非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

047 ローゼラキスの告白

公開日時: 2021年3月29日(月) 18:00
更新日時: 2022年1月21日(金) 11:45
文字数:3,713


「吸血鬼の王族である私が生き延びていることが、六戸ろくとを狙った人間の組織に知られてしまったのです。ちょうど日本に渡ってきて、一ヶ月ぐらいたった頃でした。まさか吸血鬼の私が狙われるとは思いもよらなかったのですが、ヴァンパイアハンターがヴァンパイアしか殺さないわけではないように、鬼退治専門の人間が真っ当な鬼以外に手を出すのも、さほど不自然ではありません。

 

「彼らに襲われ、手痛い傷を負わされました。油断していたのです。いえ、『侮っていた』と言う方が正しいですね。吸血鬼専門ではない人間に遅れはとらないと、愚かにも自惚れていたのが間違いでした。むしろ一人一人の力、練度で見るなら、島国の人々は凄まじいことを失念していたのです。

 

「圧倒的な数不足を、個人ので覆す。物量で攻めることができないからこそ、技を磨いていく。私は昔、数千人以上のヴァンパイアハンターを相手にしても遅れを取らないほど、腕には自信があったから、おごりに繋がったのでしょう。そんなこと、一騎当千の銀髪の彼女に敵わなかった時に、しっかりと自覚しておくべきでした。

 

「逃げても逃げても、全く追い払えなかったのです。しつこく執念深く、私を殺そうとする彼らに、素朴な疑問がうまれて聞いてみたことがありました。『どうして鬼を退治するの?』と。

 

「彼らは表情も変えずに『鬼は退治されるものだろう』と言いました。

 

「まるで、私たちが血を吸うのと同じように、ただの食事のように言いのけたのです。いえ、それは確かに、ヴァンパイアハンターも一緒ではあります。けどなんといいますか、彼らの心には怨念も恨みも憎しみもなかったのが、恐ろしかったのです。

 

「吸血鬼の悪名は、神楽坂くんも知っていると思います。世間には吸血鬼に人生を狂わされた人もいて、その恨みからヴァンパイアハンターになる人もいれば、お金儲けのために殺し屋気分でする人も。

 

「ただ、それでもやはり何かしらの強い意志があるから、裏の世界に足を踏み入れるのです。意志が保てなければ、たとえ殺し屋になっても、いつかやめてしまうものなのです。狂気を上書きするような、絶大な信念や欲があって、初めて裏稼業に入り込めるものであるはずなのに。

 

「彼らは、鬼退治専門の人間達にはそれがなかったのです。ただの作業のように、当たり前のように、人外を殺せてしまうんです。ヴァンパイアハンターより恐ろしい人たちでした。だって彼らは『虫がいたから殺す』ぐらいの感覚で、『異形がいたら殺す』のですから。

 

「数か月間、彼らに追われ続けて消耗した私がたどり着いたのが、いまは戸牙子が住んでいる、山査子家の裏山でした。あの辺りは、六戸が住み着いてから環境が変化したらしくて、怪異側に寄っている特殊な領域になっていました。どちらかといえば私たち吸血鬼は亜人寄りで、六戸は精霊に近い存在なのですが、『鬼』の部分が共通していることもあって、とても空気の良い環境でした。

 

「ぼろぼろになった体を引きずりながら、ほんの少しだけ休憩していく軽い気持ちでいたのに、あまりの居心地の良さでうたた寝してしまって、起きたら目の前にいたんです。鬼が。

 

「それが、六戸との出会いです。彼は不思議そうにこちらを覗き込んで、私が起きるのをずっと待っていたのです。そんな彼が、油断して寝てしまっていたことを激しく後悔する私をよそに言いました。

 

『血、いる?』

 

「彼は、一目で見抜いてきたのです。私が吸血鬼であることも、瀕死の状態であることも、回復するためには何が必要であることも。けど、本当なら断ってしまって良かったはずなんです。だって私は、もう別に生きていたくないと思っていましたし、人間に追われるようになって、心の休まらない日々を過ごしていて、ならいっそここで死んでしまう方が、楽であることも頭ではわかっていたんですよ。

 

「でも、どうしてでしょうね。六戸にそう言われた瞬間、涙が溢れ出てきたんです。理屈では『死んだ方が楽』とわかっていても、見知らぬ鬼の子にかけられた温情が本当に愛おしくて、切なくて、『死にたくない』って心が揺れてしまったんです。

 

「鬼である六戸は、私の欲している吸血行為が、食事や眷属を作るものではなく、部品の代替である『移植手術』に近いことも、わかっていたうえで、提案してきてくれたのです。……ああ、言い忘れていましたね。その時の私は喉を潰されていて、声が出なかったのです。

 

「生命の、いいえ、吸血鬼の本能として、私が六戸の声帯を奪ってしまうことは自分でもわかっていました。だから、『あなたの体をもらうようなことはできない』と六戸に言えたなら良かったのに、答えられませんでした。

 

「けれど、あの時もし喉を潰されていなかったのなら、私はきっと断っていた。吸血すらせず、放っておいてと言っていたでしょう。逃げ落ち延びた王族の、消えかけの誇りプライドを振りかざして。

 

「だからこの時、ローゼラキス・カルミーラ・ホーソーンは死んだのです。最古の王家は、プライドを捨て去って涙を流しながら、首を縦に振り、命乞いしました。

 

「六戸が喋れないのは、私の罪です。謝りきれない罪で、返しきれない恩です。

 

「彼の首元に食いついて、我を忘れて必死に六戸の血を吸っていたら、いきなり私を肩に担いで、のっしのっしと歩き始めたのです。いえ、正直驚きましたよ? 鬼の血を吸ったのは初体験でしたから当然ですが、首に吸い付いて血を抜かれている最中なのに動けてしまう日本の鬼って、すごいって思いました。

 

「けどなんといいますか、担がれてどこかに連れて行かれることがわかっても、どうにでもなれと思ってました。それこそ、このまま鬼の集落に連れて行かれて、慰みものとして使われてもいい覚悟で。命を救われたことに比べたら、私の純潔なんて惜しくありません。

 

「ですが連れて行かれたのは鬼の集落でも山奥の洞窟でもなく、人間のお屋敷でした。山査子玄六げんろくと山査子六戸の、帰るべき家です。風情のある屋敷の縁側でキセルを吸っていた玄六さんが、私を担いでいる六戸を見て開口一番、なんて言ったと思います?

 

 

『お、六戸、今日はを捨ててきたのか』

 

 

「びっくりどころじゃないですよ、『そんな軽々しく大事なものを捨てているんですか!』と、つっこみたくなりましたよ。いえ、重苦しい話が続いていたから緩急をつけるための冗談とかではなく、事実なんです。最初に玄六さんのことを少し話したのは、この感覚を理解してもらいやすいようになんです……。

 

「だって、六戸は『異形に手を貸す人間』のもとで育てられた鬼の子ですから。玄六さんの影響を受けてないはずがなかったんですね。

 

「六戸に担がれたままの私が手短に自己紹介すると、玄六さんは興味深そうに言いました。

 

『あの大戦争の生き残りか、いい土産話になるじゃねえか。おい、吸血鬼の嬢ちゃん。泊まる場所はあるのか?』

 

「『ない』と、喉を取り戻した私はしっかりと言い切りました。そうしたら玄六さんはにかっと笑って、『じゃ、うちに泊まって行けや』と。そこから数年近く、私は山査子家でお世話になりました。

 

「今まで狙ってきた鬼退治の組織はどうなった、ですか? 六戸の霧の結界がお屋敷から山全体を囲っているので、私が裏山に逃げ込めた時点で安全を得たも同然だったのです。

 

「そうです、狙われなくなりました。むしろ私の存在すらあやふやになりました。六戸の血を吸ったから彼の能力の影響が出てしまって、たまに名前を忘れられたりしましたね。『ロゼ』という愛称も、最初のうちは呼ばれてたんですけど、途中から『おい、お前』とか言われて、それはそれで悪くなかったんですけども……。

 

「い、いえっ、すみません、これは戯言です……。話を戻しますね。私が持つ元々の名前や存在があやふやになるのなら、新しい名前をつけようということになりまして。その時に玄六さんがつけてくれた名前が、山査子さんざしかすみなんです。

 

「六戸の術式は完全に無意識らしいのですが、新しく更新したものなら霧術のかかり方が弱くなる……らしいです。玄六さんはそれをわかっていて、生まれたての六戸を見つけたのかと推測するのですが、今となってはもう聞けませんね……。

 

「はい、ようやくここまで話せました。今がこうなっているということは、山査子家の暮らしは長く続かなかったことはわかるでしょう。

 

「現状に繋がった最後の分岐点を、神楽坂くんにお話しします。そしてこれを聞いてくれたら、私は戸牙子にふさわしくない母親だということがわかると思います。

 

「鬼退治をする、怪異専門の組織に所属するとある男は、諦めていませんでした。私のことも、六戸すらも。

 

「私たちを見つけるためには、あのお屋敷を見つけることも、探すこともせず。私たちの誰かが勝手に引っ掛かるのを待つ手法を、十年近く取り続けていました。

 

「六戸は霧術があって、私も彼の影響がありますから、気付かれません。けれど、その霧に包まれているだけの、人間である玄六さんは? 霧の外に出てしまえば、あの人はただの人間なんです。だから、そこに付けいられました。

 


「私は玄六さんの人生を守るために、自分の娘の人生を殺してしまったんです。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート