私はやぶ医者である。誰が何と言おうとやぶなものはやぶだ。本人が言っているのだから、これ以上ないほどの説得力であろう。まごうことなきやぶ医者である。
そう考えると、私がいつからやぶ医者だったのかという疑問が沸いてくることだろう。私は物心ついた時からやぶ医者だった。即ち、私は生まれながらのやぶ医者なのだ。そんな生粋のやぶ医者なので、当然私のところに診察に来る人間たちも少々おかしな人が多い。
折角なので、本日は、やぶ医者である私のところへ来た患者の一部をご紹介させていただこうと思う。
◆◆◆◆◆
「先生。私、今日の昼からもの凄くお腹が痛いんです。」
鬼気迫る勢いでやってきたのは、若い女性だ。目の下にクマができており、激痛で夜中眠れないのかもしれない。これは一刻も早く胃を切除した方が良さそうだ。
「分かりました。胃を切除しましょう」
検査や議論する時間も勿体ないので、胃を切除しようと思う。異論は認めない。
「え? これって普通検査してから、原因を特定してそれを取り除くのが普通ですよね? 検査とかしないんですか?」
キョトンとした顔をしている。どうやら納得ができないらしい。
「検査する時間が勿体ないです。それに胃を切ってしまえば、これから先胃痛に悩まされることもありません」
当たり前のことを淡々と述べてみた。こんな話し合いをする時間も勿体ない気がする。すぐにでも手術をしなければ、彼女の命は危ないかもしれない。
「あのー胃を切ってしまったら、食事を楽しめなくなると思うんですが……。そういった問題はないんでしょうか?」
恐る恐るといった感じで私に尋ねてくる。
「間違いなく食事を楽しめなくなるでしょう。しかしよく考えてみてください。胃がもたらす病気の数々を。胃がん、胃腸炎、胃潰瘍色々あるでしょう。それが将来的に影響を与えることを想定したら、早いうちに切除しておくのは大事ですよ。将来的に胃がんや胃潰瘍になっても良いと思いますか?」
考えてもみてください、と念を押す。そうすると、彼女はうーんと唸った。さすがに胃を切除することに抵抗を覚えるのだろう。しかし、そこにダメ押しとばかりに、彼女のお腹が悲鳴を上げる。
「ううう。申し訳ありません。分かりました。私の胃を切除してください」
意を決したように彼は口上を述べた。彼女にとっては、清水の舞台から飛び降りるかの如き一大決心だったのかもしれない。
「分かりました。今すぐ外科の先生を手配します」
「え? 先生が手術してくださるんじゃないのですか?」
「ええ。私の専門は心療内科ですから、貴方のお腹をメスで切ることはできません」
私がそう述べるや否や、彼女は唖然とした表情を見せた。私はやぶ医者なので、当然だとばかりドヤ顔してみせた。
◆◆◆◆◆
「最近頭がぼーっとするんです。どこか悪いんでしょうか?」
最初に会うなり、そう相談してきた中年の男性。顔が顔面蒼白だ。これは今すぐにでも対応しないと危ないかもしれない。処置が必要だ。
「分かりました。今すぐ頭を切りましょう」
「えええ?」
男性が目を見開いて、素っ頓狂な声を上げた。しかしここで引き下がる訳にはいかない。私はこほんと咳払いをした。
「発言を汲み取ると、貴方の頭に問題があると考えられます。今すぐに頭を切らないと危ないかもしれません」
続けて芝居のかかった台詞を述べる。鬼気迫る演技をすれば、きっと彼も理解を示してくれるだろう。
「――分かりました。宜しくお願い申し上げます。痛くしないでくださいね」
男性からも許可が得られたので、私はハサミを手に取る。そしてそのまま、無造作に伸びきった彼の髪の毛を思うがままに切り始めた。
「いた! 滅茶苦茶に痛いです先生! もっと優しく切ってください!」
涙目になりながら必死になって訴えてくる。しかしここで手を休める訳にはいかない。何しろ彼の命がかかっているのだから。
「一刻の猶予もありません。髪が伸び過ぎています。今夏ですから、きっと貴方の髪が熱を吸って常日頃、熱射病になっている可能性があります」
私が捲し立てるように言うと、彼はさすがに気圧されてさすがに黙った。
数十分後、彼を丸坊主にすると、脱毛剤を彼の頭にしっかり塗りたくった。これでしばらくは彼の頭から毛が生えてくることはないだろう。彼の命はこれで守られたのだ。
「さすがに丸坊主される思いませんでした。さすがにここまでしてくださらなくても……」
「つい、カーッとなってやりました。反省はしておりません」
私は笑顔で満足げに頷いたが、彼はかなり複雑な表情をしていた。
◆◆◆◆◆
「○○さん。また勝手に医者の真似事をしていらっしゃるんですか?」
私の前にやってきたのは、某病院の職員の恰好をした年配の女性だ。私を初見でやぶ医者と見抜くとは中々のものだ。見どころがあると言って良いだろう。
「他の患者さんも医者がいらっしゃったって言って、勘違いして騒いでいるじゃないですか。今すぐ辞めてもらえませんか?」
途中までは最もらしいと思ったが、どうやら妄想と現実が入り混じっているようだ。これは早急に処理しなければならない。
「私は心療内科が専門なので分かりますが、貴方は妄想癖があるようです。すぐにお薬をお出しします。処方箋を持って薬局を訪ねてください」
私はメモ書きで処方箋を作成すると女性に渡した。女性はその紙をくしゃくしゃに握りしめると般若のように顔を歪めた。
「いい加減にしてください! ほらもう帰りますよ! 今すぐ病室に戻ってください!」
職員女性に腕を捕まれ、無理矢理立たされた。女性のはずであるが、割と筋力があるようだ。おかげさまで腕がかなり痛い。
「ちょっと待ってください。私の診断を待っている他の人達はどうなるんですか?」
「そんな人はいません。全て貴方の妄想です! ほら早くいきますよ!」
「痛い痛い痛いって! ちょっと待ってよ! さすがにやり過ぎじゃないの――!?」
◆◆◆◆◆
「お母さん。あれ、お兄ちゃん達何やってるの?」
「高校の学芸会の練習ですって。自分をやぶ医者だと思いこんだ精神病患さん達のコメディ劇らしいわよ。お兄ちゃん、台本読み込んでかなり自分の役にのめりこんでいるみたい」
「へぇ……高校生になると結構リアリティのある芸までやるんだね」
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