その男たちが食いついたのは、エサをまいてから二日経った頃だった。
「おいおい、オメロ君。聞いたかい?」
「何がだい、モーマットさん」
「なんでもよ、カンタルチカの虫騒ぎ、あれは勘違いだったらしいぜ」
「なんだって、勘違いってのはどういうことだい?」
「プロが調べたところ、虫が混入する可能性は極めて低かったらしいんだ」
「な、なんだってぇー! ってことは、カンタルチカの飯は安全だってことかい」
「あぁ、まさしくそういうことだ。これで、毎日安心してハンバーグが食えるなぁ、俺は野菜の方が好きだけどなぁ」
「そいつは朗報だ! ハンバーグが食べられないなんて、人生が色褪せるようなもんだからなぁ、オレは魚の方が断然好きだけどなぁ」
「いやいや、あっはっはっ」
「こりゃこりゃ、あっはっはっ」
陽気なワニとアライグマがデカい体を寄せ合って大笑いをしている。
……あいつらには芝居心ってもんがないのか。
エステラに話を通し、一時的にカンタルチカに有利な条件での経営を許可してもらった。
本来は、どこかの店で他店舗の宣伝活動は禁止されている。トラブルの元だからな。もっとも、陽だまり亭とカンタルチカのように双方合意の上で協力関係にある場合は除外される。
まぁ、禁止と言ってもマナーみたいなもんだ。
だが、無理を言って四十二区内にある飲食店に協力を要請した。
カンタルチカに悪質な嫌がらせ行為がなされた。これを放置しては、他の店にもゆくゆく被害が及ぶ可能性がある……と、言ってな。
四十二区飲食ギルドに加盟している飲食店を領主権限で緊急招集してもらい、ことのあらましを説明した。同時に情報提供を求め、ついでに、他ギルドへも協力要請を出した。
その結果行われたのが、さっきのオッサン二人による大根芝居だ。
あの二人だけではなく、様々な協力者に四十二区内でさっきのような芝居を打ってもらっている。
これはエサだ。
虫を作為的に混入させたヤツらの目的がカンタルチカを潰すことなのだとしたら、自分たちの行為が効力を発揮していないと聞けば行動を起こすはずだ。
もし違うなら、また別の作戦を立てるまでだ。
あからさまなステマ行為も、領民すべての理解を得ていればいやらしくもなるまい。みんながカンタルチカの汚名返上のために協力してくれているのだ。
「問題が起これば売名行為が出来るのか。じゃあウチも自作自演で……」なんてバカは出てこないだろう。
「あ、ヤシロ! あの二人だよ! 間違いない!」
カンタルチカの厨房の窓から外を窺い、ターゲットを確認する。
見覚えのない顔で、かつ旅人ではないとなれば他区の人間である可能性が高い。
そう思って、区の境界に弟たちを張り込みさせ『ガタイのいい二人組が来たら全部知らせろ』と言っておいたのだ。
散々人違いを重ねた後、ようやく本物が引っかかったらしい。
ガタイのいい二人組は、まっすぐにカンタルチカへ近付いてくる。
どこかの剣闘士か? 筋肉が盛り上がって服がはち切れそうだ。
「あの、ヤシロさん。ハンバーグは準備しますか?」
「そうだな。絶対に不備の無い完璧なヤツを一つ作っておいてくれ」
「はい」
ここ数日、俺とジネットはカンタルチカに助っ人に来ていた。
パウラが接客と調理を担当していたのでは、ターゲットを釣るための準備が入念に出来ない。
そこで、ハンバーグを完璧にマスターしているジネットを連れてきたのだ。
厨房には、ジネットの他にエステラとナタリアも控えている。数人掛かりで、確実に異物混入の無いハンバーグを作ってもらうのだ。過剰なほど徹底的に管理をして、100%不備の無い完璧なハンバーグを。
「それに、もし虫が入ってるなんて言い出したら……」
「黒だな」
現行犯で取っ捕まえてやってもいいんだが、あまり露骨に監視していると犯行自体をやめかねない。
さり気なく見張る程度に留めておくべきだろう。
「おい! 注文だ!」
「早くしろよ!」
ガタイのいい二人組……面倒くさいので右筋肉と左筋肉でいいや……が、イライラと声を荒らげる。
「行かなきゃ」
「待て」
接客に向かおうとするパウラを呼び止める。
あの客どもには警戒心を持たせたくない。
前回見かけた店員よりかは、初めて見るヤツが接客した方が警戒心は薄れるだろう。二度目のヤツよりかバレる確率が下がるからな。
「俺が行く」
パウラの頭をポンと一叩きして、俺は襟を正す。
今日はカンタルチカの雰囲気に合わせたウェイターの衣装を着ている。
カンタルチカでは男は雇わないようで、ウェイターの衣装は自前だ。……俺一人だけコスプレじゃねぇか……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!