大晦日にヒゼン藩の唐津で行われる試合は、地元神社の年越し大祓(人々の罪や穢れを祓い清める神事)関連のイベントであった。
唐津城内の広場にリングが設置され、虎拳プロレスや肥後もっこすなど九州の小規模団体の選手が多数出場する。
年越し祭事を盛り上げるのが趣旨なので、賑やかさを重視したバトルロイヤルやエリミネーションマッチの“多数で生き残りを競う勝ち抜き戦”方式で行われる。
広場には屋台も多数出店しており、プロレスを観に来た客たちもまず腹ごしらえをしながら、それぞれ贔屓の団体や選手について語り合っていた。
「今日の見どころは第一試合のバトルロイヤルだな」
「バトルロイヤル?各団体の新人や前座の選手しか出ないんだろ?」
「虎拳の新人で凄いヤツがいるんだよ。ヒナリ・リュウって名の背が低い男でまだ2戦しかしてないが、空中殺法に空手にカポエイラまで使いこなす、とにかく強いヤツなんだ!」
「あ、男前のリュウか!俺もヒゴくまねっとで見たことある!ジャンプ力がすごいんだよな」
「空中殺法にジャンプか…ほんとに強いのか?顔の良さと派手な動きで誤魔化してんじゃないの?」
「ウマイ!このハンバーガーウマいなぁ~!」
いきなり背後から聞えて来た男の声に、プロレスファンの男たちは驚いて振り返った。
名物「からつバーガー」の屋台の前でスペシャルバーガーを食っている男が歓喜の声を上げている。
「…何だったっけ?あ、リュウのことだったな。いや、あいつは本当に強いぞ。サツマの巨人祭りの闘技戦では、2メートル以上のデカい男たちを次々倒して優勝したらしい」
「2メートル以上?でも、そいつらどうせ素人だろ」
「それが決勝戦の相手はプロのキックボクサーで『黄金の斧』と異名をとるサコウだった。その闘技戦で二連覇していたが、初出場のリュウにノックアウトで負けたんだ」
「え!あのサコウが?タイトル挑戦も近いと評価が高いヤツだろ?ならリュウも相当なんだな」
「なんせデビュー戦も虎拳の看板選手、虎之助の代わりにいきなりメインだったしな。トウドウ・タカトラ相手に初試合とは思えない堂々とした闘いっぷりだった。今日も優勝するんじゃないか」
「うおっ!このイカ焼き、すげえプリプリしててうめえ!!」
またも男の声が響いた。今度はイカ焼きを食っているらしい。
(またか。うるさいやつだな)
「呼子のイカなんだから美味いに決まってるだろう…じゃなくて、バトルロイヤルの話だったな。他はどんな選手が出るんだ?キクチ・シンヤとサナダ・アキラは出るか?」
「キクチはエリミネーションの相撲体型部門に出るが、サナダは出ないらしい」
「サナダは時々しか闘わない社会人レスラーだもんな。渋くて俺は結構好きなんだが」
「虎拳からはリュウの他にカワバタ・ケイイチとキフネ・ユージのお笑いプロレスコンビが出るな」
「ああ、あの尻出しの…」
「この尻出しライスってやつ、ウマいな!!甘辛いタレのかかった肉が特にいいぜ!」
「お客さん、お尻のライスじゃなくてシシリアン・ライスですって」
男の声に続いて屋台店主の声も響いた。
(何なんだ。静かに食えないのか)
「…からつバーガーにイカ焼きに今度はシシリアン・ライスか。あいつどんだけ屋台飯食ってんだ?」
「しかも大盛で食ってるぞ。さっきもイカ焼き3本手に持ってたのに、もう食い終わってる」
食いしん坊の男のことがどうも気になった。
「…どんなヤツか顔見てみるか」
全員で男がいる屋台前に近寄っていくと、
「あ。やっぱりここに居った~」
という別の男の声が背後、というより頭上から聞えた。
思わず振り仰いで見ると、2メートルを超す大柄な、しかし優しさにあふれた男の笑顔があった。
「リュウ、もう集合時間やで。早よ食べや!」
(え?このでかい男は…たしか虎拳のマスコットキャラの…)
(──リュウ?リュウって虎拳の?じゃあこの食いしん坊が…!?)
「ごっそうさんでした!ウマかったー!」
屋台店主に手を合わせて礼を言った男がこちらを振り返った。
「…リュウだ!!!」
プロレスファンの男たちは慌てふためきだしたが、それにはいっさい頓着せずに飯粒をいっぱい付けた笑顔でリュウは言った。
「シュウ、唐津ってウマいもんが多いぜ!いやぁメシがうまいところはいいところだ!」
リュウが出場するバトルロイヤルは総勢10名のレスラーがリング内で「自分以外はすべて敵」として闘う勝ち抜き戦である。
相手をフォールし3カウントを奪う他、ギブアップまたは失神させた場合はテクニカルノックアウト、さらにリングの外に落としても勝ちになるというルールであった。
最後までリングに残った選手が優勝者となり賞金30万円が贈られる。また、2位と3位の選手にもヒゼンの特産品が贈られることになっていた。
リング上にずらりと選手が並ぶと、所属団体と選手名がアナウンスされた。
虎拳はケイイチとユージ、そしてリュウ。次に「肥後もっこす」の“荒くれコンビ”テッペイとハルカタ、新人ではイワオという選手も参加していた。
そして地元ヒゼンの団体「GABAいひゅうもん」からはシマ・ギユウとオギノハナ、新人のジュンザとカイジロウが出場する。
(とりあえず手あたり次第、とっつかまえてやっつけりゃいいわけだな)
虎拳の試合に出ていたテッペイとハルカタにまず狙いを付けようとしたリュウだったが、試合開始のゴングが鳴ったと同時に、
「それっ!!」
と全選手がいっせいにリュウに襲い掛かって来た。しかも同門のケイイチとユージまでもが、である。
(なにぃ!?俺を狙い撃ちかよ!)
9人がかりでリュウを捕まえ押し倒すや、そのまま全員が上に折り重なり、リュウの上には人の山が出来上がった。
「ワン!ツー!スリー!」
レフェリーのカウントが入り一番下の選手が負けとされた。観客からは大きな笑い声が起こっている。
上に乗った選手たちはバラバラと離れてゆき、次の相手と闘いだした。
ユージが下敷きになったリュウに、
「リュウ、悪いな!新入りの洗礼ってことだ!」
と笑いながら声を掛けたが、リュウの上に乗っていた最後の選手が身体をどかせた途端、
「──ええっ?!」
と驚愕した。
なんと、押しつぶされていたのはリュウではなくケイイチだった!9人に乗っかられて半失神状態である。
青ざめたユージの背後から、
「よくもやってくれたなぁ、ユージよ?」
と笑いを含んだ声が聞こえた。
「リュウ!?ご、ごめん!許し…」
振り返ったユージの頭に、リュウのジャンピング・ローリングソバットが激しくヒットした!
ユージは吹っ飛ばされて転がりながらリング外へ落ちていき、リュウは笑顔でこう言った。
「ユージ、悪いな。お返しってことだ」
リュウは抑え込まれた際、瞬時に身体を入れ替えてケイイチを身代わりにしていた。
しかもすり抜けた後は一番上に乗っかっていたのである。
観客はリュウの見事な脱出劇と、素知らぬ顔をして頂上に座り込んでいた姿に大いに受け、爆笑していたというわけだった。
他の選手たちも狙い撃ちしたはずのリュウが居ることに気づき、どよめいている。
また裏切り者?のユージへの凄まじい報復を見て戦慄していた。
(こいつに手を出すとヤバい!)
リュウから皆一様に目を反らすや、慌てて手近な選手と闘い出した。そこでひとり残ってしまったのが「GABAいひゅうもん」の新人、18歳のカイジロウだった。
(うわぁ…)
たじろぎ後ろへ下がろうとするカイジロウに、ニヤリと笑いかけながらリュウは近づいた。
さらに腕と首に両手をかけ、カイジロウを引き寄せた。
(ひぃっ!)
身体を硬直させたカイジロウの耳に、リュウはこっそりと囁いた。
(俺より若いな。お前、得意技は何だ?)
(…と、得意とまでは言えませんが…ノーザンライト・スープレックスを特訓中です…)
(よし、それ俺にかけてみろ)
(ええっ!?い、いいんですか?)
(さっさとやれ)
カイジロウは無我夢中で自分の頭を下げてリュウの左腕の下に差し入れ、リュウの両腕ごと抱え込んだ姿勢で後方に投げ落とした。
(おおっ!カイジロウがリュウにノーザンだと?!)
観客も「GABAいひゅうもん」のレスラーたちも驚いたが、カイジロウのブリッジはあっという間に崩れ、駆け付けたレフェリーがカウントを打つ間もなかった。
カイジロウの首を抱え込んでいる腕を効かせて、リュウが瞬時に締め落としていたからである。
一転してレフェリーはリュウのテクニカルノックアウト勝ちを宣言し、カイジロウの介抱をセコンドに指示した。
(なるほど。これが“のーざん”か。さて、次は誰にするかな)
リュウが周りを見渡すと、その時リングに残っていたのは「GABAいひゅうもん」のシマ・ギユウと「肥後もっこす」のテッペイ、新人のイワオの3人だった。
テッペイはリュウの前から逃げ、シマ・ギユウに体当たりして倒すなり関節技に持ち込んだ。
寝技に時間をかけることでリュウとの対決を避けようとしたのである。
一方、イワオは腹を決めたらしく、果敢にもリュウにドロップキックを打って来た。
リュウはこれも受けてやり、倒れたところをイワオがリュウの足を取りに来てスコーピオン・デスロックをかけて来た。
しかしイワオが腰を落として来る寸前に、リュウがプッシュアップから自分の頭を内側へ入れてすり抜けながら、足を思い切り伸ばしてイワオの上体を後ろへ突き倒した!
「うわっ!」
即座にリュウがイワオの足を8の字にとって固め、イワオの身体をスピーディーに反転させるや、腰を落としながら思い切り身体を反らせた。
いわゆる「掟破りの逆サソリ」状態である。
「ぎゃあああっ!!!」
たまらず悲鳴を上げながら“バババーン!”とマットを百叩きする勢いで、新人のイワオは降参の意思をレフェリーに示した。
リュウは技を解きながら青息吐息のイワオに問うた。
「今の技、名前なんて言うんだ?」
「はぁ…は、はろりがらめ…れす…」
(ハロリガラメ?変な名前の技だな)
首をかしげているリュウの背後から、今度はテッペイとシマ・ギユウが結託して飛びかかって来た。
が、察したリュウは瞬時にジャンプして前方のコーナーポストに飛び乗って逃れた。
「ぐえええっ!」
テッペイとギユウに踏んづけられ、哀れなイワオはカエルのような鳴き声を上げた。
「リュウ!逃げるな!」
叫びながらテッペイとギユウはコーナーポストの上に居るリュウに向かって来た。
リュウは二人を飛び越えて回転しながらマットに着地するなり、振り返りざまの胴まわし回転蹴りをテッペイに喰らわせた!
「ぐわっ!」
吹っ飛ばされたテッペイは勢いあまって後ろのギユウ共々倒れ込んだ。
「この野郎!俺を巻き添えにすんじゃねえ!」
怒ったギユウにテッペイはリング下に蹴り出され、リング上にはリュウとギユウだけが残った。
「おいチビ!新人のくせになかなかやるな。俺様の“肉弾GO!”を受けてみろ!」
(肉団子?)
きょとんとするリュウに構わずギユウは腰を低めに、首を肩に埋めるような姿勢でリュウに猛突進してきた。
どうやらアメフトのタックルを狙っているらしい。
しかしリュウは悠然と構え、ギリギリの間合いで内まわしの「かかと落とし」をギユウの脳天に(一応かかとではなく足の裏で)喰らわせ、ギユウをマットに沈めた。
「試合終了!優勝、ヒナリー・リューウー!!!」
かくて勝敗は決した。
観客からの歓声と拍手を受け、上位3選手は表彰式のためリング上に整列させられた。
リュウとテッペイ、そしてギユウもかかと落としの衝撃が重く残る頭を押さえながらなんとか並んだ。
その他の選手たちは皆、リング下から悔しそうに眺めている。
「第3位、肥後もっこすのアラオ・テッペイ!賞品はヒゼン名物の小城羊羹・極上羊羹と昔ながらのシャリ感を楽しめる特製切り羊羹の詰め合わせ!」
(なんだと!?ようかんの詰め合わせだって?)
リュウの目の色が変わり、唇は早くもよだれをこぼしそうになっていた。
「第2位、GABAいひゅうもんのシマ・ギユウ!賞品はこれまたヒゼン名物、江戸時代から受け継がれてきた伝統の松露饅頭と半生菓子の詰め合わせ!」
(しょうろまんじゅう?それに半生菓子だと!よくわからねえがウマそうじゃねえか!)
「優勝!虎拳プロレスリングのヒナリ・リュウ!賞金30万円──!!!」
大歓声の中、賞金を手渡そうとする神主につかみかからんばかりの勢いでリュウは尋ねた。
「なあ!この賞金、ようかんとまんじゅうの賞品と交換してもらえねえか?」
「…は?」
神主は目を丸くして絶句した。
(馬鹿かこいつ?羊羹も松露饅頭もどんだけ高級でも1万円はしないぞ!)
ギユウはそう思って耳を疑ったが、リュウのおやつ好きを知っているテッペイは、
「リュウ!俺の羊羹と賞金、交換してやるぜ!」
と即、声を張り上げた。
「ほんとか!ありがてえ!」
大喜びでテッペイに賞金を渡そうとするリュウにギユウも慌てて、
「待て!俺の松露饅頭と交換しよう!」
と叫んだ。
「おお!まんじゅうもか!ありがとよ!じゃあ二人でこの賞金を分けてくれ!」
そう言うや、リュウは賞金の入った祝儀袋を“ぽいっ”と二人の間に放り投げた。
「うわあああ!」
テッペイとギユウは争って祝儀袋をつかんで引っ張り合った。祝儀袋は破れ、紙幣が空中に乱れ飛んだ。
「うおおおお!金だー!」
リング下に居たユージやケイイチをはじめ負けた選手たちもリングに駆け上がり、ばらまかれた金を取り合って大混乱になった。
観客の大爆笑の中、リュウは両手に羊羹と饅頭の箱を抱え、笑顔で叫んだ。
「シュウ!見てくれ!おやつもらったぞー!!」
苦笑するシュウのもとへ、リュウは大喜びで駆けて行った。
(第七十三話へ続く)
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