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そのまま、撃沈した議員たちのわきを通り抜けようとする。
しかし、スマイル攻撃を耐え抜いた猛者議員か残っており、に行く手を遮られた。
ミサギはあくまでにこやかだ。が、腹の底で不機嫌が煮えたぎっているのが感じ取れる。
取り巻きには、それすら妖艶に誘う花の香りのように感じるのだろう。揃って顔を赤らめているのを見て、ユウは気の毒そうな表情になる。
「魔法士とやらも大変ですな」
取り巻きの一人が言った。
「居もしない相手に向かってお札を投げたり念仏やら唱えなければならないんですよね?」
おそらく、アヤカシの事だろう。
先頭の肥えた議員が腹をさする。
「まっこと理解に苦しみますな。おおしかし、最近は須奈媛とかいう天才科学者のお陰で、存在証明されたとか。いや失敬失敬」
失敬であると微塵も思っていない発言が、ミサギの不機嫌を強火にする。
「どうですかな、その辺をじっくりご教授願えませんかね? 今後の備えのためにも」
取り巻きと秘書がどっと笑いだす。
明らかな嘲弄に、白々しいのぉ、とみっちゃんは謗る。
「バカにして――」
「やめちょき」
ユウが噛みつきそうな勢いだが、謗った方も我慢しつつ制止する。
魔法士という地位は、実際は国軍直属であるため、目の前で笑う議員たちより遥かに高い。
しかし、部署階級としては雑用と変わらないほど底辺にいるのだ。
その葛藤があるが故、誤った解釈をされていて、惧れ敬うと同時に蔑まれる対象であった。
ミサギにとっては食傷する光景である。
「先ほどもいいましたが、仕事がありますので。失礼します」
語気を強めてミサギは歩を進める。
「おやおや、それは失礼した」
見送りざまに、ねちっこい視線を向け、ふと彼の後ろをついていく青い髪に目を止める。
「東条くんはお仕事でお忙しいようだ。そちらの青い髪の少年、見学案内なら私がしてやろう」
「え……?」
これ見よがしの大きな声。
ユウは思わず振り向いてしまった。
標的がユウに切り替わった。いや当然のことかとミサギは眉根を寄せる。
肉だるまを、ボーリングのように部下へ転がして行けばよかったと後悔したが遅かった。
肉だるまがユウの肩に手を置く。
「君、東条くんは忙しいんだよ。代わりに私のところへ見学に来ないかね? いろいろ勉強になるぞ」
脂ぎった腹を強調するように身を反らし、是と返事し来るのが当然といわんばかりに肩をポンポンと叩く。
「え、えーと……」
ユウは、忙しいと言われた彼の表情をまともに見れず、冷や汗を垂れ流していた。
辺りの空気が冷え込んできたのもあり、身震いする。
「すみません。あの、ボクは見学じゃなくて――」
「おやおや、遠慮せんでもいいぞ」
「そうじゃなくて……」
ユウは、パソカにある魔法士ライセンスの項目を見せる。
「ボクも魔法士なんです。ミサギさんのお仕事を手伝うので――」
「まさか! 君も魔法士だと!?」
一同がどよめく。
驚いたのはユウの方であった。
というのも、慌てたみっちゃんにライセンスを取り上げられたからだ。
「え、何? 返してよ!」
「あっほぉ! むやみに見せたらアカン!」
「?」
「君ぃ、すごいじゃないか!」
肉だるま――もとい、肥えた議員が声を張り上げる。
「その幼さでライセンスを持つなんて、才能があるんじゃないか? いや、そうだろう! ぜひ私のところに来なさい。いろいろ教えてあげよう! 才能は活かしてこそだ!」
太く短い議員の手が、ユウを連れて行こうとしたが、あえなく空を掻く。
よろめく議員の前に、みっちゃんと木戸、そしてミサギが立っていた。
みっちゃんと木戸によって、ふわりと引き寄せられ、ミサギの陰へと隠されたユウ。
三者は三様に議員を睨む。
特に恐怖を呼んだのは、絶対零度のオーラを纏ったミサギの表情。
とてもじゃないが、三人の向こうに隠されたユウに手出しは不可能だ。
凛として立ちふさがる美貌に、たじろぐ議員たち。
「ひっ……」
全員が恐怖に顔をひきつらせる。
ユウの立ち位置からは、ミサギの顔を伺い知れなかった。だが、彼がどんな形相をしているかは想像に容易かったろう。
静かに怒るミサギは、
「……失礼します」
一言だけ放ち、返事も言わせぬままにその場を離れた。
それからは、ミサギはユウの手を掴んだまま、無言で歩き続けた。
ズンズン進んでいくが、大人と子供、歩幅が違うのは当然である。引っ張られるユウの足は自然と駆け足となる。
後ろをチラと見ると、みっちゃんも木戸も大股でついてくる。
ミサギはというと、遠くでユウの声が聞こえてくるのをぼんやり受けながら、ただ続く廊下を歩いていた。
「……ギさ……ミサギさんっ」
ユウが叫びに似た声を出して、ようやくミサギはハッとする。
「どうしたのさユウ君?」
振り向いてもらえ、初めてユウの歩が緩む。
「ミサギさん、どこへ行くんですか?」
「どこって、イヅナだよ」
目的地と現在地に違和感を感じたユウは、言いにくそうに喉から言葉を引っ張り出す。
「ミサギさん……ここ、花屋です」
「!?」
言われて初めて気づく彼。
恥ずかしさか憤慨か。少し顔を赤くして困った表情を作り、無言で踵を返す。
「着いたで~♪ ほぉ~、ここがイヅナかいな! 何でもツルツルっとのど越しのええ蕎麦が食えるっちゅう噂の……」
今度はみっちゃんが無理やりボケるように指摘する。
これにはミサギの正拳が唸りをあげ、みっちゃんの鳩尾にクリーンヒットした。
「面倒な事になったかも……」
「?」
気を取り直して、イヅナへ向かおうと歩きなれた廊下を進んでいくが、ミサギの歩く先には煌々と照らす看板が出迎えた。
「ここは……コンビニ……?」
「こ、国会議事堂って、いろんなお店があるんですね!」
フォローにならないが、何か言わなければならない雰囲気に、ユウが初めての場所に感想を述べる。
「ミサギどん……迷っとるで……」
とうとう突っ込んでしまったみっちゃん。
「魔力に乱れてしまったようです」
木戸の淡々とした声が廊下に吸い込まれる。
「あーもうっ! 木戸!」
「はい」
完全に不貞腐れたミサギ。
目を瞑って木戸のスーツの裾を掴む。
ミサギの目の代わりとなる無言の合図である。
知らない人は注視していてもわからないであろう。ミサギは盲目なのだ。
普段、有り余る魔力で視力を補っていると、以前言っていたのをユウは思い出した。
「ここからは私がご案内します。ついてきてください」
木戸が歩き出すと、ものの数分で目的地に到着できた。招集がかかってから、一時間が過ぎようとした頃だった。
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