叫んだ拍子に熱気を思いきり吸い込んでしまったユウ。むせて咳を繰り返すその頭にポンッと細くしなやかな手が置かれる。
「無理はするものじゃないよ。ここは少し息がしづらいから気を付けて」
初めて聞いた、優しい言葉。
衝撃を受けたのは、ユウ一人ではなかった。
「な……なっ……!?」
わなわなと身も声も震わせている人物が約一名。
「なんやのんっ! ミサギどんとは思えぬ優しい発言っ!」
約一名は喚く。一緒にいた時間は、長いとは言えないが、それでも出会ってから一度も聞いたことのない言葉だ。
にわかに信じることができず、一つの仮定が脳裏に浮かぶ。
「さては偽物か! 偽ミサギどんかっ!」
「……」
無言で見返したミサギ。
その白眼視たるや。
灼熱地獄の中で、みっちゃんとユウは駆け巡る寒気に身震いした。
「……ミシェル殿、ミサギ様は本物のミサギ様です」
「…………知っとる……今、確信したわ」
木戸とみっちゃんが確信した時には、二人は既にミサギの不機嫌の犠牲になっていた。
「僕から離れないで。死にたくないなら、ね」
彼は木戸に何やら指示を告げ、ユウに背を向けた。
その背中は木戸よりも小さく、長い銀髪が揺らめき、華奢な体つきだったが、ここにいる誰よりも凛として強く見えた。
「失礼します」
「……うわ!?」
木戸はユウに抱きかかえられた。
「ミサギ様のご指示です」
勝手に動き回るなという事なのだろう。ユウはおとなしくした。
ェエーラーリアァー……
サルがミサギを見上げ、妖しい旋律を漏らして牙を剥く。
その後に聞こえる唸り声が、耳にした者の身を揺るがし血を震わせ、本能的に耳を塞がせる。
そんな中、ミサギだけは平然とサルを見下す。
「うるさいなあ。君、さっきまで犬コロと遊んでただろ? 勝手に相手を変えないでくれるか?」
彼の言葉はアヤカシに通じているのか。
巨大なサルは急に吠えるのを止め、ミサギをじっと睨む。
と、ミサギは小馬鹿にしたように笑った。
「グルォアアアアア!」
触発されたアヤカシがミサギに攻撃を仕掛けた。叩きつけるように手を振り下ろし、鋭い爪で彼を引き裂こうとする。
風圧が彼の髪を激しくあおり、アヤカシの凶爪が迫る。
ミサギは微動だにせず、小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「何だいソレ。攻撃のつもり?」
「ミサギさん――!」
ユウの叫びが空に響く。
ッズウゥン
重たい地鳴りとともに、アヤカシの手は大きく弾かれた。
「グルォオ……?」
アヤカシが自らの手を見る。いや、既にアヤカシのそれではなくなっていた。
寄せ集められた花びらが手の形を模し、はらはらと解けるように崩壊していく。
その様子を見て、意地悪そうに微笑むミサギ。
「どうした? 君の手はどこにいったんだい?」
「ウグォアアアア」
ミサギに挑発され、興奮するままに残る片手を振り回しはじめた。
目標も定めず闇雲に繰り出される攻撃は、ことごとく空振りし、まぐれも奇跡もなかった。
直情径行な攻撃に、ミサギはムッとする。何をするかと思えば、彼は矢庭に片手を伸ばす。繊美な片手は、アヤカシの振り回す巨大な指を掴んで、いとも簡単に動きを止めてしまった。
『ええぇぇえええ!?』
突然の光景にユウどころか、みっちゃんまでも間抜けな声を上げる。
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