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朱綴り。朱色で綴られた門で、字綴りの試練ともいっていい。それは綴ってもらう者が挑まなければならない、自分自身との葛藤である。
ある者は、コンプレックスが再現され、また別の者は恐怖とするものが現れる。
しかし、必ずしも誰もが挑むわけではない。言の葉屋が言織に朱色で言葉を綴ると現れるのだ。
先程、中身を確認していた井上坂は不思議に首をかしげる。
と、いうのも、言織には朱綴りはなかったのだ。
しかし、試練は始まってしまった。
この門の中では、ユウに対する試練が始まっているはず。それが何かは、字綴りをする井上坂すらわからない。
わからないはずだが、天から微かだが声が降ってきた。
――似てない……お兄さんに……
――もとが青い髪……おかしい……
「なんだ? 何が起きている?」
長年、字綴りをしていた井上坂にとっても初めての現象だった。
不快な声はさらに降り注ぎ、その言葉に井上坂も苛立ちを募らせる。
――さっきの怪我がもうない……
――バケモノ……まだ包帯巻いて白々しい……
――あいつだけ違う……
「これは……あの子の試練……? いや、記憶?」
――あの子の周りでだけ、おかしなことが起きるよ
――奇妙な……呪われているのでは?
――恐ろしい……
ユウを否定する声に空を仰いでいると、井上坂の足元からも声が聞こえてきた。
――ボクはただ、こわくないよって言いたいだけなんだ
「!」
石畳の一つが波紋のように揺らぎ、そこから生まれ出た滴が人の形を成す。
水の揺らぎを持ったまま、それはユウの姿となった。
「ボクって、そんなにこわいこと、してる?」
「……」
「おなじことでも、きちんとしていても、ボクがするとみんなはこわがるんだ……ダメだっていうんだ」
ユウは今にも泣きそうな表情だ。締め付けられるものがあるのか、両手で胸を押さえている。
「ちがっても、おなじでも、ボクではダメってみんないうんだ」
「……っ」
井上坂は危うく言葉を発しそうになったのを手で押さえた。
本能が、応えてはいけないと云っている。
恐らくこれはユウの試練だ。
試練である以上、ユウ自身がやらなければならない。
彼が行動をした瞬間、言葉を発した途端、予想もできない事態が起こるだろう。それが何なのかわからない。
だが、今までにない事態が起きている以上、迂闊なことは出来ない。
――あの子は?
朱綴りの門を振り返る。堅く閉じられたままだ。
――どうすればいい? あの子がこちらへ来ないと……
「ボクは、バケモノでしかない」
水のように揺らぐユウが泣き出してしまった。
――化け物
その言葉に、井上坂の心臓が大きく脈打った。
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