異世界トレイル

果ての樹海のその果てに
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第十六話 可もなく不可もなく

公開日時: 2020年10月13日(火) 20:10
文字数:2,459

 アラームが鳴り響き、僕は目を覚ました。

 

 壮大な夢を見た。


 しかもきっちりオチまで。大体中途半端なところで目覚めるのがお約束のパターンなのに。


 身を起こし、伸びをする。


 『ノースホック』の『アルセンさん』そして『熊狼』に『加護』。最終的に、『僕が彼の息子の生まれ変わりだった』というオチ。我ながら、自分の脳みその創造力に驚く。いっその事小説でも書いてみようかと思う位だ。


「あぁ、でもきっとこれ二三日引きずるパターンのヤツだ……」


 “強烈な夢を見た後は、暫くそのメンタルから抜け出せないあるある”だ。思えば、本当にリアルで、僕にとっては衝撃的な内容だった。


 髪の毛をクシャクシャとかき回して、枕もとのスマホに手を伸ばす。ロックを解除し、SNSに鍵垢でログインする。フォロワーは120人。大した数じゃない。だが、愚痴しか呟かないアカウントを120人もフォローしている事が不思議でならない。


〔異世界に行く夢見た。〕


 とりあえずツイートし、再びベッドに横になる。今日は待ちに待った休日だ。休みの日は大抵、一日中ベッドの上でゴロゴロして過ごす。


 タイムラインを遡っていき、適当にハートを押し、面白いものはリツイートしていく。

すると、さっきのツイートにリプライが来た。


〔へぇ、どんな異世界?〕


 よくリプしてくれるアカウントだ。アイコンはデフォルメした忍者のイラスト。ユーザー名は『邪じゃじゃ丸』。因みに僕のユーザー名は『Yさんです。』、アイコンは何となく煮干しにしている。


〔樹海がループする異世界だった。〕


 適当にリプを返し、スマホを持った手をベッドに落とす。ポスッと音が鳴った。


「夢の世界、楽しかったな……」


 アルセンさんとの旅路を思い出す。彼の言葉も、鮮明に思い出せた。その一つ一つが僕の想像の産物なのであるとすれば、自分を救う言葉が自分自身の中に既に存在していたという事だ。


 とすれば――


「答え、分かってたんだな。僕はきっと」


 色んな悩みに対する答え、僕はきっとそれをとっくに見つけていたのだろう。だけどそれを受け入れることが出来なかったのは、きっと僕が真綿で首を絞めるような現状に僅かばかり陶酔のようなものを感じていたからに違いない。悲劇のヒロイン症候群というやつだ。


 “他と違う自分”に存在意義を見出していた僕は、“他と違う自分”たらしめる苦境に少なからず悦びを感じていたという事だ。


 だから、どうすればそこから抜け出せるか知っていながら、敢えて自分を悲劇的な環境に置き続けた。


「酔ってんなぁ……ぁあああああ!」


 脚をバタつかせながら、枕に顔を埋めて叫ぶ。一通り絶叫した後、寝返りを打ち、再び仰向けになる。


 “尊く、美しく”……か。


 今風じゃない。全然。まず、時代にそぐわない。このご時世、“自然と一体”とか“自分は自然の一部”とかいう感情はまず起こりにくい。


「……お腹すいた」


 ベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。


 便利だ。何の感動もないけれど。


 戸棚から、カップラーメンを取り出し、フィルムを破って蓋を開ける。“ナゾにく”は何の肉だったっけ。忘れてしまった。


 お湯が沸く間、洗顔と歯磨きをする。鏡に映った自分は、相変わらず女みたいな顔だ。


 ……そこにすら、アイデンティティとやらを感じているのか、僕は。


 何となく、首筋を確認する。アルセンさんに付けられた傷が残ってたり……しなかった。そもそも、服装が違うし。Tシャツとハーフパンツだし。


 水道から水を出して、掌に溜めて――祈る。


 ――何も起きない。


 当たり前だ。あれは夢なんだから。


 今だに夢じゃなかったらなと、どこかで思っている自分が居る。


 お湯が沸いたのを知らせるアラームが鳴り、キッチンへ戻る。カップラーメンにお湯を注ぎ、蓋の上に箸を乗せてリビング兼寝室のベッド兼ソファに腰かける。こたつ兼テーブルの上に朝食兼昼食の……めんどくさくなってきた。


 ベッドの上に転がっていたスマホを手に取る。また、リプが来ていた。


〔富士の樹海的な?〕


〔そんなかんじ。〕


 適当に返して、スマホを放り、カップラーメンの蓋を開け、箸で混ぜくる。


 アルセンさんとカップラーメン食べたかったな。何て言うだろう。美味しいって思うかな。


 ふとそんなことを考えてしまい、オイオイとかぶりを振る。僕よ、あれは夢だから。


 カップラーメンを食べる。可もなく不可もなく、美味い。言い方が変かも知れないけど、それ以外に表現のしようがない。


 樹海の河原で食べたら、もっと美味しく感じるだろうな。


 ……急に心がそわそわし始めた。


 ――外に出たい。


 こんなことを思ったのは生まれて初めてかも知れない。衝動に突き動かされるままに、黒のパーカーと黒のチノパンを身に着け、寝ぐせだけ適当に直し、赤いスニーカーを履いてマンションを出る。


 雨でも晴れでもない、微妙な天気。つまり、曇り空だ。


 何となく歩く。適当にぶらぶらと散歩する。これで緑が豊かだったりしたら、夢と合わせて良いオチになったのだろうけど、生憎ビルとアスファルトしかない。そもそもこんなに大量のアスファルトを一体どこから運んできたのだろう。石なのか砂利なのか、とにかく細かく砕いて、タールか何かと混ぜているんだっけ。調べようとまでは思わないが、とにかく不思議だ。


 石……。


 その時、僕は重大な事に気が付いてしまった。


 あの夢の出来事が、全て僕の想像力の産物であるとするならば、何故『僕が知らない“事実”をアルセンさんが僕に教えてくれたのか』という事だ。


 火打石が硬くないとうまく打ち金から火が飛ばない事。


 そして放射状に薪木をくべ、火力を調整する、“ノースホック式”の焚火。


 その他もろもろ、僕の知識には無い事柄だった。だが、この二つに関しては“火を起こす”という、こちらでも向こうでも共通の事象のはずだ。


 アルセンさんから教えてもらったそれらの事実が正しいのか、この世界で一度確認しなくては。


 ググれば簡単に分かるかもしれないけど、なんとなく、そうしたくなかった。


 何かに引っ張られるように、僕は前を向き走り出した。


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