蒼の魔法士

アヤカシ・魔法・機械が織りなす現代ファンタジー
仕神けいた
仕神けいた

Seg 29 鳴きし虫はかく喧しく -04-

公開日時: 2021年10月15日(金) 19:00
更新日時: 2023年6月6日(火) 13:53
文字数:1,699

「あの! お世話になりました!」


 ユウは改めて深々と頭を下げる。そして、先に行ったみっちゃんのあとを追って、暖簾のれんの向こうへと走っていった。


 その姿を見送った井上坂いのうえさかは、糸の切れたあやつ人形にんぎょうのようにドッとすわむ。

 こと葉屋はやはその頭を小突こづいた。


「こンの……おばかたれ!」

「仕事終わりの身体にひどい……」

 井上坂いのうえさかたたかれた頭をさする。


「えすこぉとしろと言うたろうが! 試練の門が出たときの対処はどうした!?」

「ごめん。できなかった」


 井上坂いのうえさかは、淡々たんたんと当時の様子を伝えた。


「あの子の試練、門の中と外の両方にあったからすぐに動けなかった」

「はあ!? 門の外だからって………………は? 門の……外……?」

 こと葉屋はやおどろきの顔を見せたが、井上坂いのうえさかはケロリとして答える。

「うん、門の外」


 こと葉屋はやは、大きく息をいた。

「そりゃまた……前代未聞ぜんだいみもんじゃのう」

「うん、前代未聞ぜんだいみもんぼくの方が死ぬかと思った」


 こと葉屋はやは少し考えこみ、囲炉裏いろりのそばにすわる。井上坂いのうえさかすわると、彼女かのじょが熱いお茶を湯呑ゆのみに注いで差し出した。


「まあ……とにもかくにもおつかれさま」

「……ああ、こういう事で死ぬのもあるんだな。先代の井上坂いのうえさかが命を落とした理由ってのも、あながちうそじゃないかも」


字綴じつづりは、言の葉をつづって、意識を、気持ちを、時には世界の理までねじ曲げる。そりゃ長生きするわけなかろう」


「わかってる。わかっててこの仕事してるんだから」

 井上坂いのうえさかは、差し出された湯呑ゆのみを手にし、そこからあがる湯気をぼうっと見る。


 字綴じつづりは命をけずる。

 その内容がどんなに些細ささいなことであれ、だ。

 ふと思い出したように、かれは自室に行き分厚い書物を手にもどってきた。

 日記である。


 かれは、字綴じつづり屋になってから毎日記憶きおくつづっている。

 些細ささいなことから、腹黒い政治家の大事件も残らず書かれていた。

 これもすべて次の井上いのうえ坂にぐためである。


 逆に、こと葉屋はやは言葉を生み出すため、その命もあふれるかのように長い。

 彼女かのじょも幼い子供の姿だが、とうに百さいえている。今まで幾人いくにん字綴じつづり屋の最期さいごをみたことか。


 井上坂いのうえさかは湯気ののぼる湯飲みを横に、日記に筆を走らせる。先程さきほど字綴じつづりを思い出しながら。


 かれが参道を歩く間、囃子はやしに合わせて太鼓たいこが鳴るたび、言葉をつづるたび身体の力がけていく。

 例えば命をけずる感覚が、全力疾走しっそうしたつかれと似ていれば、かれはさほど苦ではなかった。息切れをさとられなければいい。しかし、体を支える力がなくなるのは、我慢がまんしてもふらつきを止められない。


 それが、命がなくなっていく感覚なのだと知っていたが、初めておそろしいものだと思い知った。


「できれば死ぬ前に、もう一度あの子に会いたい」

「ほぉう……」

 かれのつぶやきに、こと葉屋はやみをこぼす。


「……と、友達ともだちに……なりたい、とか……考えるくらい、いいだろ?」

 心なしか、かれの顔は赤くなっていた。

 こと葉屋はやが茶化せば、きっと湯気にあてられたせいだと言うだろう。


「ふひひっ、おのれに絶望して親からしたやつの言葉とは思えないねえ。大丈夫だいじょうぶさね。あんたに服を返しに来るじゃろうが」

「知ってるよ」


「そういや、あのあおわらわはお前さんと同い年くらいか?」


 ダボダボのシャツを着て感謝の表情を自分に向けてくれた、そんなユウを思い出し脳裏のうりに焼き付ける。


ぼくの方から会いに行ってみようかな?」

「は? 本気かの?」


 井上坂いのうえさかは、すすった湯呑ゆのみの中に茶柱を見て、ニイッとした。


 その一方で。


 再び役所にもどってきたユウとみっちゃんは、十数分もたないうちに出てきた。

 その表情は晴れやかだ。

「よかったなあ、無事に魔法士まほうしのライセンスが取れて」

「うん! スムーズに手続きできてよかった。何で今までてこずってたんだろ?」

「あー……そうさなー」


 二人ふたりは、すでにユウの身分証明の違和感いわかんなど微塵みじんも感じていなかった。


「さて、そいではお次は――」


 ぐうぅぅぅ


 地の底からひびくような、何かがうなるような声がした。


「何やっ!?」

 あわてるみっちゃんに、ユウは顔をきょとんとさせて腹をさえる。


「そーいえばお昼ご飯まだ食べてないから、おなかが――」

 言っている間にも、かすように容赦ようしゃなくひびく腹の虫。


「……………………夕飯、おごるわ……」


 みっちゃんはユウのかたにポンと手を置いた。

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