竜浪道 ~リュウロード~

めっぽう強いが小さな男リュウの格闘旅物語
日向 真詞
日向 真詞

第五十三話 最後にひとつ

公開日時: 2022年11月19日(土) 01:45
更新日時: 2022年11月19日(土) 19:35
文字数:5,000

「へえ──!ここはちゃんと観客席まで付いてるんだな!階段みたいになっててこりゃあ観やすいな!」


 リュウは感心しながら体育館のなかを見渡した。 


 虎拳プロレスが次の試合で使う元・八十姫やそひめ高校体育館はカントウの格闘技の聖地である後楽園ホールに模した設計となっていた。


 南側は劇場の客席のような固定席で階段状になっており、またその他の北・東・西も可動式のひな壇席なのでどの席からもリング上が見やすい。リングサイド席は段差は無いもののリングに近いゆえの迫力が楽しめる。


 現在は廃校だが、八十姫やそひめ高校はスポーツが盛んな私立校で運動場が広く、屋内競技用の施設もまた充実していた。

 買収された敷地内にあった施設はすでに解体されてしまっていたが、売れ残っている敷地にあるこの体育館はボクシング部のために作られたようなもので、プロデビュー時にも慣れた感覚で闘いやすいようにと、後楽園ホールの雰囲気を取り入れて作られたのだった。


「場外乱闘も階段をどんどん登って行けるから面白そうだな」

「南側はいいけどその他は足場が狭いから、転げ落ちないようにしなきゃ」

「シンヤは太いからそこは入って行けないだろ」


 シンヤ、ケイイチ、ユージたちも楽しそうに、ここで試合をする時のシチュエーションを考えて笑っていた。


「このフロアだけじゃなく、いざとなれば2階の通路にも立ち見を入れることができるから、かなり収容人数は見込めるね。さっき確認したら3分の1までチケット売れてたんで、このままいけば満席も夢じゃないかもだな」


 ジンマが嬉しそうに言った。


(こんなにチケットが売れる日が来るなんて…夢のようだな)


 虎拳プロレスの看板スター・虎之助はルックスも性格もさわやかな好青年で、スタイルもいいし各種スープレックスを華麗に使いこなすレスラーだった。

 また対戦相手の技をしっかり受けて見せ、相手の良さを引き出しながら自らも光らせる「うまい試合」を作れるので、老若男女問わず好感を持たれていた。


 しかし、他のシンヤやケイイチ、ユージには強いインパクトや華は無かったので、どうしても集客に関しては難しいものがあった。

 そこへケガで虎之助が欠場となり、はっきりいって「虎拳プロレスで客を多く呼べるレスラーは居ない」状態となっていたのである。


 しかし玉名の祭りでリュウが鮮烈なデビューを飾り、試合を撮影していた地元インターネットTVがくり返し配信したのと、現地観戦客もSNSなどでリュウの動画を投稿したためどんどんチケットが売れている。虎拳始まって以来の事態にてんてこ舞いとなりながら、ジンマの心は弾みまくっていた。


「じゃあ、寮にする校舎の方を案内するね!1階は事務所とグッズ倉庫、厨房と社員食堂兼サロンを予定してる。2階と3階を寮として使うんだけど、各教室を半分に可動式間仕切り壁で分けて2人で使う。トイレと手洗い場は各階にあるから」


 元教室の内装には木材を使っているので、温かみのある落ち着いた雰囲気である。リュウは嬉しそうな顔で木の壁を手で触れた。


「ここなら居心地がいいな。カワカミさんの神社もいいけど、こっちに移るか」


「リュウ、そのことやけどな。さっきジンマさんから聞いてんけど…」


「なんだ?」


「ここの学校な、なんか自殺した女学生の幽霊が出る言う噂があるねんて。リュウ、こわないか?」


「…え。ゆうれい…が…出る…?」


 リュウの顔は見る見る青ざめ、ガタガタと身体を震わせはじめた。


「怖ないか、って…怖いに決まってんだろ───!!!やだやだやだ!俺はここにゃ住まねえぞ!」






「と、いうわけなんで…すんませんけどリュウと僕は神社にそのまま居らしてもらいますわ」


 事務所になる予定の場所でシュウはジンマに事情を説明していた。


「リュウさんて幽霊とか信じるんだ?夜トイレに行けなくなるくらい怖がるって…意外だなあ」


「まぁ、この先どうしてもここに泊まらなあかんこともあると思うんで、その教室だけは間仕切りせんと僕と二人で寝泊まりさせて下さい。夜のトイレも僕が一緒について行きますわ」


「なんだかシュウさん、小さい子を持ったお父さんみたいだね」


 ジンマが笑いながら言った。


「あ、そうだ!いっそ禰宜ねぎのカワカミさんにおはらいしてもらったらどうかな?そしたら幽霊も成仏するかも…あ、成仏ってなると仏教のお寺でお祓いしなきゃいけないのかな」


「どないですやろ。自殺しはったいう女子高校生が仏教徒やったんかどうかわからへんし。カワカミさんの神社は八幡神社なんで、神仏習合の要素はありますけど」


「八幡神は阿弥陀如来の化身、八幡大菩薩でもあるって考えだよね。ヤゴロウどんもヤゴロウ大菩薩になるのかな?とにかくリュウさんが安心できるようお祓いしてもらえるとありがたいな。マスコミ取材も増えてきっと気疲れするだろうから、リュウさんの精神が不安定になる要素はできるだけなくしたいんだ」


「マスコミ取材…リュウ、ちゃんと喋れるんやろか。また『お腹空いた』とか言いそうで心配や」


 シュウが笑いながら言うと、ジンマも笑って「リュウさん絶対言うよね!」と返した。


「あの時はまいったなぁと思ったけど、でも本来プロレスラーは口下手でも良かったんだよ。今は勝っても負けてもマイクパフォーマンスするのが普通みたいになってるけど、大昔、新格闘王と言われたマエダだって『ごちゃごちゃ言わんと誰が一番強いか決めたらええんや!』って言ってたしね。だからリュウさんはリングの上で強さを示してくれたら、他は不器用でもそれがまた魅力になるよ。すでに天然キャラで評判だし」


 噂をすれば何とやら。そこへリュウがやって来た。


「おいシュウ、あ、ジンマもここにいたのか。なぁ、なんか食うもんないか?俺腹減って」


 シュウとジンマが顔を見合わせて噴き出した。


「ほら、やっぱり言うた」


「絶対言うと思ってた!」


「…?なんで二人とも笑ってんだ?」






「幽霊のお祓いですか。うーん…うちではやったことないですけど…」


 神社に戻ってから、シュウはカワカミにお祓いの相談をしてみた。


「まぁやるとするならばその場所のお清めと、今後災いや事故などが無いようお祈りする、その上で亡くなられた方の魂をお慰めするということになるでしょうね」


「ああ、なるほど。その幽霊の娘さんにしてみたら死なざるを得ないほどつらい目にあって、死んでもまだその場所に魂が残ってしもて…ずっとつらいままなんかもしれへんね。そら慰めてあげんと」


「お祓いは神様に祈ってけがれを清め、災厄を取り除くことですからね。『追い払う=おはらい』ではないんですが、そこを勘違いしている人も居られます。そうではなく、亡くなった方の苦しみを取り除いて差し上げられたら、という主旨のお祓いですね」


「幽霊に『出て行け』みたいな扱いするんは可哀そうやもんなぁ。『どうか楽になって下さい』ていう祈りやね」


「なぁ、まだ怖い話してるのか?」


 両耳を手で塞いで身体を縮こませていたリュウが二人に向かって言った。


 怖がっているリュウの姿を見て笑いそうになりながら、シュウが両手で大きな丸を作って(もうええで)と示した。それを見てリュウは耳を塞いだ手を外したが、


「私としてはお二人が神社に残って下さる方が嬉しいですけど。団体の都合を考えたら元高校の寮へ行った方がいいでしょうねえ」


ついカワカミが話を続けてしまった。


わ!怖い話まだ続いてんのかよ!俺は絶対嫌だぞ!幽霊が出るとこで寝泊まりするなんて!」


「もう話自体は終わってるて。大丈夫や。もしも寮に泊まらなあかんようになっても僕が夜トイレに付き添ったげるから怖ないて」


「いっそおむつして寝るとかどうです?」


 カワカミが面白がって言うと、リュウは顔を真っ赤にして言い返した。


「冗談じゃねえ!赤ん坊じゃあるまいし!」


 (もう寝小便なんかしねえぞ)


 実はリュウは小学生になってもおねしょをしていた過去があるが、さすがにそのことは恥ずかしくて言えなかった。





 その数日後、お祓いの儀式は挙行された。


 今後この場所でプロレス団体を運営してゆくにあたり、選手たちの「身体の安全」災いを祓い退け幸福を招く「除災招福」また団体の繁栄、事業の成功を祈る「企業隆昌」。

 そしてひそやかではあるが亡くなった女子高生の魂を慰撫する祈りを込めたお祓いをカワカミが執り行うこととなった。


 虎拳プロレス及び関係者一同の並ぶ前に現れたカワカミは、いつものロン毛を烏帽子の中に収めてすっきりさせた狩衣姿であった。


(普段はミュージシャンみたいだけど、こうしてみるとやっぱり神官だったんだ)


とリュウが見直すほどの威風堂々とした佇まいだった。


 それでいてカワカミの祝詞を奏上する声は、まるで音楽を聴いているかのような心地良いリズムがあった。


(ご先祖様の魂はしっかりカワカミさんにうけつがれてるんだな )




 お祓いの儀式を終えたカワカミは烏帽子をはずして髪をいつものように下ろし、狩衣姿はそのままにギターを持ち出してきた。


「ちょっとつきあってもらえますか」


 リュウとシュウを誘い、校舎の屋上に登っていった。そして隣接する体育館を見下ろす位置でギターを弾きだし、優しい声で歌いだしたのである。


 初めて聴いたカワカミのギターの音色はとても透明感があって、哀しくそして優しかった。ロシアの伝統楽器バラライカのような哀愁を帯びた音色を、その繊細な指使いで表現していた。


♪Thinking of my friend's face, I'll sing like a little bird.


“This is the last time”…“This is the last time”…“This is the last time”…♪





 歌い終えるとカワカミはリュウとシュウの方を振り向いて言った。


「これが私なりの慰霊です。彼女の魂が安らかに神様のもとへ行けることを願いながら歌いました」


「…おおきに。ありがとうございますカワカミさん。きっと祈りは届くと思いますわ。優しい曲でしたもん」


「俺もそう思う。…なんかうまく言えねえけど…音楽ってすげえな。これもご先祖様の曲なのか?」


「はい。『最後にひとつ』という曲です」


「最後にひとつ、か…」


(おふくろの最後の願い、たったひとつの願いは父親が俺に会いに来てくれることだった。俺にとっちゃ最低の父親だけど、おふくろはあいつの言葉だけひたすら信じてずっと待ってたんだよなぁ…)

 リュウはなぜか、自分の母のことを思い浮かべていた。

 カワカミの音楽はリュウの心にも慰めを届けてくれたようだった。





「カワカミさん、今日は本当にありがとうございました!これで安心して道場を開けるし興行もできます。これ初穂料です。どうぞお納め下さい」


 ジンマが頭を下げながら祈祷の謝礼である初穂料の入った封筒を差し出した。


「こちらこそありがとうございます。ジンマさん、実はお願いがあります」


「えっ?なんでしょう?」


「リュウさんのグッズを、うちの神社でも販売させて頂けませんか?」


「なに?俺の?」


 リュウも驚いた。


「駐車場の映像がネットで流れて以来、リュウさんのファンの方がたくさんうちの神社に来られるんですが、リュウさんにそうそう会えるわけじゃないので…虎拳で作っているリュウさんのグッズを神社でも取り扱えば、せめてお土産にして頂けるかなと思いまして」


「それはありがたい!こっちからぜひお願いしたいくらいです!リュウさんのグッズは売り切れになったんで今あわてて追加発注してるとこです。出来上がり次第神社へお届けしますね」


「じゃあ、神社で売れた分のグッズ販売手当ては全部カワカミさんがもらってくれ」


 リュウの申し出に今度はカワカミが驚いた。


「ええ!?いや、それは申し訳ないですよ!」


「いや、ヒゴに来てからずっと居候で世話かけっ放しなんだから、こっちこそ申し訳ねえ」


「世話も何も、リュウさんもシュウさんも自分のことは全部自分でなさってますし、もとより私からお願いして居てもらってるのに」


 どちらも譲らない二人に、シュウが笑顔で声を掛けた。


「ほな、その販売手当ては神社への賽銭さいせんいうことにしたらどないですやろ?」


「えっ」


 リュウは思い出した。サツマのヤゴロウどん神社でもこれと同じ状況があり、老婆巫女が


「ではそのお金、わが神社への御賽銭として頂きましょう」


と申し出たのを。


「わははは!そいつはいい!おネエちゃんが喜ぶ。じゃ、そういうことで!」


(第五十四話へ続く)

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