異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

103話 虫釣り -3-

公開日時: 2021年1月9日(土) 20:01
文字数:3,556

「どうかされましたか?」

「どうしたもこうしたもねぇだろ! これを見ろよ!」

 

 右筋肉がハンバーグを指さす。

 

「……『ムッキムキ』……ぷっ。なんですか、これ?」

「それはお前が書いたんだろうが! 見るのはそこじゃなくて、ハンバーグの中だよ!」

 

 言われて、ハンバーグに視線を向けると……これ見よがしに巨大なバッタが顔を出していた。

 ホント……どうやって入ったって設定なんだろうな……

 

「よく見ろ、コラ! 虫が入ってるだろうが! この店は客に虫を食わせようってのか!?」

 

 会話記録カンバセーション・レコードで見たセリフと、同じ言葉だ。一言一句違わない。

『虫が入っていた』ではなく、『虫が入っている』なのだ。現状入っているので嘘ではない。そして、『客に食わせようってのか』というセリフで、「虫が入っていたのは店側の責任である」と周りの者に錯覚させるのだ。

 

 誰かに入れ知恵されたのか、身の丈に合っていない詐欺をするヤツらだ。

 おそらく「お前らが虫を入れたのだろう」と問えば、こいつらはこう言うだろう。「証拠はあるのか」「見たのか」「言いがかりをつける気か」と。俺が黒幕ならそう言うように指導する。逆切れして、論点をすり替えて、有耶無耶にする。あとはデカい声で威嚇し続けて相手が正論を言う体力と気力を削り続ける。

 心が折れて「もういいや。言うことを聞いて早くこの状況を終わらせよう」なんて考えたら、店側はおしまいだ。完全降伏したことになる。

 

 厄介だが、心を強く持ち、「違うものは違う」と言い続けなければいけないのだ。

 

 もっとも、俺はこういうみっともない、クズ以下の恫喝しか出来ないバカが死ぬほど嫌いでな…………心を強く持って理路整然と立ち向かう……なんて大人しいことはしてやらねぇ。

 ……けんかを売る相手を間違えたな、チンピラ。いや、三下。いやいや、不燃ごみが。

 

 こいつらは、神が世界を作る際にどうしても出さざるを得なかった産業廃棄物なのだ。

 ゴミはゴミ箱へ。

 クズには、クズに相応しい仕打ちを。

 

「う~ん……おかしいなぁ」

 

 腕を組んで、盛大に首を傾ける。

 ふふん、イラッてするだろう、この動き。……ワザとだよ?

 

「何がおかしいんだよ! 現に虫が入ってんだろうが! どう責任取るつもりだコラ!?」

「入ってる……ではなく、『入れた』の間違いでは?」

「なんだテメェ!? 証拠でもあんのか!?」

「見たのか!? 適当なこと抜かしてっとただじゃおかねぇぞ!」

 

 うむ、予想通りというか……教科書通りの返しだな。

 

「まぁまぁ、いいからとりあえず落ち着いて聞いてくれよ」

 

 ヒステリックに叫ぶ男たちを両手で「どうどう」と御しながら、俺はゆっくりとした口調で説明を始める。

 そう。バカにもよく分かるように、懇切丁寧にな。

 

「この場合、二つのケースが考えられると思うんだが……まず一つは、焼く前に入った可能性だ」

 

 人差し指を突きたて、一つ目の可能性を挙げてみる。

 男たちを見やるが、特に口を挟んでくる素振りは見られない。『精霊の審判』に引っかかることを恐れて下手なことは言わないように努めているのだろう。

 いい選択だ。

 ならば、さっさと結論を出してやるか。

 

「が、それはあり得ない。見てみろよ。肉には火がきちんと通ってるのに、この虫、足の一本一本まで綺麗なままだ。ハンバーグを焼く温度知ってるか? 中に入ってたとしたら、こんな綺麗なままじゃいられないぞ」

「うっ……」

「それがなんなんだよ!? なら、あとから入ったってことだろうが!」

 

 左筋肉が小さなうめき声を上げた途端、右筋肉が我慢ならないとばかりに言葉を発した。

 おいおい。だんまりを決め込まなくて大丈夫か? 下手にしゃべると自分の首を絞めることになるぞ。

 

「それこそあり得ないだろ」

 

 だが、そこはあっさりと否定してやる。

 すると、案の定、右筋肉が喚き出した。

 

「なんでそんなこと言い切れんだよ!? お前らが目を離した隙に入ったんだったら分かんねぇだろうが!」

 

 やっぱりこいつは危ういな。このまま煽っていけばそのうち勝手に自爆しそうではあるが……まぁいい。都合のよいいい言葉を吐いてくれたので、ここはそれに乗っかってやるとしよう。

 

「ってことはだ。この虫が自らの意志でハンバーグの中に入っていったってことになるが……もう一度よく見てくれよ」

 

 俺は、ハンバーグの切れ目から顔を出すバッタを指さす。

 そう、バッタは、ハンバーグから『顔を出している』のだ。

 

「なんで、尻から入ったんだろうな? 寝ようかっつってベッドに入ったわけでもあるまいに」

 

 普通、虫が食い物に入るなら頭から突っ込むものだ。

 別のところから突っ込んできた可能性? ないね。なぜなら、切れ目以外のどこにも穴が開いていないから。

 ハンバーグは空気を抜くために何度も打ちつけられているのだ。肉の中に空洞は少ない。そんな中に割って入るのだから穴くらいは開くはずだ。それが無い。

 よって、このバッタは自分の意志でハンバーグに入ったわけではない。

 

「それに、このバッタね…………おかしいんだよなぁ……」

「だから何がおかしいんだよ!?」

 

 右筋肉と左筋肉が俺を挟むようにして立ち、般若みたいな顔で睨んでくる。

 ふん、怖かねぇよ、そんなもん。

 いいか? もし俺に手を出そうものなら……ただじゃおかないぜ…………ナタリアが。

 よろしくね! 出来れば、手を出される前にカッコいい感じで防いでね!

 ナイフとか突きつけて「そこまでです」的なヤツでね!

 

 で、話を戻すが……

 

「このバッタが四十二区に生息してるなんて、聞いたことがないんだよなぁ……」

「そんなもん、お前が知らねぇだけだろうが! 無知なんだよ!」

「無知? ……かつて、『虫博士』と言われたこの俺がか?」

「な、なに……っ!?」

「四十二区や四十区の森にまでわざわざ出向いてあれこれ見ている、この俺が……無知だってのか?」

「…………う、嘘……だろ、どうせ? でまかせだ」

「『精霊の審判』をかけてみるかい?」

「…………くっ!」

 

 やってもいいぞ。

 小学生の頃、ヒラタクワガタとミヤマクワガタの孵化に成功した俺は、男子連中から『虫博士』と呼ばれていたし、ミリィやアリクイ兄弟について、『四十二区や四十区の森にまでわざわざ出向いてあれこれ見て』きたのも事実だ。まぁ、見てたのは虫じゃなくて花だけどな。

 

「でだ、そんな俺が断言してやるが……『俺は、このバッタが四十二区に生息しているという情報を聞いたことがない』」

 

 うん。

 バッタのことを俺に話しに来るヤツなんかいないもんな。そんな情報集めてもないし。

 聞いたことないぞ。興味ないから。

 

 でも、この筋肉どもにはこう聞こえていることだろう。

 

「こんな虫は四十二区には存在しない」と――

 

「さて……この虫は、一体どこから紛れ込んだんだろうな?」

「し…………知るかよ…………こ、この店のヤツが、ワザと入れたんじゃねぇのか!?」

「『この店の者が虫を入れた』とそう言うのか?」

「そのとお……」

「待て!」

 

 口を滑らしかけた右筋肉を、左筋肉が制止する。

 ……ほぅ、冷静だな左筋肉。

 

 もし今、右筋肉が「そのとおりだ」と言い切っていれば、こいつは『精霊の審判』に引っかかることになる。こいつらは、『虫を入れたのがこの店の人間ではない』ということを知っているはずだからな。

 よく思い留まれたな。

 

 でもそれってよ、「自分が犯人です」って自供したようなもんだろう?

 

「どうやって混入したかよりも、今現在、現にこうして虫が入っていることが問題なんじゃねぇのか、えぇ、店員さんよぉ!?」

 

 左筋肉にバトンタッチしたようだ。

 右筋肉は後ろで小さくなっている。

 

「例えばの話なんだが……」

 

 俺はもう一度、ハンバーグに入っているバッタを指さして言う。

 

「お前なら、これを美味しく食べられるなんてことは?」

「あるかっ!? お前、バカにしてんのか!?」

「なぜそれをっ!?」

「してんのかよ!?」

 

 額に青筋を浮かべ、左筋肉が俺の胸倉を掴む。

 ナタリア! そろそろ出番な気がするんだけど!? どうした!? もしかして今休憩中!?

 

 助けは来そうにないので、自分でなんとかする方法を取る。

 

「あれれ~、これはなんだぁ?」

 

 俺は、ググッと接近してきた左筋肉の懐に手を突っ込む。

 

「何しやがんだ!?」

 

 慌てて、左筋肉が俺を解放し、俺から距離を取る。

 そして、頬を少し赤らめ、襟元をギュッと握りしめて、俺を恨めしそうに睨む。

 

「へ、変態か!?」

 

 おいおい、やめてくれよ。そんな反応されたら、俺がソッチの気がある人みたいに見えるじゃねぇか。

 

「…………こ、困るぞ。さすがに」

 

 だから、頬を赤らめるな!

 そういう反応をしていいのは美女か美少女だけなの!

 

「気持ちの悪い反応を見せてくれているところ悪いんだが…………こいつの説明をしてもらえるかな?」

 

 俺は、左筋肉の懐に突っ込んだ方の手を高々と掲げる。

 そこには、ハンバーグに入っているバッタと瓜二つの『ブツ』が握られていた。

 

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