竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第五十話 親愛なる重荷

公開日時: 2022年10月28日(金) 18:00
更新日時: 2023年2月28日(火) 20:10
文字数:5,000

「それを言うなら、僕のほうこそや」


 シュウは背中合わせのまま、リュウに応えた。


「リュウが僕と一緒に旅してくれて、ほんまに嬉しいし楽しい。リュウのおかげでどんだけ助けられたかわからへん。ほんまにありがとうやで」


「助けられた…?俺、何もしてねえけど?」


「…あんな、前にリュウがお父さんのことで『嫌なもんは嫌』て言うたことあるやろ。僕もな、家族のことで嫌やて思うことあってん」


「えっ」


 リュウは思わず後ろを振り返ったが、シュウの大きな背中は微動だにしない。

 なんとなく顔を見ないで話を続けた方がいいような気がして、再びシュウの背中にもたれてから言った。


「シュウ、お前でもそんなことあるのか…」


「あるで。大ありや」


 少し間を置いてから、シュウは話し出した。



「僕なぁ、今はこないにデカなったけど生まれた時はちっちゃくて身体も弱かったんや。すぐ熱出して寝込むから手ぇのかかる子やった。すぐ下に弟や妹も生まれたから親は大変で、しゃあないから僕だけおばあちゃん家に預けられて育ったんや」


 (シュウにもちっさい頃があったのか)


 当たり前のことなのだが、リュウにはなんだか信じられない気がした。


「サツマは火山灰すごいけど、おばあちゃんとこはあんまり灰降らへん地域やったから喘息になることもなく、僕は少しずつやけど健康な身体になってくことができた。おばあちゃんは農業してたから、新鮮な野菜を食べさせてもろたんも身体によかったんかもしれへん」


 せやけど、とシュウは言った。


「僕をおばあちゃんに預けてすぐに親はナニワに転勤になって、弟と妹連れて引っ越ししてしもた。健康になりつつある僕をナニワに引き取るいう話はずっとないまんまやった…」


(そうだったのか…)


「僕は運動できひんかった分勉強がんばってた。ほなら小学校の先生から『有名な中高一貫校に行ける成績』て言われたんで、親に相談せなあかんことになったんや」


 リュウは知らなかったがサツマには全国トップレベルの難関校があり、シュウはそこを薦められるほどの学力となっていたのである。


「ほならな、それまで僕の事忘れてたような親が『それならこっちに来い』て言うてきて、サツマよりランクが上のナニワの中高一貫校に入ることになった。僕はやっと親や弟妹らと一緒に住めるんかと思って喜んだけど、その学校は全寮制で中学入学から6年間ずっと寮生活やった。親に会えるんは学校で行われる保護者面談の時だけやった」


「え?なんだそれ!だまされたようなもんじゃねえか!」


「せやねん。これやったらサツマでおばあちゃんとこった方がどんだけよかったかて後悔したわ。学校の友達いうてもみんないい大学入ることしか頭になくて、話すことも勉強関係のことばっかしや。休みもずっと課外授業や模試続きで、同じナニワにんのに家に全然帰られへんかった」


「かがい…もし…?そんなわけのわからねえもん放っといて、家に帰りゃいいじゃねえか!ちょっとくらい抜け出したってバレねえだろ?」


「うん。実はいっぺんだけ、連休に学校抜け出して家に帰ったことあんねん。…せやけど家には誰もれへんかった。合鍵はいちおうもろてたから中入って夜まで待ってたけど、誰も帰ってけえへん。そこでやっとカレンダーに『〇~〇日家族旅行』ていう書き込みがあることに気づいた」


「なっ…それって…」


「その時、みんなで家族旅行に行ってたんや。僕だけ知らんかった。僕だけ置いて行かれてた。僕も家族やのに…。僕が行ったことない家族旅行に親と弟妹で楽しく行ってたんや」


 シュウは静かに涙を流していた。

「その時になんかなあ…悟ったんや。家族て血ぃつながってるだけやぅて、一緒に暮らして一緒に居らなあかんなあ、て。しゃあないなあって」


「しゃあないじゃねえ!」


 リュウが怒鳴った。


お前、怒っていいんだよ!その時親に電話かけて、思い切り文句言ってよかったんだよ!なんだよそいつら!勝手に預けて、勝手に引き取って、でもほったらかしで!ひどいじゃねえか!!シュウがしてほしいこと何にもしてくれねえで…何のためにサツマからナニワに連れてかれたんだよ!」


「たぶん親は、自分らの息子が勉強できて、ええ学校に行ってるいうことだけが自慢やったんやろて思う…」


 背中越しにシュウの身体が小刻みに震えているのがリュウに伝わって来た。


「保護者面談で会えた時も成績のことしか聞いてけえへんかったし、第一志望の大学に絶対受かれて言うばっかしやった。ほなしゃあないから、とにかく親が望む大学に入ろうて思て勉強しまくった。だってそれしか僕にできることあらへんかったからなぁ…」


「…あ………」


 リュウは何かを言おうとしていたが、上手く言葉にできず、声を詰まらせていた。


「第一志望の大学には無事受かったけど…なんかその頃にはもう、家族と一緒にりたいていう気持ちがなくなっててな。寮出て家族のる家に住むいう気にもならへんかったから、大学の近くで一人暮らしすることにした。そや、西のミヤコで僕が住んでた古いアパートな、名前『龍山荘』言うねんで。リュウが名前にあるやろ。その頃からリュウと縁があったんかもしれへんな」


 ははは、と笑い声をあげるシュウの声がリュウには切なく聞こえた。


「大学では楽しかった。勉強もできるけどそれだけやない、いろんな趣味とか特技とか持ってるおもろい人間が多かったから、僕もいきなり世界が開けたみたいな気になって嬉しかったわ。友達とアホなことしたり、初めてバイトもして、酒も飲んだり。学祭とかイベントも楽しかった…。これからは自分が楽しいて思えることを探して仕事にもできたらええな、て思い始めてたんやけど、今度は就職で親が口出して来た。自分の仕事関係でつながってる大企業に入れ、て」


「なんだと?!もう親なんかほっとけよ!シュウはシュウの好きな道を進めばいいじゃねえか」


「せやねん。そう思たんやけど…なんか親を前にすると何も言われへんねんな…。まだどこかに『親を喜ばしたい』て思う自分が居ったんやろな。自分を認めてもらいたい気持ちを諦めきれへんかったんや」


あ───っ!!!なんでだよ!シュウがそこまでしてんのに、なんで親はシュウの気持ちわかってやらねえんだ!大馬鹿野郎!!」

 リュウの背中が熱を帯びていた。本気で怒ってくれているのがシュウに伝わって来る。


「…就職は結局、父親の仕事関係の取引先に内定もろた。まあ会社入ってみたら楽しいこともあるかもしれへんて思いながら、あとは卒業を待つばかりやった。ほならな…親がな、ぅなった」


「え?」


「死んだんや。親だけやない。弟も妹も。家族4人で出かけてる時に事故にあったんや。…また僕だけ置いてけぼりにされた」


「なっ…」


「──わけわからんままに病院や警察や葬儀屋さんの対応して、喪主になって葬式して。お父さんの実家にはお墓がなかったから、お骨はお母さんの故郷のサツマの墓に収めなあかんなと思てたら、今度はサツマのおばあちゃんがぅなってもうた」


「…なんでだよ?!なんでみんなシュウを置いていくんだよ…こんなのってあんまりじゃねえか」


 リュウの言葉に、シュウは無言でうなずいていた。


「…家族4人のお骨持ってサツマに帰って、また僕が喪主になって葬式して、おばあちゃんも含めて5人分のお骨お墓に納めて。就職は断った。その会社入ったかて、もう親死んでるし意味あらへんから。とりあえず西のミヤコに帰ろか思てたらおネさぁに会ぅて。ヤゴロウどんの中のひとになったからそのままサツマに居った。そんでリュウに会えたんや」



 はじめは闘神が降臨した依代よりしろとして相まみえ、生死を懸けた凄まじい闘いが終わった後は「草食動物のような穏やかな顔をした若者」のシュウとしてリュウと出会った。そして今は確かな絆で結ばれた親友となっている。


「リュウが僕と一緒に来てくれたから、まるで家族旅行してるみたいに毎日楽しいねん。僕の家族とは旅行できへんかったけど、リュウと旅行できてるから救われた。ほんまにありがとう」


 「………」


 リュウが腕を動かしている様子が背中越しに伝わって来た。浴衣の袖で涙を拭っているようだ。さらには鼻をかむ音まで響いた。


(あ。リュウ、袖で鼻かんどるな)


 泣いていたシュウだったが、今度は笑いそうになった。


(ほんまに子どもがそのまま大きなったようなっちゃなぁ)



「──俺も、シュウと同じように親の都合で預けられたり引き取られたりだった」


 鼻声のままでリュウは背中越しに話し出した。


「俺の父親は妻と子どもがいるくせに、出張先で出会ったおふくろをだまして俺を産ませた。おふくろは父親が産まれた俺に会いに来てくれると信じて待ってた。でも父親に二度と会えないまま死んじまった…」


「そやったんか…お母さん、残念やったろうなぁ…小さいリュウを置いて亡くならはったんもさぞ心残りやったやろ」


「俺はおふくろの実家に置いてはもらったけど、男にだまされて子どもを産んだ娘のことを恥にしか思ってなかった祖父母にしてみりゃ、俺なんて孫じゃねえからな。ただの厄介者だった」


(…お父さんのことを信じたお母さんも、リュウも何も悪ないのになぁ)


「父親はある日突然引き取りに来た。俺はその時まだ小学校に入る前だったんで、父親がおふくろをだましてたとか知らなかったし、初めて父親に会えて嬉しかったからつい喜んでついてっちまった」


 だんだんリュウの呼吸が荒くなってきた。父親のことを思い出すとストレスがかかり、過呼吸になってしまうのだろう。


「リュウ、大丈夫か?しんどかったら無理してしゃべらんでええで」


「いや、こんなこと今しか、シュウにしか話せねえ」


 シュウはリュウの様子を心配したが、そのまま黙って話を聞くことにした。


「父親は俺を家族として受け入れてくれたわけじゃなかった。仕事の跡継ぎが欲しかっただけなんだ。ほんのガキの俺をあちこち引っ張りまわしては『仕事は見て覚えろ、技を盗め』って言うばかりで、ちゃんと教えてなんかくれなかった。当然失敗しちゃ怒られて、殴られてのくり返しだ…見かねた腹違いの兄貴が父親から俺を引き離してじいちゃんに預けてくれたけど、そのじいちゃんも死んじまった…もう俺の居場所がなくなったから藩を飛び出した。たまたま出航する船に乗り込んだらサツマに着いたんだ」


「そうか…それでサツマに。リュウにはお兄さんがおるんやんな?お父さんの仕事は継がへんかったん?」


「父親が『山の掟だから』って兄貴が継ぐのを認めなかった。でも兄貴の方がずっと俺よりなんでも上手かったし強かったのに…」


 シュウはリュウが夜中に布団にもぐりこんで来て、泣きながら寝言を言っていた時のことを思い出していた。



 “なんで俺…ちゃんとできねえのかな…いつもそうだ……も……だったら…うまくやれたろうになぁ…”


(あれは、お兄さんのことを言うてたんかもしれへんな…)




 リュウは深呼吸をし、自分を落ち着かせてから言った。


「なぁシュウ。…俺たちはもう、自分の好きなように生きていいんだよな。親がどうとか、跡を継ぐとか、そんなこと関係ねえよな」


「うん。ええと思うで。僕もリュウもできるだけ期待に応えようと頑張ったんやし、もうええんと違うかな」


「そうだよな…。シュウは、これからどうしたいんだ?何かやりたい仕事はあるのか?」


「せやなぁ。──今はリュウのマネージャーしてるのが楽しいわ」


「え?俺の?」


「うん。予想できへんこといっぱいしてくれるし、おもろいし」


「…おもろいって、あのインタビューかよ?シュウの言う通りにしただけだぜ」


「だからリュウはおもろいんや。これからも何をしでかすか楽しみや」


「じゃあ、これからもシュウに全部任せるからよろしくな!」


「あかんて。ちゃんと自立すべきとこは自立し。ほら背中にもたれてんと、ちゃんと自分で座るか寝るかしぃて」


「いーやーだー!」


 リュウはじたばたしながらシュウの背中にさらにもたれかかって来た。


「こらリュウ、鼻かんだ袖くっつけてこんといて!」


 シュウは笑いながら逃げ出し、ティッシュケースをつかんで“これで鼻水を拭け”とリュウにぽーんと投げた。リュウはこれまた笑いながら、ティッシュケースを投げ返して来た。


 げらげら笑いながら、二人は次に枕を投げ合いだした。

 やがて遊び疲れた子供のように二人は寝転がり、夢のなかへと入って行った。


(第五十一話へ続く)


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