夜は更けて、心琴は就寝したはずだった。
「あ・・・れ?」
さっきまで部屋にいたはずなのに、気がついたら駅前の広場に立っていた。
パジャマは着てない。髪も結ってる。
お気に入りのオレンジのノースリーブ。
短いジーンズの下からはリボンが付いたレギンスが見える。
(お気に入りの私服だ。私、いつ着替えたっけ?)
おかしいと思いながらも、自分がここにいるのは当然とも思えるようにもなる。
「そっか、・・・夢かな?」
眠りが浅いと夢の中で自分が夢を見ていることを自覚する。
そんな不思議な感覚だった。
周りを見渡してみると、あたりはとても賑やかで人通りも多い。
どうやら駅前で毎年行われている七夕祭りのようだった。
いつもはだだっ広いだけの広場なのに、この時ばかりは所狭しと屋台が並ぶ。
浴衣を着ているお姉さん。
りんご飴を片手にはしゃぐ子供達。
大人たちもお酒を片手にワイワイ盛り上がっている。
「リアルな・・・夢だな。そう言えば・・・なんか、おんなじ夢を見たことがある気がする。」
夢の中なのに、既視感を覚える。
「これってなんて言うんだっけ。あ、そうだ。デジャヴだ。」
一人でブツブツいってると、後ろの方がなにやら騒がしくなっていた。
「・・・なんだろう?」
駅を正面から見て右の方へ行くと、そこには特設ステージが建てられていた。ステージの上には堂々と「五芒星レンジャー」と書かれていた。子供たちとその親達が一斉にステージの方へ向かっている。どうやら、今流行っている子供向けレンジャーのショーが始まるらしい。
「現実には、うちの街に来るわけないよね五芒星レンジャーなんて。やっぱり夢なんだ。」
心琴の住む街「田舎町」は名前通りの田舎だ。お祭りといえどそんなに大規模な場所ではない。子供が喜ぶレンジャー者のショーなんてやっているのを聞いたことがない。
「でも・・・ほんとに、リアルだわ。」
人の流れを観察していると、どこもかしこも本物の駅と遜色ない。我ながらの再現度に感心していると、今度は反対方向から大きな声がしていることに気がつく。
「あれは、確かこの街の町長さんだ」
右方向の人気とは裏腹に、祭りを進行するはずのの本ステージには、町長が一人で演説をしている。さしずめ、祭りの開会の挨拶といったところだろう。たくさん並ぶパイプ椅子に人はまばらにいるだけだった。
そのまましばらく見わたしていると、人混みの中に一人だけ浮いている人がいた。
誰もが楽しそうにお祭りを歩く中、路肩に座り頭を抱えてうずくまっている。
(もしかして体調悪いのかな?)
そっと近づいてみる。
気配に気がついたのかその人が顔をあげた。
「あ。」
思わず声をあげた。
「あ。」
その人も声をあげた。
(この人は・・・?)
「あれ? あの、私・・・あなたをどこかで知ってる気が・・・」
「!?!?」
(驚いた表情、そう、この表情!!)
「ああああああああぁぁぁぁ!!思い出した!!!!」
「なっ? 俺の事、覚えてるのか?」
「あなた、今朝駅前で声をかけてきた変な高校生!」
変なと言われて傷ついたのか、男子は顔をひしゃげた。
「あんた、初対面でよく人のこと「変な」とか言えるな?」
「だって! 自分でも「こんな事初対面の人に聞くのは変だ」って、言ってたじゃない?」
「いや、まぁ。確かに・・・いや、確かにじゃねぇよ。」
「あはは!」
私が笑うと男子の表情も少しだけ笑ってくれたようだった。
「ねぇ、あなた名前は?」
「向井鷲一(むかいしゅういち)だ。」
「私ね、心琴!松木心琴(まつきここと)だよ!よろしくね」
「ん、あぁ。」
とりあえず、体調不良ではなさそうだと確認ができて安心した。
「でも、本当に我ながらよくできた夢だね! 今日会った人がそのまま出てくるなんて。」
「・・・。」
男の子の顔が険しくなったのを感じる。
「どうしたの?」
「その様子、思い出したのは、今朝のことだけだな?」
急に変わる声色にすこし恐怖を覚えた。
食い入るように心琴を見つめる目は真剣そのものだった。
「え? 今朝以外であなたに会ったことあった?」
その言葉に鷲一は一瞬間を置いてこう言った。
「・・・。昨日の夜。・・・ここでな。」
「昨日・・・? ここ? ここってどこ? 私、夜なんて外出してないよ?」
「だから、ここだって。夢の中で会ってんだよ。」
「はぁ?」
「ってことは俺のやってることはやっぱり無意味なのか?」
言葉の意味を理解できないまま心琴は怪訝な顔をするが、鷲一はブツブツ独り言を言うだけだった。
「あの?? どう言うことか説明してくれる? ねぇ!」
「くそ・・・。どうやったら・・・。」
「ねぇってば!」
「なんで俺なんだよ・・・。」
「おーーーい!!!!
心琴は顔の目の前で手のひらをひらひらさせた。
流石に邪魔だったのか鷲一は上を見上げる。
「・・・。なんだよ。」
「せ・つ・め・い!」
心琴のことなんて心底どうでも良さそうだったが、あまりのうるささに耐えきれずぶっきらぼうに説明する。
「お前、昨日。ここで死んだんだよ。」
「は?」
「お前は夢で、電車に轢かれて死んだんだって。」
あまりに唐突かつ衝撃的な一言だった。
「電車?」
「ああ。お前だけじゃねぇけどな。ここにいる人は全員死ぬ。」
「そんな・・・。」
真っ赤な。
「まぁ、現実のお前はピンピンしてたし。夢の記憶もなさそうだし大丈夫だろ。」
真っ赤な街。
「・・・待って。」
みんなが叫ぶ。
「なんだよ・・・。」
「私・・・知ってる・・・・・。」
そして・・・みんなが叫ばなくなる。
「どうした??」
「・・・あああ・・・あ・・あ・・・」
途端に景色が歪んで見える。
朝に経験したようなノイズが頭に走る。
どんどん情報が流れ込むように、昨日見た景色が脳内で再生されていく。
「なんだよ? どうしたんだよ!?」
鷲一の心配する声も虚しく、心琴は頭を抱えてしゃがみこむ。
異常な状態に、鷲一は立ち尽くすしかなかった。
「あああああああ・・・ぁあぁああぁああ・・・・!!」
「ちょっと、おい!? どうしたんだ!?」
「頭が、頭が痛い!!!」
「・・・!?」
突然、心琴は動かなくなった。
「おい!!ぉぃ!!・・・ぃ!!」
鷲一の声がどんどん遠ざかっていく。
それとは裏腹に昨日の夢で起こった出来事が鮮明になってくる。
そして、全てを思い出した。
これから起こる悲惨な光景。
お祭り会場が真っ赤に染まる恐ろしい夢。
そう、ここは私が昨日見たひどい悪夢。
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