翌朝。
屋敷食堂の席で、まさにユウとミサギが朝食へ箸をつける瞬間であった。
「や~や~♪ 朝メシちゃんと食っちょるか~!」
みっちゃんである。食堂の扉を勢いよく開けてやってきた。
「毎度いいタイミングに来るんだな、君は」
「そらもぉ日課になっとるけぇのう♪」
「おはようございます。朝食はこちらにご用意しております」
木戸は、慣れた手つきでみっちゃんの分を並べていく。
今朝は魚定食だ。もちろん木戸の特製である。
芳ばしい焼き目のついた鮭が、横に添えられたたくあんと色を織りなし食欲をそそる。パリッとした焼き海苔も、出汁の風味豊かな味噌汁も、全てが食べた者の胃を満足させる。
「おお、美味そうじゃのお!」
みっちゃんは、いつものように元気よく合掌して満足そうに平らげて去っていった。
「やあやあ諸君! 朝ごはん、しっかり食べてるかい?」
勢いよく扉を開け、今度はアスカが乗り込んできた。
「お、卵もあるじゃないか。卵かけご飯にして、鮭と一緒に食べると相性最高なんだよね♪」
「須奈媛……なんだその髪の色は?」
ミサギが呆れて見るのは、明るい珊瑚色となった彼の髪。
アスカはくるくる回りながら一同の前に立つ。
「いいだろ~♪ 海にたゆたう珊瑚のようになりたくなっちゃってね~♪
どうだい、似合ってるだろ?」
ユウにウインクして同意を求めた。
ふわふわと飛んできたウインクハートは、ユウの頭にコツンと当たったが、当の本人はアスカを見つつも口いっぱいのご飯をずっと咀嚼している。アスカの予想していた効果はなかった。
「むいんあっぺあむんももも」
何かを言っているが、まったくわからない。アスカはまったく気にすることもなく、ヒラヒラと手を振って笑顔を返す。
「おっけおっけ♪ お褒めの言葉ありがとう♪」
ニコニコしている傍で、ミサギは食卓に並ぶ食べかけの鮭に視線を落とす。
「……鮭の色だな」
「あっはは♪ それも美味しそうでいいね~。
……あ、僕の分は用意しなくて大丈夫だよ」
木戸が朝食を用意しようと静かに動き出すのを、アスカは止めた。
栄養ゼリーを取り出し、みっちゃんが食べた後の食器を見る。
「木戸君のご飯が美味しいのには定評があるからね。癖になって、ミシェル君みたいにやめられなくなったら僕が困る」
「では、お席をご用意します」
「ありがと~♪」
木戸は、既に手にしていた椅子を、アスカの傍にそっと置いた。
「……ところでさ~ぁ、ミサギ君」
行儀の悪い座り方をするアスカ。無駄に猫なで声を出す。
「週末、緇井さんのトコ、行くんだろ~? 同行させてよ~」
たくあんを食べようとした箸がピタと止まる。
なぜ知っている、は愚問だ。
そんな事、総領寺が把握しているのだから、彼も知っていて当然である。
「例の勉強か?」
「そ! 緇井さん、封印できるだろ? 前に見た報告書の中で見つけたんだ。それで、ユウ君にも封印の様子を見せてあげたいんだよ」
「他所をあたれ。僕の邪魔をするな」
「何てことを言う!」
アスカは信じられない、と驚愕の声を上げる。
「魔法士の仕事はそう滅多に! 都合よく! 定期的に画期的に来るわけじゃないんだぞ! あのキッズアニアでも体験できない貴重な仕事だぞ!」
「職業として成り立っていないだろ」
ズバリ核心を突く。
「それに、ユウ君も……というより、君が見て見たいんじゃないのか?」
さらに核心を突く彼に、アスカは隠すことなくにっこり微笑んだ。
「まあね♪」
「……」
もう呆れて溜息しか出ない。
「なあいいだろ? どうせサポート案件だろ?」
「サポート?」
反応したのはユウだ。
「ミサギさん、お手伝いするんですか?」
「そう――」
「そうなんだよ~! むしろ、ミサギ君に直接依頼が来ることの方が珍しいんだよ!」
割り込まれて、ミサギはムッとして黙り込む。
一方、ユウは腑に落ちたという表情である。
いつも忙しそうにあちこち行っていたのは、自身の仕事だけでなく、他の魔法士のサポートに走り回っていたということだ。
改めて、ミサギの事を何も知らない自分に初めて気付かされる。
思わずアスカを見ると、察したのかにっこりと笑顔が返ってきた。
「君も、ミサギ君の仕事とか見てみたいよね~。普段は平和な案件ばかりだけどさ、彼が引き受けるのは、基本的に人間では対処できないものばかりなんだ。ほら、こないだのサルとイヌのアラミタマを覚えてるかい?」
「小物に用はないよ」
ミサギが止めていた箸を口に運ぶ。その表情は少し不貞腐れていた。
「アレを小物って言うか~」
アスカは肩をすくめ、栄養ゼリーを飲み干した。
「なあ、今回だけ頼むよぉ~。ユウ君の学習のためにもさぁ」
事実、見学などまったく問題ない。だがしかし、ユウを盾にしてくるアスカがなんだか気に入らなかった。
「……好きにするがいいさ」
ミサギは眉根を寄せ、早々に食べ終わらせて席を立つ。
その言葉を了承の意と受け取ったか、アスカは上機嫌でガッツポーズをした。
「ありがと~!」
返事をしない後ろ姿を見送り、彼はすかさずスマートウォッチを操作する。
「……あ、緇井さん? 僕だよ僕~」
どうやら通話をしているようだ。軽いノリで、詐欺と聞き紛う常套句を使っている。
指向性のスピーカーとマイクは、周囲に声が聞こえないはずなのだが、通話相手が女性で、怒りをぶちまけて叫んでいるのがユウの耳にまで届いていた。
「そぉんな楽しみそうな声上げないでよ~♪ 邪魔はしないからさ~。んじゃ、週末楽しみにしてるね~♪」
通話先では、まだ叫び声が続いていたが、容赦なく切られた。
アスカの耳は、どんなに言ってもポジティブなセリフに変換される便利機能でも搭載されているのだろうか。
「よし♪ ミサギ君と行くお仕事体験決定~♪」
「え?」
茶碗を持ったまま呆然とアスカを眺めるユウ。
「楽しみだね、週末♪ んじゃ、また来るね~!」
当の本人を完全に置いてけぼりにしたが、とんとん拍子に話がまとまり、アスカはウキウキしながら椅子の上から喜びのジャンプをして出ていった。
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