「お好きな調理を致します。目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツ。ご希望でしたら、ハムやベーコンもございます」
初めて見る木戸の姿にとまどいつつも、空腹には抗えなかった。
「あ……えと、じゃあボクもミサギさんと一緒のものをお願いします」
頼んだオムレツは、一分と経たず目の前に差し出された。
早速席につき、合掌をする。
「なん、だこれっ! めっっ……ちゃうまいっ!」
卵は、スプーンですくえばふわっと軽く、口に入れるととろんと溶けてなくなった。
美味しさに夢中になって、あっという間に朝食の時間は過ぎていった。
満腹の余韻に浸りながら腹をさする。
「ふぅ~……こんなに満足したご飯は初めてだ。
兄ちゃんと食べるご飯もすごく美味しかったんだけど、なんでか満腹にならなくて」
「ここの材料は厳選されてるからね~」
ミサギがユウの姿を見て満足そうに言う。
イメージに、「私たちがこの野菜を育てました」と言わんばかりに農家の朗らかな笑顔が浮かぶ。
「さて」
終わった朝食の後を木戸が片付け、それをユウが手伝う。
ミサギは退屈そうに眺めていたが、終わりが近づくと小さな箱を手にして木戸とユウを呼んだ。
「二人とも、片付けは終わったのかい?」
「はい」
「ユウ様の手際がたいへんよかったので、予定より十三分早く終わりました」
「結構なことだ」
家事とは無縁のきれいな手が、ユウを近くへおいでと招き寄せる。
「さて、ユウ君。君にはしばらくこの屋敷で生活をしてもらうわけだけれども、あちこち鍵が必要な箇所がある。そこで、君に屋敷の合鍵を渡しておく。木戸」
いつの間に移動したのか、木戸はミサギの隣から姿を現し、スッと箱を差し出した。ふたが開いている箱の中には、鍵が一つ入っていた。
銀でできた、細かな植物の葉やつるなどの細工が美しく、アンティークによく用いられそうなウォード錠だ。
それは、ユウの手のひらに触れると、溶けるように消えてしまった。
「わっ? き、消えた?」
「大丈夫だよ、木戸の術式さ。それで失くす心配もないだろ」
「ご使用の際には、鍵穴に手を翳していただければ鍵は出てきます」
「うわあ~……便利だなぁ」
「それから、これも」
ミサギは紫水晶のような小さな石を渡す。
「アヤカシ除けの御守り。君のチョーカーにでも付けておいて、肌身離さず持っていて」
「は、はい。ありがとうございます!」
受け取った石を、早速チョーカーのぽっかり空いた窪みにはめ込む。
「本題に入るけど、ヒスイーー君のお兄さんが言うには、君は『ヨミコ』らしいね。
手っ取り早い方法をとらせてもらうよ」
「手っ取り早い方法?」
「『魔法士』として力をコントロールする修行をしてもらう」
「ヨミコ? マホウシ? そのマホウシって、何ですか?」
「え~……そこから?」
ミサギはめんどくさそうな顔をする。
「学校では習わないけど、都市伝説くらいにはきいたことないの?」
「全然」
「……まあ、あのヒスイにくっついていたんだから、まともな勉強と知識は期待できないか。でも面倒だなあ……」
大きくため息をつくミサギだが、「あっ」と思い付いたように足元を見る。
「だったら説明しなくちゃだね」
ドンッ
ミサギは、軽く床を踏み鳴らしただけだった。しかしそれは、ぐらりとユウがバランスを崩すほど強く揺れた。
「ぅぬあぁぁ!」
「わあ? みっちゃん?」
みっちゃんが天から降ってきた。天井に貼りついていたのだろうか。
「あいたた……なんでいつも居場所わかんねん?」
しかし、みっちゃんの言うことなど聞く耳なし。腕組みをしたミサギは淡々と言った。
「ミシェル、話はわかってるね。この子に魔法士に関することを教えてやって」
「ミッサギど~ん、わいのことはみっちゃんてーー」
「わかった?」
ミサギが睨んだ。
その絶対零度の表情が許すのは、肯定の返事のみだった。
「うぃっす!」
みっちゃんはサングラス越しにニカッと笑う。
「二度目まして~やな」
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