異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

103話 虫釣り -2-

公開日時: 2021年1月9日(土) 20:01
文字数:2,411

 ホールに出ると、右筋肉が大きな身振りで手招きしていた。

 左筋肉は俺を睨み殺そうとばかりに鋭い視線をぶつけてくる。

 

「はいは~い、ただいま~!」

 

 ぽや~んとした口調で言い、俺はふわふわとした足取りで接客に向かう。

 こういうタイプの店員を見るとこの筋肉どもはこう思うだろう。「あ、こいつには絶対バレないぞ。ふっふっふっ、チョロいな」と。

 

「ご注文はなんですかねぇ?」

「ハンバーグだ。十秒で持ってこい」

「じゅ~びょう~? え~~~………………………………っと」

 

 たっぷり十秒ほど考え込んだ後、俺は可愛らしい笑顔を右筋肉に向ける。

 

「はい、大至急」

「もうとっくに十秒過ぎてんだろうがっ! 舐めてんのか!?」

「え? ハンバーグを舐めてからお出ししろと?」

「違ぁぁああうっ!」

 

 右筋肉がテーブルをダンッと叩く。作りのしっかりした重厚なテーブルが一瞬たわんで見えた。……腕力すげぇ…………

 

「おう! オレは酒だ! この店で一番高い酒を持ってこい!」

 

 料金がタダになると踏んで、左筋肉は調子に乗ったオーダーを入れる。

 

「料金は前払いになりますが、構いませんかねぇ?」

「う………………、ま、まぁ、最初は安い酒でいいかな……」

 

 カンタルチカは前払い制度だ。

 一番高い酒が飲みたきゃ、ポンと大金を出せるようになってからにしな。

 

 結局、右筋肉はハンバーグとワインを、左筋肉はエールと特製ソーセージを注文した。

 料金を受け取り、厨房へ戻る。

 

「……ヤシロ。君は人をイライラさせる天才だよね」

 

 厨房の入り口でエステラに称賛を浴びせられる。

 

「憧れるか? サインやろうか?」

「呪われそうだから遠慮しておくよ」

 

 憎まれ口の減らんヤツめ。

 俺が煽ってやったおかげで、あいつらは思い切り悪に徹することが出来るんじゃないか。「ムカつくからぶっ壊してやろう」ってな。

 これも作戦なんだぜ?

 

「ヤシロさん、ハンバーグ完璧バージョンです」

 

 ジネットから、見ただけでよだれが出そうな完璧なハンバーグを受け取る。

 ……ちょっとくらいなら齧ってもバレないかな?

 

「ジネットさん。ソースをかけ忘れていますよ」

「あっ! すみません。完璧じゃなかったみたいです」

 

 可愛らしく舌を覗かせ、ジネットが恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「くっ! これが、女子力か!?」

「見習いたいですが真似できそうにありませんっ!」

 

 エステラとナタリアが謎のダメージを受けている。

 

「いいなぁ、天然!」

「いいですよねぇ、天然は!」

「あ、あの……わたし、別に天然では……」

「「「「天然はみんなそう言う!」」」」

「どうしてヤシロさんとパウラさんまで参加されてるんですかっ!?」

 

「おっちょこちょいなのてへっ☆」なジネットがかけ忘れたソースを、俺が直々にかけてやる。

 美味しくなるおまじないと共にな。

 

「おいしくな~れ、らぶらぶきゅん☆」

「……なんだい、その確実に呪われそうな呪文は……」

 

 エステラが二歩、俺からススッと遠ざかる。

 まったく、なんにも分かってないんだから……美味しくなる魔法だぞ? 世界中の男が鼻血ブーもんで狂喜乱舞する魔法の言葉だぞ?

 

 ついでだから、ハンバーグにかけるソースで名前でも書いておいてやろう。子供も大きなお友達も大喜びだ。

 

 そんなわけで、俺は愛情と丹精を込めたハンバーグを持って右筋肉の元へと運んでいく。

 ハンバーグにはソースで『ムッキムキ』と書いておいてやった。

 

「てめぇ、舐めてんのかっ!?」

「いやいや、まだ舐めてないよぉ」

「『まだ』ってなんだ!? 舐めようとしてんじゃねぇよ! 舐めんなよ!」

 

「お前はネコか」……って、言っても絶対伝わらないだろうから言わないけどね。

 

 ハンバーグを置き、その他、酒やらソーセージを置いて、俺は筋肉どもの席を離れる。

 う~わ、背中にめっちゃ視線刺さってるわぁ。すげぇ睨まれてる。

 

 ざっと店内を見渡す。

 客の入りは上々。適度に混み合いつつも、移動の妨げになるようなすし詰め状態ではない。

 ……って、当たり前だ。

 ここにいる連中は全員『仕込み』なのだから。

 

 現在、カンタルチカは事実上の休業中なのだ。

 今ここにいる客はすべてが事情を知っている連中で、俺たちの行動の邪魔にならないように動いてもらっている。

 とはいえ、芝居心の無い連中ばかりなので簡単な二つの命令をしてある。

 一つは『ターゲットを見るな』。バレるからな。

 で、もう一つが『普通に飯食ってろ』……これが一番有効なのだ。こいつらは背景。大道具に分類される連中なのだ。エキストラですらないのだ。

 

 さて……『大道具』に隠れて様子を窺うか…………

 とはいえ、ジッと見ているわけにはいかないので仕事をしているフリをして、耳をそばだてておくくらいしか出来ないけどな。なにせ、警戒されたらそこで終わりだからな。

 

 カンタルチカの汚名を返上するだけなら、現行犯で逮捕するだけでいい。実に単純な解決策だ。

「これは嫌がらせでした。カンタルチカは無罪です」ってな。

 

 だが、それじゃあ筋肉どもへのダメージが無さ過ぎるのだ。

 いいとこ出禁にするくらいが関の山だろう。

 

 それじゃあ生温い……二度と逆らおうなんて考えを持たないようにしなければ。

 

 ヤツらの手口は、パウラに会話記録カンバセーション・レコードを見せてもらったので分かっている。

 ヤツは間もなく、ハンバーグに切れ目を入れ、そして、大声でこう言うのだ――

 

「おいおい! どうなってんだ、これは!?」

 

 うん。まったく同じセリフだ。

 こいつらバカなのか?

 同じ店でまったく同じことをやるかね……

 

 けれど、これではっきりした。

 こいつらは金目的ではなく、確実にカンタルチカを潰しにかかっている。

 何度も同じ難癖をつけて、悪いイメージを植えつけようというのだ。

 周りの人間がどれだけ「カンタルチカは悪くない。悪いのは筋肉どもだ」と言ったところで、こいつらはやめはしない。それが事実かどうか、信じる信じないは関係ないのだ。ここで騒ぎ、人々の記憶に残すことが目的なのだから。

 

 だから、分からしてやらなきゃな……お前らがやってることがどれほど危険なことかをな。

 

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