役所から歩くこと五分。
路地裏の奥も奥、入り組んで、建物の壁に挟まれて迷路のようになった道を歩いた先に、瓦屋根の小さな家があった。
迷路の行き止まりにあるそれは、住んでいる人も朽ち果てているのではないかと思うくらい荒れ果てていた。
「ここが『コトノハヤ』?」
「せやっ」
不思議そうに訊ねるユウに、みっちゃんは軽快な返事とともに黒い暖簾をかき分け、常連よろしく慣れた挨拶をする。
「ちわー! やっとってかあ?」
ユウはその後ろを、みっちゃんの腰のあたりから頭をひょっこり出して覗く。
この建物の中でだけ、時が忘れ去られたように古めかしい。土間があり畳があり囲炉裏がある。
柱のように大きな時計が、威厳を示すように音をたてて時を刻む。
「おーい、言の葉屋ぁ~、おるか~?」
「なんだい、騒々しいのが来たね」
甲高い声が響き、ユウより小さな女の子が店の奥から顔を出した。
彼女の姿も、着物に足袋といった、ユウも写真でくらいしか見たことのない民族衣装だ。
少女は、その見た目に合わぬ大人びた口調であくびをしながらこちらを見る。
「おや、どうしたんだいその蒼い小童は?」
少女は猫のように鋭い目を興味いっぱいにしてユウを見る。
「ほう……!」
ユウのほっぺたをぷにぷにしたり、頭をわしゃわしゃと撫で回した。
少女の背が低いので、ユウの方がしゃがんで頭を差し出した。
「ほうほうほう♪ なるほどのう。お前さん、なかなか厄介な体をしておるのう~」
「!」
ユウは、びっくりするとともに耳まで真っ赤になった。
「あのっ、それはどういう――」
続きを言う前に、人差し指で止められた。
「安心せい、アタイらは口が堅いでの。間違っても口外などせぬよ」
少女は、自信たっぷり、威風堂々と自己紹介を始める。
「アタイは『言の葉屋』。言葉を紡ぐことを生業としておる。
こう見えてお偉方が常連客じゃ。依頼料も天文学的ぃ~なんじゃが、たまーにお主のような童が来るでの。
そこは良心的にみてやってるから心配しなさんな。
んで? 用件は何かの?」
そこは、みっちゃんが説明をしようと口を開く。
「おう、それがの~……」
「お前ではなかろ」
「痛たっ」
ピシャリとキセルでみっちゃんの頬を叩く。
「まったく……ここは用のあるやつしか話が許されておらぬのを忘れたか。お前はただの案内人、しゃしゃり出てくるでない」
言の葉屋は険しい顔を一転、ユウに向かってニッコリとする。営業スマイルというやつだ。
「大事な用事なのはそっちの蒼童の方じゃろう? 話は奥で聞こう。ほれ、おいで」
「あの、でも、みっちゃんは……」
「心配せんでいい。いつものことじゃ」
みっちゃんを置いてきぼりにして、言の葉屋はユウの手をひいて奥の部屋へ消える。
残された方はというと、ポツーンと寂しく立ち尽くすだけだった。
「いつものことやけえ寂しいんじゃあ~!」
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