◆ ◆ ◆
朱けに染まっていた空は、すっかり元の明るさを取り戻した。桃源郷だった世界はいつの間にか終わりを告げ、ボロボロの工場跡に変わっていた。
一段落ついた、とミサギは大きく伸びをする。
「……何、ユウ君?」
正面を見たまま、伸びを続け訊ねる。
しかし、問うた相手が何も言わないので、つい振り向いてみると、ユウが黙って見上げていた。
「どうしたの? ケガでもした?」
「なんとっ! 再びミサギどんらしからぬ優しさ発言がぁっ!」
そう言ったみっちゃんの姿は、ミサギの追い払うように出した花吹雪によって遥か彼方へと吹っ飛ばされていた。
「言わなきゃ伝わらないよ、どうしたの?」
「すごいっ! ミサギさんスゴイですっ!」
「え?」
子供特有の、純粋な瞳を輝かせてユウは興奮気味に言った。
「あんなおっきなアヤカシ二匹と戦えるなんてスゴイですっ!」
「そ……そうなのか?」
「そうです! スゴイ! なんかもう……スゴイッ!」
「ええと……語彙力」
ピョンコピョンコと飛び跳ねて興奮している様子に、ミサギはそっぽを向く。その耳はほんのり赤かった。
「そ、それより、一匹逃げたから報告をしなきゃ」
「はい、報告についてはすぐに……」
あたふたとする仕草、初めて見る表情に、さすがの木戸も驚きを隠せないでいた。
「せやろー! すごいやろー!」
何故か自慢げにしているみっちゃんに、ミサギはあっという間に不承面になった。いつ戻ってきたのか。
「どうして君が自慢げに言うんだい?」
「ええやーん、ほんにミサギどんはすごいって自慢したいやーん。な~、ユウどん! 木戸はん!」
「うん! うんっ! ミサギさんは強くてスゴイ!」
「はい、私にとっても自慢の上司です」
「木戸まで――悪乗りはやめろ」
ユウはともかく、木戸もその場の勢いで言ったのだが、認められ、照れるミサギを見て、自分の事のように嬉しく思わずにはいられなかったのだろう。
「謙遜しんなぁや。ほんま、伊達に『暁の魔女』やあらへんな!」
その言葉に、ミサギの表情がかたまる。
「さっきも言うとったんよ~。ミサギどんは言霊を操る『暁の魔女』の名を代々受け継ぐホンマモンの魔法士なんやからって」
そばでユウと木戸が慌ててみっちゃんに合図を送るが、努力虚しく気付いてもらえない。ペラペラとしゃべり続ける彼に、二人はそろって合掌した。
「……ミシェル」
「おん? なんや…………あっ……!」
ようやく異変に気付くが、時すでに遅し。
冷気がたち込め、彼の周りにまとわりつく。
慌ててユウと木戸を探すが、二人はすでに遠くへ避難し、彼一人がミサギの前で棒立ちしていた。
「君さぁ……」
ミサギの顔は、先ほどまでの表情が一転、冷酷な怒りを滲ませみっちゃんを睨んでいる。
「や……スマンて……! 言うたらアカンやつやったんな?」
「いや、別に? 気にしなくていいよ」
滲む怒りのまま、にこやかな表情を貼りつけ淡々と応える。
「ただ、まあ残念だよね。この話をする者はどこかの知らない場所に飛ばされて帰って来れないだろうから」
そうして、みっちゃんがその後しばらく行方不明になったのは、また別の話である。
「ん?」
スマホのバイブ音に気付いたユウは、ポケットから取り出した。
「ボクのじゃない……」
鳴りやまないバイブに、木戸とミサギを見ると、ミサギが、
「ああ、僕のだけど別にいいよ」
「ええっ? 急ぎの用事だったらどうするんですか!? 兄ちゃんも言ってましたよ! 『カネはメシなり』って!」
しばらくの沈黙の後、ユウの腹が鳴る。
「?」
「おそらく、『時は金なり』では……」
ユウの顔が、爆発するとともに真っ赤になった。
「そ、それ! そうとも言います!」
「……はぁ」
「ちゃんと出た方がいいです!」
言われて、ミサギは渋々スマホをタップする。
音量を極小まで下げ、耳から離れたところにスマホを当てると、スピーカーにしていないのに男の怒声が周囲にまで響き渡った。
「東条ぉぉぉおおおおお! 何やってんだ君はぁあ!」
あまりの勢いに、ユウは飛び上がって転んでしまった。
耳鳴りやまぬまま、ミサギは平然と話を始める。
「お疲れ様です、総領寺さん。その様子だと、テレビをご覧になってすぐ対応してくださったようですね」
務めて笑顔だ。
しかし、電話先の相手は怒りで興奮の絶頂である。
「誰がやったと思ってる! 誰が規制かけたと思ってる!? 私がやったんだ! すっごいだろっ! 個人情報保護サマサマだろっ! いいから早くこっちに来いっ!」
――ちっ、面倒くさいな
「君、今『ちっ、面倒くさいな』とか思っただろ!?」
「さすがは総領寺さん。
わかっているなら、呼びつけてばかりいないで、たまにはご自身でこちらにいらしては? お得意でしょう、視察という名のサボリ技」
「ちょっ……やめろ言うな左沢に聞かれたらまた監禁される」
「ああそれもいいですね。僕が自由に動ける」
「とーにーかーく! 他にも話があるから来てくれっ!」
ミサギは仕方がない、とため息を落とす。
「……わかりました。三十分ほどで行きますので」
「それとあか――」
総領寺の話をぶつ切りにするように、ミサギは切電ボタンを突くようにタップする。あまりの乱暴さにスマホが軋み、悲鳴を上げているようだ。
改めて面倒そうなため息をつき、ミサギはユウと木戸へ向き直した。
「すまないけど、今からちょっと付き合ってもらうよ」
「はい、え? どこへ?」
「イヅナだよ」
「?」
「魔法士の活動本部、魔法特務機関・飯綱動力監理院だ」
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