「はぁ~い♪
ではでは、お勉強の時間はじまりはじまり~♪」
カミノヨ作戦が発令されてから数日。
須奈媛アスカは、ミサギの屋敷で講義の開始を宣言した。
「今回はお話だけでなく、実践・実益・研究・研修を兼ねたアヤカシ特別講座!
わーいやったね! お得だよ~♪
場所は、ミサギ君の屋敷、特別学習室からお届けしま~す」
直ぐそばを飛んでいるドローンからファンファーレが流れる。
自身の研究の記録も兼ねているのだろう、ドローンはカメラも搭載していて、逐一様子を録画していた。
アスカは、講義の先生としてユウに特別講座を設けたのだ。
個人の部屋とは思えないだだっ広い空間に、大学の講義に使われる椅子と机がずらりと並ぶ。
後方までしっかり声が届くようスピーカーも備えられ、電子黒板がでかでかと教壇とともに鎮座する。
最前列の机に二つ置かれたタブレットが、生徒は二人いるということを示していた。
子供が学ぶ場所としては、無駄に豪華で立派である。
おまけに、学ランに着替えさせられたユウ。付き添いで同席するみっちゃんも、学生服——なぜかセーラ服姿になっていた。
当然、全て木戸が用意したものだ。
「ここまでする必要あるの?」
「ユウ様がお学びになるのであれば、これくらいは当然です」
彼は至極真面目に答えた。
「ああ、申し訳ありません。大切なものを忘れておりました」
そう言って、二人の胸元に『ユウ』『ミシェ子』と書かれた名札を付けた。
「なんやねん、ミシェ子てっ!」
お約束のツッコミを忘れないみっちゃん。
一方、その様子を遠くから見ていたミサギは不貞腐れていた。
ようやく仕事が落ち着き、ユウに魔法士としての指導を始めようとした矢先のこの講義。
アスカに役割をとられてしまった。
「あのねミサギ君。僕ができるのは知識面を教えることだけだから。戦闘技術は最初から君にお願いするつもりだから。ほら、適材適所、ね!」
アスカが周りをチョロチョロしながら宥めているものの、彼の機嫌がなおることはなく、
「知らないよ。仕事入ったし、行ってくる」
ぷいっと出かけてしまった。
「あの、ミサギさ――」
ユウは慌てて追いかけたが、閉められた扉を開くと、そこにはもう誰もいなかった。
残り散った花びらを見て、木戸の能力で扉の向こうへ行ってしまったのだと知る。
アスカがポンと肩に手を置く。
「君が気にする必要ないよ。あれはいつもの事なんだから」
「だけど……」
「せやせや。なんだったら、帰ってきたときに『ミサギどん先生教えて~』言うたらええねん」
ユウは、モヤモヤした不安を拭いきれないまま、廊下の窓を見る。
今日も屋敷のある空間は晴天、あたたかな日和である。
◆ ◆ ◆
「そいじゃあ改めまして!」
アスカは両手をパンッと叩いて仕切り直す。
「アヤカシについて、基本的なことから国軍しか知らない あんな事こんな事を特別公開~!」
アスカは、電子黒板にデカデカとタイトルを映し出しコールする。学校の授業……と、いうより動画配信のノリである。
『よろしくお願いします!』
生徒のユウとみっちゃんが揃って礼をする。
「うむ♪ 良い返事!」
アスカは、電子黒板をコンコンとタップし、『アヤカシといえば?』という項目を表示する。
「では早速。アヤカシといえば、どんなものかな? イメージでいいので、知ってる事を言ってみてくださーい」
「目が赤い」
「機械が壊れてまう」
「うんうん、いいよいいよ♪ どんどん言って!」
アスカは楽しそうに催促する。
「人に見えへん」
「とにかく襲ってくる」
「うんうん♪」
「特殊武器でないと倒せへん」
「人を食おうとする」
「うん……?」
「集団で襲ってきて影の中に引きずり込もうとする。赤い目がいっぱいでキモい! 口でかすぎ! ときどき臭い!! よだれが汚いっ!! とにかく大っ嫌い!!」
「……」
「うん……率直な意見、ありがとうね、ユウ君」
みっちゃんが、少し涙ぐんでいるユウを元気づけるように優しく撫でた。
「……気を取り直して、基本中の基本からいこうか。
まず、アヤカシとは、漢字で書くとこのよーになりまーす」
アスカが電子黒板をコンコンと軽くタップすると、二人のタブレットに、「妖」「怪」「魅」の文字が表示される。
「昔は、妖怪、魑魅魍魎、魔物、怪物……と呼び名が分かれていました。ですが今は、これらすべて『ヒトならざるモノ』として、ひっくるめてアヤカシと言っています」
「はーい、せんせぇ」
低い声を無理やり裏返して、みっちゃんが手を挙げる。
「はいそこの……キモいよミシェ子」
「アヤカシはぁ、なぁんで人に見えないんですかぁ~?」
喋り方まで女子になりきっている。
アスカは、心底気持ち悪いものを見てしまったと顔を背けた。
「単純な事だよ。見るための魔力が足りないんだ」
アスカは、黒板に表示した人体に、電子ペンで赤くバツを記す。
「人の身体は、魔力を生み出すのも貯めるのにも適していない造りになっている。残念なことに、そのからくりはまだ解明できていない。
魔法士たちは、何らかの変異があって魔力を生み出す、もしくは貯められる身体になっているんだと推測はできるんだけど、これもまた解明できてないんだ」
「ほなら、妖魅呼は?」
「うん、それなんだけど、妖魅呼って、僕の知る限りじゃミサギ君とユウ君だけなんだよ。そんでもって、ミサギ君はあんな性格だから研究には非協力的で、実を言うとなにもわかんないってのが実情」
ああ、とみっちゃんは納得する。
「ユウ君が協力できたらいいんだけど、さすがにお上から強く止められちゃってね~」
言いながら、チラとユウを見る。
ユウは、俯いてジッとタブレットを見つめていた。何か思うところがある様子だ。
溜息をつき、それから、とアスカは黒板をタップする。
映し出されたのは、真っ赤な宝玉。
アスカも一緒に写っていて、大きさがわかるよう手のひらを広げて持っている。一見すると粗く削られた丸い宝石だ。
「魔法士での常識。アヤカシの弱点は『目』と呼ばれる真っ赤な核。これが命ともいえるもので、壊せばアヤカシも消える」
アスカがタップするごとに、核が破壊され、アヤカシが消える様がイラストで紙芝居のように映し出される。
だが、簡単なストーリーさえも、ミミズがのたうち回った拙いイラストの前では何も伝わらなかった。
「『目』のある場所って決まっとるん?」
「個体差によるけれど、大体が身体の中央部分、特に背部に隠している。これは、今までの情報統計で確認済みだよ」
「ほうほう」
「アヤカシは『目』を破壊すれば消える。これは間違いない。けど――」
アスカは黒板を強く小突く。
「アヤカシ退治の方法としては間違いです!」
「ええええっ!?」
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