一行が向かったのは、現場の街から離（はな）れた小高い山であった。木々が生（お）い茂（しげ）る中、ぽっかりと空いた広場のような場所に、ミサギは案内する。

「こんなところに来（き）て、何があるんです？」

　吉之丸（よしのまる）が訝（いぶか）しげに問う。

「周りを見て気付かないかい？」

　ミサギに言われて、思わず見回す一同。だが、何も無い。

「見て気付けって言われても、何も……」

　そう、何も無いのだ。ただ辺りは視界（しかい）が白く、呼吸（こきゅう）も重く湿（しめ）っているだけだ。

「真っ白やな」

「霧（きり）？　靄（もや）？」

「そう見える？」

　意外にも、真面目（まじめ）なトーンで聞き返したのはアスカだ。仮想キーボードに素早（すばや）く指を走らせ何かを入力している。かと思えば、試験管をポーチから取り出して視界（しかい）を遮（さえぎ）る白い霧（きり）を採取し始めた。

「どういう事やねん？」

　一同が惑（まど）う中、アスカはミサギと視線（しせん）を交（か）わし、彼（かれ）は木戸へと視線（しせん）をあげる。

　それだけで指示は十分だった。木戸は、懐（ふところ）からスマホを出して皆（みな）に見えるように見せた。

　画面に映（うつ）っていたのは、気象予報ＡＩとして人気を博しているクテンだった。

「はぁーい、クテンです♪　この地域（ちいき）のお天気を――」

「あ、お天気ＡＩのクテンちゃんだ」

「天気？」

　彼女（かのじょ）の能天気なアナウンスに、吉之丸（よしのまる）が手を振（ふ）る。手を振（ふ）り返す彼女（かのじょ）を見て緇井（くろい）は考（かんが）え込（こ）み、みっちゃんは渾身（こんしん）のツッコミを叫（さけ）ぶ。

「お天気ＡＩ見せとる場合かぁああああ！」

「黙って聞け（テ　トワイ　エイク）」

「～～～～～！」

　ミサギの言霊（ことだま）がねじ伏（ふ）せた。

「本日のお天気は晴れだけど、ちょっぴり曇（くも）りがち。地上は冷たい風が吹（ふ）いて少し寒いですが、大気の状態は安定しています」

「……もしかして、先ほどの雲は積乱雲（せきらんうん）ではないのか……!?」

　気付いた緇井（くろい）が呟（つぶや）く。

　画面ではクテンがにこにこ笑顔（えがお）で天気案内を続けている。

「そう。そもそも、積乱雲（せきらんうん）てのは、大気が不安定な特定の条件下でないと発生しないんだ。でも、こうして漂（ただよ）っている。これがなんだかわかる？　ねえ、須奈媛（すなひめ）博士（はかせ）？」

「へぁい!?」

　ミサギに博士（はかせ）と呼（よ）ばれて、背筋（せすじ）が総毛立ったらしい。思わず裏返（うらがえ）った返事をしてしまっている。

「あ、ああ……魔力（まりょく）が水蒸気（すいじょうき）のようになっているね」

「魔力（まりょく）!?　じゃあ、これは魔法（まほう）なのか？

　アヤカシが落雷（らくらい）をさせて事件を起こしていたのではなかったのか？」

　丸いサングラスをかけて、周囲の雲をくまなく観察したアスカは、緇井（くろい）の問いに首を振（ふ）る。

「アヤカシかどうかも、これだけじゃ断定できないよ。ただ、魔法（まほう）ではない。魔力（まりょく）が水蒸気（すいじょうき）になってただ浮遊（ふゆう）しているだけ……って、言ったらわかるかな？」

「え？　魔力（まりょく）って、その辺に漂（ただよ）うものなのか？」

　と、これは吉之丸（よしのまる）。

「魔力（まりょく）が可視（かし）化できるほど密集（みっしゅう）するとは……！」

「さあ？　申（もう）し訳（わけ）ないけどよくわからないな」

　アスカの言い方に、吉之丸（よしのまる）はカチンときたらしい。

「なんか無責任ッスね」

「そりゃ仕方ないよ。魔力（まりょく）魔法（まほう）アヤカシに関して、この国は新興国ではあるけど、まだまだ遅（おく）れている部分が多いんだ。付け加えて、ここ最近急増化の被害（ひがい）。

　過去の文献（ぶんけん）が乏（とぼ）しいうえに解読も進んでない。だから現場に行って、手探（てさぐ）りでも現状を解決しなけりゃならないんだ」

　そう言うと、彼（かれ）は真剣（しんけん）な表情で話を続けた。

「いいかい？　僕（ぼく）らはアヤカシという未知で不確定で不安しかない存在（そんざい）からこの国を守るために、ひいては未来のために、この研究をしているんだ。

　君に少しでも魔法士（まほうし）という自覚があるなら手伝（てつだ）ってくれないか？」

　強い語気に、広場は静まり返る。

「ボク、てつらいまぁすっ！」

　沈黙（ちんもく）を破って、ユウが元気よく手を挙げる。

　何故（なぜ）か、呂律（ろれつ）が回っていない。

「アヤカシろか、アリャミタラろか、ボクがえいえ〜いってやっつけろから〜」

「え？　ユウどん……？　なんや、酔（よ）っぱらってへんか？」

　フラフラと千鳥足のユウを支えようと駆（か）け寄（よ）るが、その手はスルリと躱（かわ）される。

「ミシャギしゃんっ！」

　彼（かれ）の腰元（こしもと）にギュッと抱（だ）きつく。

　ぎゃあと、木戸とミサギ以外全員が驚愕（きょうがく）を全身で表現した。

　天下の毒舌（どくぜつ）性悪（しょうわる）破天荒（はてんこう）な東条ミサギに抱（だ）きつくなんて命知らずな……と見ている方はハラハラした。

　キョトンと見下ろす顔と目が合ったユウは、きりりとした表情で、

「ボク、ミシャギさんのおてつらい、しやしゅ！」

「ダメ」

　にべもなく即答（そくとう）され、ヒョイと抱（だ）き上（あ）げられた。

　一同は狐（きつね）に化かされたか、自分の目がおかしくなったのかと、何度も頬（ほお）をつねり目を擦（こす）ったのは、仕方の無い事だ。

　ユウはといえば、木戸に引（ひ）き渡（わた）され、肩（かた）に担（かつ）ぎ上げられていた。

「らんれれすかあ！」

　文字通りお荷物となったユウにミサギが、

「須奈媛（すなひめ）……ユウ君のこれ、どういう事？」

　問うと、アスカはサングラス越（ご）しにユウを見る。

「う～ん……推測（すいそく）だけど、高濃度（こうのうど）の魔力（まりょく）にあてられちゃったみたいだね」

「ユウ君くらいの子供（こども）には毒だね。木戸、連れて帰って」

　その言葉に、ユウが暴れ出した。

「らってくらはい！　ほら、あいつきますよぉ？」

　腕（うで）をぶんぶんと振（ふ）り回（まわ）してみっちゃんを指さす。

「あい？　わし？」

「ちなう！　もこもこぉ！」

　ユウが叫（さけ）んだ直後、ゴォッと強い風が吹（ふ）き上げた。

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