「これもよかったら食べて下さい!」
3人前はある大盛りの香ばしい焼き飯を奥さんがリュウとシュウのテーブルに置いた。
「うおっ!こりゃまた美味そうな焼き飯じゃねえか。これも食っていいのか?この匂い、たまらねえ!」
リュウの歓喜の叫びに、取り分け用の皿とレンゲを置きながら奥さんは笑顔で言った。
「大盛りラーメンだけやと絶対足りへんでしょ?特にやっせんぼーのお兄さん、こないに大きいんやし!」
シュウの呼び名がヤゴロウどんからやっせんぼーに変わっていたが、シュウは気にせずに答えた。
「いや、僕よりもこっちのお兄さんのほうが食いしん坊なんですよ〜」
「その通り!背丈はこいつに負けてるが胃袋は俺のほうがはるかにデカい!」
あっという間に空っぽにしたちゃんぽんの丼を「すげえうまかったー!ごっそうさん!」と奥さんに返し「ありがたくいっただきまーす!」と嬉しそうに大盛り焼き飯を取り分けようとするリュウ。
「こちらもどうぞ」
男の子がにこにこしてポテトサラダを差し出したので、リュウは眼をきらきらさせた。
「おっ!そっちも美味そうじゃねえか!」
「ありがとう〜ぼうや、ようお手伝いして偉いなぁ」
シュウが褒めながら受け取ってやった。
「今日は学校のお祭りに行ってたん?」
「はい、小学校で武道大会や太鼓の発表会に参加して、お祭りのバザーも終わってからお母さんと一緒に、晩ご飯食べにここに来ました」
男の子の素直な言葉に、リュウは焼き飯をすくったレンゲを口に入れる寸前で止めた。
「え?…もしかしてこの焼き飯は、あんた達の晩飯だったんじゃねえか?」
「いいんですよ!うちらは何とでもなります!すぐ隣にスーパーの『さんきゅー』もありますから、なんか買うて来てもええねんし」
「さんきゅう。それはおおきに~」
「じゃ、ありがたく…」
シュウがボケをかましてきたので、リュウもつい乗りかけてしまった。
「いやいや!そういうわけにゃいかねえよ!ラーメンも大盛りにしていろいろ具も入れてもらってんのに、これ以上は…」
口ではそう言うものの、リュウの目は焼き飯のほうをチラチラ見て、いかにも食べたそうである。
「いえいえ!おふたりに喜んで食べてもらえるほうがうちらも嬉しいんで、ほんまに気にせんとぜひ食べて下さい!」
「すごくお世話になってるきばい屋さんがお連れ下さった方々ですし、本当はこれでも足りないくらいだと思ってますんで、どうぞ」
奥さんもカントクさんも笑顔で言ってくれた。男の子もにこにこして
「うちのポテトサラダ、すごく美味しいんですよ。どうぞ」
とすすめてくれる。
シュウはリュウと顔を見合わせてうなずき合うと、自分の分の皿とレンゲを男の子の前の席に置いた。
「ほな、ぼうやも一緒に食べよ。そこの席にお座り」
リュウは自分の隣の椅子を引いて座りやすくしながら「ぼうや、名前は何てんだ?」と聞いた。
「タケル」
男の子がはにかみ笑顔で答えるが、まだ恥ずかしがってその椅子に座ろうとはしない。
「じゃあ、俺とタケルのどっちがたくさん食えるか競争しようぜ!いくぞ!」
リュウは焼き飯をひと口食べ、「ん!こりゃあ超ウマいぜ!!」と叫んでからさらに口一杯に頬張り、タケルに見せつけた。
タケルはリュウのふくらんだ頬っぺたを見て大笑いし、やっと椅子に座って負けじと焼き飯を食べ出した。
「おっ、早いな!だがよく噛んで食べないと負けになるからな。しっかり噛んでたくさん食えよ!」
リュウはそう言うとタケルに気づかれないように、自分の食べる速度を落とした。
(子どもが遠慮なんかしちゃいけねえ。腹一杯食えよ)
奥さんがすぐシュウに皿とレンゲを持って来てくれ(ありがとうございます)と小声で言った。
シュウはポテトサラダを食べながら奥さんに笑顔で会釈し、タケルに向かって言った。
「タケルくんの言う通りや。このポテトサラダむっちゃ美味しいわぁ〜。ラーメンとか焼き飯とか、美味しいもん一杯こさえてくれるお父さんとお母さん居ってええなぁ。うらやましいわ」
焼き飯をもりもり食べながら照れ笑いをするタケルに、リュウは
「この超ウマい焼き飯対決はタケルの勝ちだな!次はポテトサラダだ。今度は負けねえぞ!」
と言い、ポテトサラダをどっさりとタケルの皿に取り分けてやってから、自分も口一杯に頬張った。
「んんんん~!!!んもぉ~~ん(うまぁ~~い)!!」
口を閉じたまま唸るように美味しさを表現したリュウに、またもタケルは大笑いした。
その風景をカントクさんはとても嬉しそうに眺めていた。
奥さんも三人のほほえましい様子を喜び、カメラに収めながら温かく見守っていた。
この時撮影された写真が後に何をもたらすかを、奥さんは今知る由もない。
きばい屋の店主が「もうそろそろいいかい?」と遠慮しながら店に入って来たのは、リュウたちがカントクさん夫妻の心づくしの料理をきれいに平らげた直後だった。
「おやじさん、待たせてすまねえ!大盛ラーメンだけじゃなく、超ウマい焼き飯とポテトサラダまでどっさりご馳走になっちまったんだ。神社に戻ってから試合報酬で返すから、悪いがここはおやじさんが立て替えてくんねえか?」
「もちろんだよ!というか、今日はリュウさんの優勝祝いだ。もちろんわしが払うとも」
「優勝?食いしん坊のお兄さん、大食いコンテストかなんかで優勝しはったんですか?」
奥さんの声にきばい屋店主はあわてて、
「あ、いやその、ちょっと別のイベントでな。いやぁカントクさん、ご馳走一杯出してくれて本当にありがとう。これ、取っといてくれ」
と藩札で壱萬圓を出した。
「いけませんよ、きばい屋さん!こちらこそずっとお世話になってるんですから、今日はお金なんて頂けません。しかもこんなに」
カントクさんはびっくりしてお金を返そうとしたが、きばい屋店主はカントクさんの手を抑えて小声で言った。
「いやいや、実はまた明日にでも改めて話すけど頼みがあるんだよ。それもあってここは黙って受け取ってくれないか」
きばい屋店主は特にシュウについての口止めを頼みたかったが、今は詳しく説明している時間もないので、とにかくお金を受け取ってもらって店を出ることにした。
「カントクさん、奥さん、それにタケル!すっげえ美味いメシを食わせてもらって本当にありがとうな!また今度はちゃんと財布もって食いに来るからよろしくな!」
「ほんまに美味しかったです。ご馳走様でした!皆さんおおきに。また来さしてもらいますんで」
リュウとシュウの言葉にカントクさん夫妻も笑顔で応えた。
「こちらこそありがとうございました!ぜひまたおいで下さい」
「待ってますよってに!きばい屋さんとこで食べんと、うっとこ来て下さいね!」
奥さんの冗談に「いやぁ奥さんにはかなわんよ!いつもこの調子でやられてるんだ」と、きばい屋店主も大笑いした。
「しゃべる速さは機関銃だし、面白いお母さんで楽しいな!タケル、いっぱい食べて大きくなれよ。じゃあまたな!」
「ありがとうございました!」
可愛い笑顔でぺこりと頭を下げるタケルの姿に(りっぱな子ども店長だ)とリュウは感心しながら笑って手を振り、扉を閉めた。
トラックの荷台に乗ろうとすると「リュウ、あんな」とシュウが声をかけてきた。
「僕おなか一杯やから手足伸ばして寝たいねん。悪いけどリュウは助手席に乗ってくれへん?人目に付いたらあかんのは僕だけで、リュウは別にええんやし。頼むわ」
「あ?ああ、いいぜ。でも俺だけ椅子に座らせてもらって悪いな」
「ええねんええねん。せやけど上半身裸やと通行人が見たら不審者と思うかもやから、これ着とき」
シュウは自分の浴衣を脱いでリュウに着せかけてやった。
大きな浴衣はリュウにはぶかぶかで裾は引きずるほど余ったが、助手席に座れば外から見えるのは胸元くらいなので問題はなかった。
「ありがとよ。でも、シュウが寒いだろ?」
シュウは荷台でビニールシートにくるまって寝ころび、
「僕はこのシート着てるから大丈夫や。ああ~温っ」
と笑って見せてから、頭まですっぽりとシートをかぶった。
トラックが走り出すと、きばい屋店主が言った。
「あのヤゴロウどんだったシュウさんて、気遣いができる優しい人だなぁ」
「あぁ、本当に優しくていいやつなんだ!俺にお茶を何杯も注いでくれたり、さっきもタケルにすごく優しかったな」
「今だって、リュウさんがわしといろいろ話がしたいだろと思って、助手席に座らせたんだろうな」
「え!そうだったのか?俺、全然気づかなかった…」
「相手に気づかせないようにできるってところがまた偉いんだよ。神様が依る人ってのは、やっぱり心がきれいなんだなって思ったよ」
(本当にそうだな。わざとらしいとこや恩着せがましいとこがなく、シュウは純粋に優しいんだ)
殺し合いの闘いをした相手にもかかわらず、すでにリュウはシュウに強い好意を抱いていた。
「で、仮社での話の続きだが、何から答えたらいいかな」
「おやじさん、その前に教えてくれ。さっきの美味い店の名前はなんて読むんだ?」
「カントクさんの店の名前は『ら~めん行進曲まるまる』だよ。変わった名前だと思うだろうが、あれはカントクさんと奥さんが居た劇団の名前『劇団まるまる行進曲』から名付けたそうだ」
「カントクさんだけじゃなく奥さんも役者やってたのか!あの早口は単にカンサイ人ってだけじゃなく、役者だからこその台詞まわしの上手さでもあるんだな」
「奥さんの親御さんはサツマ人だが、あのひと自身はナニワ育ちでな。東のミヤコで役者修行中にカントクさんと出会ったそうだ。劇団はだいぶ前に解散したらしいが、カントクさん夫婦はその仲間たちとの絆をずっと大切にしている。店名もそうだし、遠い東のミヤコからも仲間がはるばる食べに来ることもあるんだよ」
「昔の仲間がそうしたくなるほどすごくいい人ってのはよくわかるぜ。それに料理の味もなんていうか優しくて、誠実な感じがしたなあ」
(俺には家庭の味ってのはわからねえけど、親が愛情込めて作ってくれる料理ってのは、きっとああいう味なんだろうな)
リュウはそんなことを思って黙り込んだが、きばい屋店主は何も気づかずに話を続けた。
「そうだな。上手な料理人に時々あるような尖ったところがない。謙虚で真面目な人柄が味にそのまま出てるな。カントクさんは昔中華料理店で働いてたこともあって、特に炒め方が上手いんだよな。わしも見習いたいくらいだ」
「炒め方…あ!そういや、おやじさんの弁当食べて思ったんだが、調理の仕方かなんか変えたのか?すごく美味かったけど、店で食べた時とちょっと違ってねえか?」
「リュウさん、さすがだな!あれは実はな、わしの息子と一緒に作った弁当なんだよ」
「ええ?!おやじさんの息子?あの、生き別れて行方知れずになってたっていう息子さんか?」
(第二十三話へ続く)
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