え? ハンバーグを舐めてからお出ししろと?」
「違ぁぁああうっ!」
右筋肉がテーブルをダンッと叩く。作りのしっかりした重厚なテーブルが一瞬たわんで見えた。……腕力すげぇ…………
「おう! オレは酒だ! この店で一番高い酒を持ってこい!」
料金がタダになると踏んで、左筋肉は調子に乗ったオーダーを入れる。
「料金は前払いになりますが、構いませんかねぇ?」
「う………………、ま、まぁ、最初は安い酒でいいかな……」
カンタルチカは前払い制度だ。
一番高い酒が飲みたきゃ、ポンと大金を出せるようになってからにしな。
結局、右筋肉はハンバーグとワインを、左筋肉はエールと特製ソーセージを注文した。
料金を受け取り、厨房へ戻る。
「……ヤシロ。君は人をイライラさせる天才だよね」
厨房の入り口でエステラに称賛を浴びせられる。
「憧れるか? サインやろうか?」
「呪われそうだから遠慮しておくよ」
憎まれ口の減らんヤツめ。
俺が煽ってやったおかげで、あいつらは思い切り悪に徹することが出来るんじゃないか。「ムカつくからぶっ壊してやろう」ってな。
これも作戦なんだぜ?
「ヤシロさん、ハンバーグ完璧バージョンです」
ジネットから、見ただけでよだれが出そうな完璧なハンバーグを受け取る。
……ちょっとくらいなら齧ってもバレないかな?
「ジネットさん。ソースをかけ忘れていますよ」
「あっ! すみません。完璧じゃなかったみたいです」
可愛らしく舌を覗かせ、ジネットが恥ずかしそうに頬を掻く。
「くっ! これが、女子力か!?」
「見習いたいですが真似できそうにありませんっ!」
エステラとナタリアが謎のダメージを受けている。
「いいなぁ、天然!」
「いいですよねぇ、天然は!」
「あ、あの……わたし、別に天然では……」
「「「「天然はみんなそう言う!」」」」
「どうしてヤシロさんとパウラさんまで参加されてるんですかっ!?」
「おっちょこちょいなのてへっ☆」なジネットがかけ忘れたソースを、俺が直々にかけてやる。
美味しくなるおまじないと共にな。
「おいしくな~れ、らぶらぶきゅん☆」
「……なんだい、その確実に呪われそうな呪文は……」
エステラが二歩、俺からススッと遠ざかる。
まったく、なんにも分かってないんだから……美味しくなる魔法だぞ? 世界中の男が鼻血ブーもんで狂喜乱舞する魔法の言葉だぞ?
ついでだから、ハンバーグにかけるソースで名前でも書いておいてやろう。子供も大きなお友達も大喜びだ。
そんなわけで、俺は愛情と丹精を込めたハンバーグを持って右筋肉の元へと運んでいく。
ハンバーグにはソースで『ムッキムキ』と書いておいてやった。
「てめぇ、舐めてんのかっ!?」
「いやいや、まだ舐めてないよぉ」
「『まだ』ってなんだ!? 舐めようとしてんじゃねぇよ! 舐めんなよ!」
「お前はネコか」……って、言っても絶対伝わらないだろうから言わないけどね。
ハンバーグを置き、その他、酒やらソーセージを置いて、俺は筋肉どもの席を離れる。
う~わ、背中にめっちゃ視線刺さってるわぁ。すげぇ睨まれてる。
ざっと店内を見渡す。
客の入りは上々。適度に混み合いつつも、移動の妨げになるようなすし詰め状態ではない。
……って、当たり前だ。
ここにいる連中は全員『仕込み』なのだから。
現在、カンタルチカは事実上の休業中なのだ。
今ここにいる客はすべてが事情を知っている連中で、俺たちの行動の邪魔にならないように動いてもらっている。
とはいえ、芝居心の無い連中ばかりなので簡単な二つの命令をしてある。
一つは『ターゲットを見るな』。バレるからな。
で、もう一つが『普通に飯食ってろ』……これが一番有効なのだ。こいつらは背景。大道具に分類される連中なのだ。エキストラですらないのだ。
さて……『大道具』に隠れて様子を窺うか…………
とはいえ、ジッと見ているわけにはいかないので仕事をしているフリをして、耳をそばだてておくくらいしか出来ないけどな。なにせ、警戒されたらそこで終わりだからな。
カンタルチカの汚名を返上するだけなら、現行犯で逮捕するだけでいい。実に単純な解決策だ。
「これは嫌がらせでした。カンタルチカは無罪です」ってな。
だが、それじゃあ筋肉どもへのダメージが無さ過ぎるのだ。
いいとこ出禁にするくらいが関の山だろう。
それじゃあ生温い……二度と逆らおうなんて考えを持たないようにしなければ。
ヤツらの手口は、パウラに会話記録を見せてもらったので分かっている。
ヤツは間もなく、ハンバーグに切れ目を入れ、そして、大声でこう言うのだ――
「おいおい! どうなってんだ、これは!?」
うん。まったく同じセリフだ。
こいつらバカなのか?
同じ店でまったく同じことをやるかね……
けれど、これではっきりした。
こいつらは金目的ではなく、確実にカンタルチカを潰しにかかっている。
何度も同じ難癖をつけて、悪いイメージを植えつけようというのだ。
周りの人間がどれだけ「カンタルチカは悪くない。悪いのは筋肉どもだ」と言ったところで、こいつらはやめはしない。それが事実かどうか、信じる信じないは関係ないのだ。ここで騒ぎ、人々の記憶に残すことが目的なのだから。
だから、分からしてやらなきゃな……お前らがやってることがどれほど危険なことかをな。
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