魔法特務機関・飯綱動力監理院
一聴すると、政府に所属する特別な組織のような響きだ。
場所も、国会議事堂併設というから、重要な役割を担っているのだろう。
しかし――。
「ユウ君、どこ行くんだい? こっちだよ」
「えっ? だけどこっちに入口が……」
ユウは正面の大きな門を見上げる。
荘厳な雰囲気を醸し出す観音開きの扉が五対もあったのだが、ミサギに止められてしまった。
手招きする方を見やれば、正面の立派な門も優雅に水舞う噴水も通り過ぎた小さな通用口。
不思議に見比べていると、ポンッと頭に大きな掌が優しく乗る。
「あっちは『開かずの門』ちゅうての、滅多なことでは使われん出入口やねん」
行こか、とみっちゃんは頭を撫でる。
「うん」
重量感がそのまま名前の意を示しているかのように、固く閉じたブロンズの扉を見つめる。
「みっちゃんて物知りなんだね」
「もっと褒めたって!」
門への関心で感嘆した声を出すと、みっちゃんが鼻高々にふんぞり返る。
だがしかし、ユウの興味は入口から垣間見えるエントランスへと注がれていた。
「ここってさ、子供もいっぱい見かけるけど、何してるんだ?」
「んあ、お子サマたちはいわゆる社会見学や。何せ、国会議事堂やけぇのう。てか、見学できるの知らんかったんか?」
「し、知ってるよ! 見学だろ! 知ってたよ!」
顔を赤くして慌てふためくユウに、やれやれと肩をすくめる。
「ええか、ユウどん。この先、魔法士として仕事をしていくんなら、よぉ知っといた方がええ」
みっちゃんは、赤い絨毯に高い天井、シャンデリアが煌びやかに照らすホールに両手を広げる。
「国会議事堂っちゅうんは、国の唯一の立法機関! 社会の法が右往左往しとる場所や! エントランスにおるんは、今まさに社会の中心を学んでる未来を担う若き芽たちやぁ!」
スポットライトが当たるほど大仰な仕草に、ミサギが後ろから冷たい視線を送る。
「なんで君が偉そうなの。ユウ君、あれは放っといていいからおいで」
「は……はい」
ユウは、木戸に端へと運ばれる彫像と化したみっちゃんを見送った。
それにしても……と、ユウは辺りを見回す。
見学者に紛れて、自分たちを警戒するような視線が向けられている。自分、というよりもミサギや木戸、みっちゃんにであろう。
遠くから、曲がり角の陰から、すれ違い様にも、議員たちが惧れと人でない何かを見るように一瞬だけ視線を送る。
ユウの行動に気付いたか、ミサギは真っ直ぐ見たまま呟いた。
「気にしないでいいよ。君に向けられてるわけじゃないから。魔法士ってのは、まだまだ得体のしれない存在だって思われてるからね」
軽く言い流していたが、不機嫌さは増しているようだった。
しかし、中には警戒するどころか寄って来る者もいた。
ミサギ限定ではあるが、容姿に惑わされて下心を持って言い寄る者。
大抵が、性格の悪さを見抜くことができず、肩書きと容姿に惹かれてくる哀れな輩だ。
中には、ミサギがどれだけ悪態をつこうがめげない強者もいて、面倒な事この上ない。
そしてもう一方は、魔法士というだけで、謂われなく毛嫌いして悪意と憎悪で接する者。
仕事の関係上、仕方なく接触するものがほとんどだ。たまに意味なくつっかかってくる暇な者もいる。
そういった輩は、何を言おうが功績をあげようが、何をしても文句をつけてきて厄介である。
まさにその両方を持ち合わせた人物に出くわそうとは、不幸としか言いようがなかった。
五十歳代の男性議員が、正面から通路のど真ん中を歩いてくる。後ろには、四、五人ほどの議員と秘書を連れていた。
大人がぞろぞろと連れ立って歩く様は、さしずめカルガモの行進である。
いや、カルガモの方が断然かわいい。
先頭を歩く、でっぷりと肥えた腹を抱えた議員は、ミサギを見つけるなり厭味ったらしく顔をグシャリと潰して笑みを見せる。
「やあ、これはこれは。東条さんではないですか。珍しいですね、見学案内ですか?」
ミサギは無表情だ。
この人物は、自身が裕福であることをひけらかすように豪華なプレゼントを送りつけてきておいて、「お世話になっているから贈ったのに、そちらは何もしないのか?」とケチの口実を自ら作るタイプである。
感情をうっかり顔に出してしまえば、相手の思うつぼだ。
「……ちっ、面倒なモンが来よったわ」
みっちゃんが誹毀を漏らす。
「あいつやねん、ミサギどんに今回の仕事ぜぇんぶ押し付けたんは」
その言葉とみっちゃんの表情で、彼への印象が一気に悪化したのは言うまでもない。
ミサギたちは軽く会釈する。ユウも倣って頭を下げたが、少し睨みつけていた。
「お忙しいのに、引き留めてしまい申し訳ありません」
ミサギの、鈴を転がす美しい声が響く。
顔を上げたミサギの営業スマイルは輝いていた。
銀髪がサラリと肩を撫で、儚いながらも通る声で目の前の取り巻き議員複数名を撃沈させる。
肥えた議員と女性秘書はさすがというべきか。
ミサギと顔合わせが他者より多かった分、彼のスマイル攻撃に耐性がついている。それでも、膝は震え表情は恍惚として赤らめていた。
しかしユウは、なぜ仕事を押し付けた相手にあんな笑顔を向けるのか、不可解だという表情だ。
「たいていは、ミサギどんのあの笑顔か毒舌でやられんねん」
みっちゃんがユウに耳打ちする。
心からの笑顔ではない、寧ろ相手を制圧するための表情攻撃だったのだ。
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