赤い
どこを見ても赤い世界に
私はいた
『・・・!!』
ものすごく遠くで聞こえる声とは裏腹に、周りでは雑然としたノイズが響き渡る。
目がかすむ。
誰かが、誰かが自分を抱きかかえているようだった。
必死で泣きそうな顔に見覚えはない。
(私・・・死ぬんだ)
漠然とそう感じた。
手足の感覚はただただ冷たく、もはや自分の意志とは全く別の物質のようだ。
赤い世界は血が目に入ったからだ。
(体中が・・・痛い・・・苦しい・・・声・・・出ない・・・)
『お・・・ちゃ・・・ん』
遠くでさっきの声が聞こえる。
目の前の景色とは全く別の所からだ。
ぼんやりと景色がゆがむ。
『おね・・・ん! お姉ちゃん!! お姉ちゃんってば!!』
その瞬間ハッと目が覚めた。
目の前の赤い世界は一瞬で消え去って、見慣れた我が部屋の景色に変わる。
一瞬訳が分からなくなる。
「大丈夫!? すっごくうなされてたよ!?」
「うなされてた?」
その時心琴は初めて夢を見ていた事に気が付いた。
なんだか、真っ赤な夢を・・・。
「なんか、妙にリアルな夢・・・だった。」
「え? どんな??」
どんな?と聞かれて我に返る。
(そういえば・・・。なんか真っ赤で苦しかったのは覚えているけど、詳しく思い出せないな。)
心琴が首をかしげていると妹は肩をすくめた。
「まぁ、どんな夢にしろすごいうなされてたからさ。妹ながら心配になった訳。」
「起こしてくれてありがとね。」
「いえいえ~。」
時計を見ると朝の5時だった。
「私、今日朝練だから、もう行くね?」
「行ってらっしゃいー。頑張って」
軽快な足取りで部屋を後にする妹の背中を見送り、自分は二度寝でもしようと横になる。
しかし、しばらく目をつむってみるも再び夢の世界へ行ける気配はしなかった。
「・・・目、覚めちゃったな。」
結局心琴は優雅な朝食とシャワーの後、いつもよりも1時間ほど早く家を出ることにした。
朝の空気は清々しくて、もうそこまで来ている夏の香りを運んでくれる。
「今日は暑くなるかもな」
なんて、たわいもない独り言を口にしてみる。
周りにはほとんど人がいない。
独り言の一つや二つ誰にも届かない。
駅への道は家から徒歩10分足らず。
あっという間にホームが見えてくる。
新しい季節に心地の良い天気。
なんだか楽しい気分で、駅に向かっていた。
それなのに
なぜだろうか。
駅前の広場に着いた瞬間に、急に体がこわばった。
汗が額から滑り落ちる。
冷や汗だ。
頭の中で何かノイズが走った気がした。
軽いめまいに襲われながら、駅を見据えると見たことのある風景が記憶と混同して歪む。
「そうだ! 電車が・・・脱線した・・・?」
今朝の悪夢。
起きた時にはほとんど覚えていなかった。
妹が言うには相当うなされていたらしい、悪夢。
その夢の内容が徐々に頭に戻ってきている。
鮮明に思い出したのは、けたたましい音と共に脱線した電車がこの広場に突っ込んできた事。
あたりにいた人はゴムボールみたいに吹っ飛んだり、赤い塊になっていく。
自分は状況が飲み込めないまま呆然と立っていた。
一瞬がコマ送りのように感じられ、目の前に横転した電車が迫ってきて・・・。
「私、死んだ・・・?」
続きがどうも思い出せない。
駅の広場でぼーっと考え込んでいると、同じように広場から駅をじっと見つめる男子がいる事に気がついた。通学や通勤の人はこんなところでは立ち止まらないだろう。自分より背の高い、同年代くらいの黒髪の男子だった。その男子もこっちに気がついたようだ。
とても驚いた顔をしている。
(え? なにあの子こっち見てる。まさか!・・・独り言聞かれたかな? 不審者に思われたかな!?)
なんてあたふたしていると、その男子がこちらに近づいてくる。
「こんなことを初対面のあんたに聞くのは自分でもおかしいと思うんだが・・・」
(!?!?)
そんな前置きで男子が話しかけてきた。
知らない男子に声をかけられた経験がほとんどないため頭はパニック状態だ。
なにを聞かれるかわかったもんじゃない。
(怖い人だったらどうしよう!?とにかく返事しなきゃ・・・)
「え!? えと? 私・・・ですか・・・?」
「あんた・・・俺の事、覚えてるか?」
「・・・・はい?」
あまりの唐突さに私はひどい顔をしていただろう。
(いやいや、意味がわかんないし。自分でも初対面だと言っていたのにどうやったら「覚えている?」という質問が出てくるの!?)
困惑する私の顔をみて男子は瞬時に質問への回答を悟った。
「そっか・・・。そりゃそうだろうな。」
「なんか、ごめんなさい。もしかして有名人か何かですか?」
「いや、ただの高校生。・・・わりぃ、今の質問は忘れてくれ。」
そう言うと自称高校生は走って駅に入っていった。
(なんだったのかな???)
嵐のように走り去った男子の事は記憶にさっぱりいない。
(誰かと勘違いしたのかな?)
自分の中でそう結論づけると、私、松木心琴は駅へと歩き始めるのだった。
今日もまた普通の日々が始まった。
七夕まであと9日のことだった。
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