頭を抱える心琴を鷲一は路肩へと移動する。

　夏の日差しを遮るビルの隙間に二人は腰を下ろした。

　遠くに聞こえる祭りのにぎやかさとは裏腹に二人は一言もしゃべれないでいた。

　そうすること５分。

　沈黙を破ったのは鷲一の方だった。

「俺さ、この夢見るの7回目なんだ。」

「え？」

　心琴は顔を上げる。

「３回目くらいまではよく続くな、くらいにしか思ってなかったけど、回数を重ねるごとに異常だって。」

「鷲一・・・さんは。」

「鷲一でいい。」

「う、うん。」

「鷲一はこの後何が起こるか覚えたまま目が覚めるの？」

　鷲一はちょっと顔をしかめたが、ゆっくりと頷いた。

　この男子はつまり、ここ一週間程、毎晩人が大量に電車に轢かれ死んでいく夢を見続けているのだろう。

　一生に一回出くわすだけでトラウマになりそうな悲惨な事故を目の前で7回繰り返されたら・・・。

　私だったら気がおかしくなってしまいそうだ。

「・・・大丈夫？」

　心琴はちらっと鷲一の顔を覗き込んだ。

　その表情は本当に辛そうだった。

「ちょっとずつ、慣れてきてる自分が嫌だな。」

　心配そうな心琴の表情に気が付いたのか鷲一は肩をすくめておどけて見せる。

　乱暴な口調とは裏腹に案外やさしい人なのかもしれない。

「そっか・・・。」

　心琴はそれしか返す言葉を見つけることができなかった。

　二人はまた沈黙に包まれた。

「そうだ、どこまで思い出したんだ？」

「昨日さ、鷲一、ステージのマイク奪ったでしょ。」

「あはは。ちゃんと思い出したんだな。」

　昨日の夢以前はわからないが、昨日は鷲一は確かにステージに立っていた。

　しかも、レンジャーショーをやってる最中に司会進行のお姉さんのマイクを奪った。

『今から脱線事故が起こる！！ここから離れて走るんだ！！！！』

　鷲一はマイクで叫ぶがボディーガードか監視員かにつまみ出されていた。

「すっごい行動力だよね。私なら絶対無理。」

「まぁ、夢だからな。でも、ほとんどの人が俺のことを白い目で見てた。」

　鷲一のマイクジャックによりあたりは一時騒然となった。

　しかし、司会進行のお姉さんがすぐにショーの流れに持っていき、子供が大半だったこともあり誰も信じてはくれなかったのだ。

「誰も動かなかった。お前以外はな。」

「あはは。」

　ステージからつまみ出された鷲一はテントの裏から放り出された。

　放り出された先に心琴がいたのだ。

「鷲一がさ、私の手を引っ張って走ってくれたよね。」

「・・・まぁな。」

　だけど、その直後騒音とともに電車が突っ込んできて・・・。

「結局助けられなかったんだ。」

　鷲一は本当に悲しそうな顔をしていた。

「ううん。多分違うよ。」

「え？」

「夢が覚めた時には私死んでなかったよ？」

「・・・そうなのか？」

「体は動かなくて目の前真っ赤でとっても痛かったけど、でも、意識はあったもん。」

「ぐ・・・。」

　心琴の素直な感想に鷲一の胸が痛む。

「結局は痛かったんじゃねぇか。」

「あー・・・まぁね！」

「フォロー下手か！」

「ごめんごめん！」

　鷲一にも心琴にもすこしだけ笑顔が戻っていた。

　しかし、安心する余裕はなかった。

　遠くのほうでレンジャーショーが始まった音がしたからだ。

「・・・そろそろだな。」

「・・・うん。どうしよう？」

　このままだとまた、電車の下敷きになってしまう。

「とにかく、今回は心琴が生き残る事を最優先にしようと思う。」

「他の人は？！このままじゃ・・・！！」

　心琴の言いたいことは鷲一にも伝わっている。

「・・・心琴、これは夢だ。」

「・・・。」

「昨日人の流れを見ていたけど、夢にいる人が何人も広場を通ったんだ。」

「・・・。現実には影響ない・・・ってこと？」

「心琴は昨日現実で体は痛かったか？」

「え？いや、全然。」

「そういうことだ。」

　つまり、夢での出来事は現実には反映されない。

　ここでひどい目にあっているのも夢の住人の話なのかもしれない。

「・・・わかった。」

　ようやく納得してくれた心琴を連れて、鷲一はある場所へ走り出す。

「ねぇ、どこへ行くの！？」

「駅からみて正面のビル。非常口が簡単な鎖でしかつながれてないから屋上に登れる。」

「わかった！」

　気が付けば、だいぶ時間が経ってしまった。

　ショーもだいぶ盛り上がっている。

「心琴！　急げ。このままじゃまたつぶされる。」

「わかってる！！　急いでる！！」

　二人は猛ダッシュで駅前のビルへ向かう。

「やばい！　遠くから電車の音が！」

「ここだ！　鎖を飛び越えろ！　早く！！！」

「うん！」

　なんとか鎖を飛び越えて、全力で非常階段を駆け上がる。

「はぁはぁ！！！」

「くそっ！間に合え！！！！！」

　３階付近まで登ったその時・・・

キィィィィィ！！！！！ガッシャーン！！！！！！！！！

　猛スピードの電車が異音とともに斜めに走行し始め、

　駅到着間近で脱線。

　特設ステージの真後ろにある塀を突き破り、

　子どもも大人も関係なく、

　人という人、物という物をなぎ倒し、

　祭りのすべてを赤く染めて、

　町長の演説しているステージまでもを巻き込んで、

　背後のビルに横転したまま突っ込んで止まるのだ。

　二人はその光景を非常階段の３階から一望していた。

　無数の悲鳴、泣き声、我が子の名前を叫ぶ親の声、

　自分の足を探す人、動かなくなった人を抱きかかえたまま息絶える人。

「・・・ひどい・・・。」

「・・・ああ。」

　心琴と鷲一は震える体を寄せ合うことしかできなかった。

　そんな心琴の夢は光に包まれ、ゆっくりと終わりを告げた。

◇◇

　目が覚めると、そこはいつもの自分の部屋だった。

「涙が・・・止まらない・・・。」

　悲しい夢を見ていた。

　とっても悲惨な夢を見ていた。

「お姉ちゃん？　今日は泣いてるの？」

「え！？　あ、う、うん。」

　いつも通り朝練の妹が覗き込んでくる。

　昨日と同じ早朝５時だった。

「悲しい夢を見たの。」

「どんな？」

「えっとね・・・。」

　少し考えて心琴は言う。

「鷲一と一緒に残酷な光景を見ている夢・・・？」

　そして、その答えに愕然とする自分がいた。

（記憶が・・・。夢の記憶が、鮮明に・・・覚えている！？）

「いや、誰だよ。」

　妹の軽快な突っ込みにも反応しない姉に首をかしげながら妹は部屋を出て行った。

（やばいやばいやばいやばい）

　心琴は内心焦っていた。

　この記憶が残っているってことは・・・私も鷲一と同じように

「この夢を何度も見ることになっちゃうの！？」

心琴はこの先に起こる波乱の日常の予感に胸が酷くざわつくのだった。