◆ ◆ ◆
みっちゃんが驚愕の声を上げる。
今まで常識と思われた退治方法をひっくり返されたのだ、当然の衝撃である。
「『目』の破壊によるアヤカシの消失は、増殖のための一時的なものにすぎないんだ。時間が経つと、増殖して復活する事が確認されている」
「え、じゃあ、今まで倒してきたアヤカシは――?」
「うん、まとめて復活して押し寄せるかもね」
最悪の事態を思い浮かべ、恐る恐る訊ねると、アスカがズバッと言いきった。
「いやマズイやろそれ! つか、なんで周知せぇへんねんっ!」
「だって意味ないんだもん」
「はあっ!? なんでやねんっ! 知らんと誰も対応でけへんやん!」
「だーかーら、周知しても意味ない人ばかりなんだって! それって、やるだけ時間の無駄でしょ?」
言っている意味が呑み込めず、アスカに不満な顔を向ける。しかしその顔を見てもなお、彼は無意味だと首を横に振る。
「永続的にアヤカシを滅するなら、封印か完全消滅させなきゃダメなんだよ。今現在、この国でそれができると確定しているのは、たった一人だけなの」
魔力の大量被ばく、粉砕方法、熱量破壊、思いつく限りの方法で『目』の消滅を試みたが、時間差はあれどアヤカシは復活した。
アスカの実験は、全て失敗に終わっている。
逆をいえば、完全消滅ができるのは、それだけずば抜けた才能と力を持つ逸材だと証明しているのだ。
認めざるを得ない。
研究者として、これほど不満の残る研究結果はない。
アスカは不満気に頷いた。
「僕もいろいろ試したけど、今のところ『目』を完全消滅できるのは、言霊遣いのミサギ君だけだ」
「封印は? 封印やったらできるヤツおるんやないん?」
「そーだなー……」
ブツブツ言いながら、黒板をタップし続けるアスカ。
いくつかのグラフや数値の表をスルーして、最後に魔法士として登録されている人物がズラリと表示された。
「ここだけの話、この一般に公表されている一覧にはまだ掲載されていない項目があるんだ」
ガリリッとポップキャンディを噛みしめる。
「それがアヤカシの討伐方法。報告を見る限り、アヤカシの封印ができそうな人は一人か二人いるんだよ。だけど――」
「だけど?」
「僕も封印は実際に見た事がないからよくわかんない♪」
てへぺろっと舌を出すアスカ。
みっちゃんが盛大に転んだのは言うまでもない。
「あ、あとアヤカシについてわかっていることといえば、鳴き声! 小さくて弱いアヤカシは、見た目通りの鳴き声なんだけど、アラミタマみたく大きく強い存在は、見た目の鳴き声の他に、囃子詞のような音を出すことが確認できたんだ!」
「落ち着けっ……汚いやろが!」
アスカはどんどん鼻息を荒くして話すものだから、砕いたキャンディがあちこちに飛んでいった。
みっちゃんが注意しても止まらない。
「これはミサギ君が戦った、サルやイヌのアラミタマからわかった事だよ。波長を調べてはみたんだけど、囃子詞から感情や意思を読み取ることはできなかったんだ。けど、もしかしたら別の意味があるのかもしれない!
……と、これが現段階のアヤカシについてわかっている情報」
一人興奮とキャンディを撒き散らして話し終えたあと、肩で息をしつつ生徒二人に向き直る。
「はい、ここまでで質問のあるひと~」
「は~い、せんせえ」
再びみっちゃんが挙手する。
「ユウ君が居眠りしてま~す」
「……え?」
タブレットに視線を落とし、微動だにせず集中しているのかと思いきや。
よく見ると、寝息も静かなまま、ユウは熟睡していた。
口からはよだれの滝が落ち、タブレットという滝壺に溜まっていく。
「う~わ、見事な爆睡~」
「ユウどん、おーい!」
さすがに見かねたみっちゃんが、苦笑しながら肩を揺する。と、アスカがそれを止める。
「これはいいかも♪ ちょっとそのままにしてて」
アスカは、背後に手をやり何やら機械を取り出す。背中には鞄もポケットもなかったはずだが――。
片手には突起物が二つついたヘアバンド。もう片手には洗濯ばさみの形をしたモニター。
それぞれの機械を素早くユウの頭と指先に取り付けると、ワクワク楽しそうな表情で、
「スイッチ、オン♪」
小さなリモコンのボタンを押した。
「えばばばばばっ!」
電流がユウの身体を駆け巡り、稲光が周囲にまで飛び散って暴れまわる。
「ユウどーん!?」
「だ、だいじょぶだよ! ……たぶん」
予想以上の電流の強さに、さすがのアスカも引いてしまった。
電流は数秒おきに流れ、その度にユウは洗礼に身を強張らせた。
爆睡が気絶へと変わって数十分後。
講義室の椅子を並べた上に横たわり、二人が見守る中ようやくユウは目覚めた。
「あれ……? ボク……」
「お、おはようユウ君」
「はい……えっと……?」
寝ぼけた頭に手をやると、二本の角がついたヘアバンドを付けていた。
「ん? なに、コレ?」
「あーっと、君、話の途中で居眠りをしちゃったんだよ」
『居眠り』を強調するアスカ。言われた本人は、まだぼんやりとしている。
アスカはじっとユウを見た。
「ねえ、ユウ君……アヤカシの『目』は破壊するとどうなるか、説明できるかな?」
突然の質問。しかしユウは、ぼうっとしたまま、
「『目』の破壊によるアヤカシの消失は、増殖のための一時的なものにすぎないんだ。時間が経つと、増殖して――」
先ほどアスカが説明し、ユウが居眠りして聞き逃したであろう内容である。一字一句違わずアスカの発言であった。
ひととおり話し終わると、ユウは「なんでこんなの知ってるんだ?」と寝ぼけた口で突っ込んだ。
「睡眠学習法、導入成功♪」
「マジかいなっ! うっそマジかいな!」
みっちゃんが驚きの声を上げる。
「感受性が結構強くないとできないんだけど、ユウ君はバッチリだね♪ よかった、これなら毎日講義しなくても、寝てる間に全部暗記できるよ」
「毎回あんな電気拷問喰らわす気かっ!?」
「まさか。そんな無慈悲な事はしないよ♪ ちゃんと改良しておくから大丈夫!」
嬉しそうに改良計画を練る彼に、みっちゃんは呆れた表情をする。
「……なあ、楽しようとしてへんか?」
「そんな事ないよ。ただ、僕だって忙しい身なんだ。情報を全て記録して枕に仕込んでおくからさ、進捗報告を頼むよ」
「うわぁ……めっさ面倒事押し付けられた気分やぁ……」
「そう言わずに♪ ユウ君、すぐにでも実技させないと、ミサギ君も機嫌なおんないじゃん? これなら明日から実技だってできるじゃん?」
アスカは、ユウに向き直り取り付けた機械を回収する。
「そんじゃ、早速ミサギ君に連絡して実技の日程調整を始めよう! 明日また来るよ。じゃね♪」
矢継ぎ早に言うと、みっちゃんとぼんやりユウを置いてさっさと出て行ってしまった。
その数秒後。
ガチャリとドアが開いたと思ったら、スタスタとユウの前に笑顔のまま戻ってくるアスカ。
「これを渡し忘れてた」
ポケットから無造作に取り出されたのは、ブレスレットと腕時計。
ブレスレットは、手作りのミサンガだろうか。深いマリンブルーに染められた麻糸に、真珠のような艶のある小さなビーズが編み込まれている。
一方、腕時計は最新型のスマートウォッチで、こちらも特別製なのだと、メタルブルーのバンド部分に犬を模したトライバル模様の刻印が主張していた。
「普段は市販されてるスマートウォッチと同じように使えるよ。アヤカシと接触すると検知して、その情報をボクに送信するよう仕込んである。おまけに、僕がこれまで集めたアヤカシの情報も確認できるよ。まあ、刻印がかっこ悪いのは我慢して。僕の所属してるトコのマークで消せなかったんだ」
「ふわあ、すっごい! まるでアヤカシ図鑑みたいだ!」
「ユウどん、そのセリフ、ギリギリやな」
「え? 何が?」
「何でもあらへん」
「うーん、似てるけど厳密には……まあいっか、そんな感じ」
言って、アスカはユウの手首に巻いた。
「ブレスレットの方は、僕が研究して編み出した特製の御守り。ユウ君をイメージして作ってみたんだ」
「ボクを?」
「そう! 海のように深く澄んでいて、穏やかな色。イメージって、結構大事なんだよ。ヒトの本質や、それに近い性質が備わりやすくなるんだ。だから、大切に感じるようになる。きっと激しい戦いでも耐えて君を守るよ」
自身の髪の事を言われたのを察し、ユウは複雑な表情になる。
「そいじゃ、今度こそバイバーイ♪」
手を振って、アスカは踵を返す。
「あの! ありがとうございますっ!」
ユウは巻かれた腕時計を見て、ふと気づく。
「あれ? アヤカシに関係することって、機械じゃ文字化けするんじゃ……?」
そのつぶやきに、アスカは振り返らずに拳を掲げる。
「僕を誰だと思ってんの? そんなの秒で解決するよ!」
アスカの声は、自信に溢れていた。
***************************************
【評価のお願い】
ちょっとでも楽しかった、面白かったと思っていただけましたなら【☆☆☆☆☆】から評価をくださると嬉しいです。執筆の励みになります!
***************************************
仕神けいた活動拠点:platinumRondo
【URL】https://keita.obunko.com/
***************************************
読み終わったら、ポイントを付けましょう!