「ガチの勝負?俺とお前が、今ここで?」
「そうだ!」
勇んで近づこうとするトウドウだったが、リュウは首をかしげて真顔でこう言った。
「なんで?」
とぼけたようにも思えるリュウの反応に、トウドウは苛立った声で言った。
「虎之助が出られなくなった祭りの試合だ!あいつの代わりにお前がメインを張るんだろうが!」
「ああ、たしかジンマがそんなこと言ってたな。それが今からのガチ勝負と、どんな関係があるんだ?」
「もともと俺がその試合に出るはずだったんだから、虎之助の代わりにお前と俺がメイン試合で闘えばいいだろ、って俺はジンマに言った!」
「──たしかに筋は通ってるな。それで?」
納得するリュウに一層苛立ちながら、
「そうしたらジンマのヤツ、『そんな試合は無理だ。勝負にもなりゃしない』って言いやがった…!」
と悔し気に声を震わせたトウドウだったが、リュウはあっさりと言った。
「そりゃそうだろうなあ」
「何だと!」
「だってプロレスど素人の俺と、虎之助とメイン試合張れるお前…いや、トウドウさんとじゃ、俺が絶対うまくやれねえに決まってる」
トウドウは(何言ってんだこいつは?)という顔をしたが、リュウは自信なさそうに続けた。
「ジンマが言った通り、お客さんをハラハラドキドキさせて気持ちを盛り上げて、最後はスカッと気持ち良くさせるような、まともなプロレスの勝負にはならねえだろ。だから俺には無理だって」
(リュウ、そうやないって)
シュウは運転席で頭を抱えていた。
(ジンマさんが言うたんはきっと、リュウの方が強すぎるから勝負にならんてことやがな…)
シュウの心のつぶやきに気づきもせず、リュウは続けた。
「だから俺じゃなくてトウドウ、さんと俺を指導してくれてるベテランのシンヤがメインでやるのはどうだ?ど素人の俺はレフェリーのジンマに試合中いろいろ教えてもらいながら別の誰かと…」
「ふざけんな!俺を馬鹿にすんのもいい加減にしろ!!」
トウドウは怒り心頭でリュウにつかみかからんばかりに寄って来た。
(ありゃ?俺、また失礼なこと言っちまったか?)
「俺がシンヤとやるだと?!メイン張る虎之助と抗争繰り広げてた俺が、なんで格下のシンヤとやらなきゃいけないんだ!」
(あ?シンヤは格下になるのか…?!)
思い起こせば、シンヤが映っている試合の動画をジンマが「中堅クラス」だと言っていた。
(プロレスの世界は対戦相手決めるのも格があっていろいろ難しいんだな…まずいこと言っちまった)
「ジンマもお前も俺のことを馬鹿にしやがって!今ここでお前を叩きのめして、俺のほうが強いってことをジンマにわからせてやる!」
トウドウはリュウの胸ぐらを右手でつかんで引き寄せたが、リュウは冷静に言った。
「今日は酒飲んでねえんだな。この間は酒臭かったが」
(!?)
「じゃあ安心してやれるな」
リュウはそう言うやいなや、自分の右肘をトウドウの右腕の関節に鋭く落とし、胸ぐらからはずした。
さらにトウドウの右腕を絡めながらはね上げ、その脇の下から首の左側へ自分の右手を差し込み、勢いよく地面に押し倒した。ほんの一瞬のことだった。
「うっ…!?」
神社駐車場に玉砂利の音を響かせながら転がされたトウドウに、リュウは笑顔で言った。
「ガチの勝負、これで終わりか?」
「冗談じゃねえ!これからだ!」
怒りと共にはね上がるように起きたトウドウは、いきなり右のミドルキックを出して来た。
飛び退って避けたリュウだが、トウドウは続けて左のロー、右のハイキックを出しながら押して来た。
その蹴りを捌きながら(こいつ、打撃系が得意なのか)とリュウは嬉しくなっていた。
それとともに(だったら胸ぐらつかむより、最初から突きでも蹴りでも出しゃいいのに)という笑いが顔に出てしまった。
「何を笑ってやがる!」
「すまねえ。つい楽しくてな」
言うなり、リュウの速い左まわし蹴りがトウドウの右あごをかすった。
ほんの少し触れただけなのにトウドウの首はがくんと揺れ、目線がぶれた。
次の瞬間、リュウのローリング・ソバットがトウドウのみぞおちに喰い込んだ!
「ぐぅっ!」
身体をくの字に折り曲げたトウドウだったが、右手で腹部を抑えながらも即左のフックを打ってきた。
これはリュウのレバーにヒットし、さすがにリュウも下がって間を取った。
(これは…)
(なるほど…)
ふたりとも何かに気づいたような顔をし、あらためて間合いを詰めた。
トウドウは左右のパンチを打ってくるがリュウがガードで反らし、同時に自分の右足を引き付けて前蹴りを出す素振りを見せた。
瞬時にトウドウがみぞおちを守るべく腕を固めると、リュウはその体勢から即座に蹴り足を内まわしに回転させ、かかと落としを狙ってきた!
(!)
トウドウは自ら左に倒れ込み、かかと落としを避けた。リュウはニヤリと笑って後追いはせず、トウドウが立ち上がるのを待った。
体勢を整えたトウドウの顔にも笑みが浮かんでいる。
ふたりは距離を取りながらも、次は何を仕掛けてやろうかと相手を見据えた。
そこにクラクションが響いた。
車のライトが近づき、停まった車からジンマが飛び出して来た。
「トウドウ!なんてことをしてくれるんだ!リュウさん、大丈夫?!」
「あ、ジンマ。今日は撮影の時、八つ当たりしてごめんな」
「え?…いや、そんなことより、ケガはない?」
「ああ、レバーに一発喰らったが大丈夫だ。トウドウもみぞおち一発だから大丈夫だろ?」
「…その前にあごにも喰らったから二発だ」
「あれはかすっただけだろ?」
「充分効くの分かっててやったくせに」
まるで仲間同士の会話のように声を掛け合っているリュウとトウドウであった。
「ふたりとも、何楽しそうに言ってんの!」
驚きながらもジンマは怒りの声を上げた。
「トウドウ!これ以上うちの選手にケガさせたら本当に訴えるよ!」
ジンマからの抗議にトウドウは見向きもせず、リュウへ声を掛けて来た。
「うちの選手?お前、もう虎拳プロレスと契約が済んだのか?」
「いや、契約書作ってもらってるとこだから、まだだ」
リュウが答えると「じゃあまだ、何やっても問題ないな」とトウドウは再び身構えた。
それに合わせるかのようにリュウも身構えたが、そこへ呆れた声が響いた。
「おいおい君達、書面じゃなく口頭だけでも契約は成立するんだよ」
そう言いながらふたりの前に現れたのは、弁護士のレンだった。
「あれ、レンも来てたのか?」
驚くリュウの構えた腕を下ろさせながら、
「デビュー戦を控えてるのに、身体を危険にさらすのはプロ意識が足りないな」
そうレンは言った。また、トウドウに対しても
「トウドウ君、君もリュウと今ここで闘わなくても、お互いにとってメリットがある形で対戦した方がいいんじゃないか」
と興味を引いた。
「なんだと?対戦だって?」
トウドウが喰いついた。
「ちょっとレンさん!何を…」
ジンマがあわてて割って入ろうとした時、リュウがジンマに向かって言った。
「なあジンマ!今度の試合、俺とトウドウでやらせてくれないか!?」
「ええっ?!」
驚くジンマにトウドウも言った。
「俺からも頼む!ジンマ、こいつとやりたい!やらせて欲しい!」
頭を下げるトウドウの肩を抱き、リュウは目を輝かせて叫んだ。
「俺もだ!トウドウとやりたい!プロレスであろうとなかろうと、とにかくこいつと思い切り闘いてえんだ!頼むよ!」
「…では、藤堂高虎選手は改めて契約における物販販売業務及び会場設営ならびに撤去に必ず参加すること。また、あらかじめ試合の進行上約束された行為以上の傷害行為に及ばぬこと。これらを厳守することと引き換えに、今月末に予定されている試合に飛成竜選手の対戦相手として出場できるものとする。…というわけでいいかな?」
レンの問いかけにトウドウは神妙な顔つきでうなずいた。
「ああ、約束する」
「よっしゃあ!これで決まりだな!」
喜ぶリュウの顔を見て、ジンマはためいきをついた。
「そんな残念そうな顔すんなよ、ジンマ」
リュウがジンマの顔を覗きこんで言った。
「リュウさんがやりたいって言うんだから仕方ないけど…あ~あ」
「あ、もしかして誰か他に、もう決まってた対戦相手がいたのか?」
「…候補はいたけどさ、相手側はリュウさんの凄さを知らないから、今から売り出しする選手だって言ってもジョバーを引き受けたがらないんだよ」
「じょばあ?」
「あ、ジョブ=仕事、をする人…つまり負け役だよ。トウドウも虎之助相手の段階ではジョバー前提だったけど、実際リュウさんとの試合始まったらどうなることか…また暴走するんじゃないか…」
「心配すんなって。俺とあいつは手が合うから、きっと観る側も満足する試合になるって!」
「…そういうの、プロレス流に言うと“スイングする”って言うんだけど…まあいいや、決まった以上、俺はせっせとプロモに励むよ」
(ぷろも?なんだかわかんねえけど、ジンマも納得してくれたからいいか!)
「お仕事の話は一段落したん?ほな、みんなで晩御飯にしまっせ~」
シュウがそう言って、大皿料理を運んできた。駐車場での騒動後、神社にそのまま皆で移動して契約の打ち合わせとなったのだ。
「晩御飯と言ってもお弁当と同じメニューですみません!昼にいっぱい作りすぎちゃったもんで…」
カワカミも笑いながら料理を運んできた。
「いやいや、お弁当すっごく美味しかったから!うちの選手やカメラマンも喜んでたよ!」
ジンマはそう言い、食器を並べるのを手伝った。リュウは酒を持ってトウドウのところへ行った。
「ほれ、酒飲めよ。好きなんだろ?」
トウドウは「ありがとう」と頭を下げた。
「でも、大事な試合が決まったから飲むのはやめておくよ。…この間は契約解除の書類が届いたから、ヤケ酒だったんだ。酔った勢いでジンマを探して馬刺し屋まで押しかけて…迷惑かけてすまなかった」
神妙な態度のトウドウにちょっと驚いたリュウだったが、
「いや、俺も馬刺しのことでカッとなって、手荒なことして悪かったな。じゃあ飯食おうぜ。この料理、シュウとカワカミさんが作ってくれたんだ。すげえウマいぞ」
と料理を薦めた。ふたり並んで食べ始めると、トウドウが話しかけて来た。
「…リュウは空手をやってたのか?かかと落としを出して来てたな」
「いや、俺は特別武道はやってないんだが、兄貴が空手道場をはじめ、いろんなとこに道場破りするのが趣味っていう困ったヤツでな。そこで会得した技を俺にかけては楽しむひどいヤツなんだ。俺はそうやって技を身体で覚えて来たから、正直どの技が何の技か、よく知らねえんだ」
凄まじい話だが、楽しそうに言うリュウにトウドウは目を丸くしていた。
「トウドウも空手やってたのか?蹴りの足の出し方が俺と似てたな。でもあの左フックは空手の突きって言うより、ボクシングか?俺の蹴りの直後だったからちょっと弱くて助かったが、いいレバーだったな」
「たしかにボクシングもやってたが…馬刺し屋でリュウの掌底喰らった時のほうが凄かった。手加減しててこれかよ、って正直びびったよ」
「酒に酔ってるのがわかったから、普通にやると危ないと思ってな」
「あれからお前と素面でとことんやり合いたいって気持ちが強くなってきた。それで今日、事務所で弁護士と打ち合わせしてたジンマに迫ったんだが断られて…じゃあお前に直談判だって言ってこっちに来たんだが、ああだこうだと理屈をつけたが、要は俺はお前と闘いたかっただけなんだ」
「俺もだ。今日お前とちょっとだがやり合えてそう思った!試合で闘えるのが決まって嬉しいぜ。…でも後2週間もあるのか。やっぱりさっき最後までやっちまえばよかったな!」
「もし最後までやってたら、今頃俺はジンマに殺されてるぞ」
トウドウとリュウはまるで旧知の友のように大笑いしていた。
そんなふたりを向こうに眺めながら、ジンマは少し羨ましそうな顔をしていた。
「ジンマさんもリュウと闘いたいと思ってるんですか?」
レンが声を掛けて来た。
「いやぁ…もし身体が健康だったとしても、リュウさんに挑むなんて大それたことはできないよ。俺はただ、あの人をプロレスのリングの上で輝かせたいんだ。サツマの闘技戦で見せたあの強さ、あの凄味、そしてあの人間離れした動きを、虎拳プロレスの舞台で皆に見せたい。…そしてその相手として、早く虎之助を向き合わせたいんだ…」
「竜吟ずれば雲起こり、虎嘯けば風生ず…竜虎相搏ですか。今回は虎之助ではなく高虎ですが、きっとリュウとトウドウの闘いは虎之助さんの復帰時にもプラス要素となりますよ」
「だからトウドウに対戦をけしかけたの?」
「いえ、私は虎拳プロレスにメリットがある道を示しただけです。他団体からデビュー戦の相手として名のある選手を招聘し、向こうに利益を与えるよりも、フリーであり虎拳プロレスに負い目のあるトウドウにやらせたほうがコスト削減になるでしょう。それに相手に花を持たせず、リュウだけを際立たせることができます」
レンは片頬だけに笑みを浮かべた。
「リュウの人気は必ず爆発します。すぐに他団体から頭を下げて対戦を希望してくることでしょう。その際は虎拳プロレスに有利な条件で取引できます。そしてもう策は練ってあるでしょうが」
レンはジンマの目を見て小声で続けた。
「虎之助の仇討ち的なストーリーを組んでリュウを善玉にして、トウドウを悪役として極めさせる。仕込みをしなくてもトウドウがリュウに襲い掛かった証拠は残ってます」
「証拠だって?」
「ええ。上手く交渉すれば馬刺し料亭の防犯カメラ映像を借りれるでしょうし、今日の状況もシュウさんの車に付いてるドライブレコーダーが一部始終を記録しているでしょう。プロモーション映像の材料は揃ってますね。後はジンマさんの腕の見せ所ってことで」
「……!」
「リュウとトウドウの抗争、また他団体の選手との闘いでリュウの人気が高まったところを見計らって、虎之助がケガから復帰してまたメイン選手として返り咲くことになりますが、その際には、リュウを完膚なきまでに叩き潰さないといけませんね」
「えっ…」
レンの美しすぎる顔を、ジンマは背筋が凍るような気持ちで見つめていた。
(第四十一話へ続く)
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