予想外の言葉に、みっちゃんから間の抜けた声が出る。
そんな彼をじぃっと見つめるユウ。
見た目、金髪ポニーテールに怪しげな丸サングラス。そして、ニヘラ~っとした口元。そんな、いかにもお笑い担当の男がまじめな口調で『戦う』と言う。
その一方で、人は見た目で判断してはいけない、という兄の名言が記憶の奥隅から飛び出す。
ユウの脳裏は現実と思い込みが混ぜこぜになっていった。
「そ、そりゃあ、みっちゃんは大人だし、見た目で判断しちゃダメだろうし。それに力はあるだろうけども。でも、ボケツッコミでアヤカシは退治できないよ?」
「誰がツッコミで世界を救うかぁぁああ!」
渾身の裏手ツッコミが、みっちゃんの右隣にいる透明人間へと炸裂する。
そんな彼に、ユウの言葉が止めを刺す。
「えっと……みっちゃんはどちらかというとボケの方だよね」
ユウに悪意は全くなかった。
力を入れすぎて、ゼィハァと肩で息をするみっちゃんの勢いに、
「……言葉は刃物とは……よぉ言うわぁ……」
と、満身創痍であった。
「ねえ、連絡がきてから時間経ってるよね? 急いで行かないと!」
「せやで。やからユウどんは――」
「ボクも行く!」
ユウは急いで口に肉を放り込んだ。しかし、みっちゃんは両手を振って慌てるように制止する。
「いやいやいや! ユウどんは屋敷で待機や」
「なんでっ!? んぐ……ミサギさんたちが危ないんでしょ!?」
口から肉がこぼれそうになったのを、手で抑え込むユウ。
「危ないからや! まだ魔法士になりたてのヒヨッ子ユウどんは、何もできんどころか、命を落とす危険があるんよ! そのハンバーグのかけらみたいにっ!」
気を付けていたつもりだったが、ユウが足元を見ると、取りこぼしたかけらが落ちていた。
食べ物をこぼしたショックでがっくり膝をつく。それでもユウの手はしっかりと口を抑え、「すいません」とモゴモゴ謝りつつ呑み下した。
「で、でも! アヤカシは苦手だけど、力はあるよ! みっちゃんだって、ライセンスの試験の時のボクを見ただろ?」
言われて、炭となったユウの腕を思い出す。
決して気分のいいものではなかった。しかしゾッとする光景よりも驚いたのは、炭を払いのけた下の皮膚が傷一つなく、きれいであったこと。
未だに信じられないが、目の前で見たのだから事実である。
「ボクならケガしてもすぐ直るし平気だよ!」
「いやいや! すぐ直ってもケガは痛いもんやろ!? つか、苦手やったらなおの事、屋敷に居《お》りぃや!」
レストラン内の談笑に、ヒソヒソと囁き声が混じりはじめた中、二人の睨み合いがはじまった。
「連れてってよ!」
「ダメや」
「どうしても?」
「ダーメーや!」
ユウの顔が俯く。
これで諦めたかとみっちゃんが一息つこうとしたが、ユウのボソボソ声が彼を一気に追い詰めた。
「連れてってくれないと……」
「……ん?」
再びみっちゃんを睨む瞳がギラリと光る。
「……このあたり一帯にある店の食材、全部食べつくしてやる」
もちろん、みっちゃんのツケで、とユウは言い添えた。
これにはさすがのみっちゃんも、悲鳴が脳天を突き抜けた。
ユウの食欲と胃袋ならば、本当にやりかねない。
ガクッとうな垂れ、敗北の証に両手を挙げて、
「……一緒に行こうかの」
力なくユウに従った。
「そうこなくっちゃ!」
パッと表情を明るくして席を立った。が、視線を落として動きを止める。
「……? どした、ユウどん」
「すぐ行くからちょっと……ちょこっとだけ、おかわりしてもいい?」
おずおずとメニューを取り出す。
「注文したやつ、全部キャンセルやぁあああ!」
レストランにみっちゃんの声が響き渡った。
◆ ◆ ◆
時を遡ること数時間。
窓もなく、廊下から漏れ入る光だけが頼りの部屋で、隠れるようにうごめく黒い影が一つ。
締め切った扉に近づくと、隙間からの光で影は木戸の顔となり照らし出された。
彼は何故か、ミサギのそばにいなかった。
外の気配を探り、次に視線を部屋の中に向けて走らせる。
天井では、割れた蛍光灯がその身をむき出しにして、役目を果たせずにいた。
室内の奥に移動してみれば、壁に向かって右から左へとデスクが占領しており、二段構えのモニターらしき四角いものが十数台、ずらりと並んでいる。操作は、すぐ前に置かれたボードで行なうようだ。
暗さに目が慣れてきた彼は、さらに目を凝らす。
操作ボードは、キーボードのようにも見えるが、どっしりした重量感があり、ごつごつしたキーが敷き詰められている。
モニターや操作ボードの数だけ椅子も配置されていた。
それぞれの眼前にある壁には、無数のスイッチやランプが密集しており、隙間を縫うように、おそらく注意事項でも表示されるであろう小さな電光掲示板が掛けられていた。
さらに視線を上げれば、全てを監視するかのように巨大モニターが鎮座していた。
決して広くはない部屋。だが、おびただしい機器類とあちこちに設置された掲示板に、一般企業のオフィスにはない重圧のかかった空気が漂うのを肌で感じ取れた。
それもそのはずだ、と木戸は無言で汗が一筋流れるのを拭う。
ここは工場であった。
モニターの隅や椅子の背には、「ファインケミカル」と消えかけの文字が読み取れた。
多くの化学製品を扱うのだろう。
操作一つ、ボタン一つで重大事故に繋がると聞いた。
些細なミスも許されない暗黙のルールがここにはある。
敷地には、小さいものから建物を凌駕するほどの大小様々なタンクがひしめき合っている。その合間からは大樹の如く煙突が幾つもそびえ立つ。
あるいは、建造物同士を繋ぐように、縦横無尽に長短太細《ちょうたんたさい》のパイプが束となって伸びていき、材料搬入に不可欠な車輌道路が根を張っている。
根は幹へと集まり、幹は葉を茂らせ互いに寄り添い、やがて大きな森となるようにひとつの施設と化していた。
誰か一人が怠れば、施設全体が大爆発、街一つが焼け野原となりかねないのだ。
一方で、夜になれば、不夜城ともいわれる工場地帯は、建物外部の要所要所にある足場のライトが灯り、戸張のおりた世界に幻想的な姿を見せてくれる。作業にいそしむ喧騒が昼夜問わず都市を発展させるBGMとなった。
周辺地域の住民のみぞ知る隠れた絶景スポットだったのだ。
今では、新たな地に最新の機械を取り入れて移設され、残されたこの施設は使われなくなって久しい。
かつて一睡の間もなく動いていた機械たちは、寂しそうに、そして自らを労うように静かに眠っていた。
この一室も同様である。
幾種類もの機能性材料の製造を管理するシステム室であったが、監視する機械も管理する人もなくなり、空調さえ機能しないこの場所を淀ませていた。
木戸は、蒸し返す空気の中、汗をハンカチで丁寧に拭いつつ、スマートフォンをタップする。
その時だ。
囁くような女性の歌声が聞こえてきた。
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