その少年は、生まれながらに言葉を発し、両親や周囲にいた大人全員を驚愕させた。
それだけであれば、天才だの逸材だのと讃えられただろう。
しかし、幼子が発する言葉には不可解な力があった。
夜が怖いと言えば、大人たちも夜道に恐怖心を抱き、誰も出ようとしない。
幼心に蟻を踏み潰すのが楽しいと言えば、みな夢中になって蟻を踏み潰す。
さらに不可解なのは、まだ二歳なのに、十歳かと見紛うほど身体が成長していた。一歳を迎えた頃に、父母のように早く大きくなりたいと戯れに願いを言った後のことだ。
それから、同じ年の子より倍以上も成長が速くなった。
そして、幼子が三歳となった日、彼は自ら親のもとを去った。
理由はたったひとつ。
一度きり、吐かれた言葉。
本人に隠れて言われた言葉だった。
「なんであんなバケモノが――」
眠りにつく布団の中で聞いてしまった幼い子供は理解していた。
その言葉は、自分に向けられたものだと。
言ったのは……母親なのだと。
もしかしたら、深く考えずに発言してしまったのかもしれない。周りの人々から毎日のように観られ、囁かれ、気持ちが不安定になったことから出てしまった言葉かもしれない。
しかし、その言葉は無数の棘となって刺さり、酷い痛みを伴って喰い込み、悲しませるものであった。知っていた子にとって、幼い心をどれだけ抉ったか、消えない傷を作ったか。
「ぼくは――」
子供はこっそり布団を抜け出した。
外を闇雲に走り、小さな村落の灯りも見えなくなった頃、そこが森の中とわかった時、初めて足を止めて辺りを見た。
子供の見わたす景色は知らない場所で、孤独と絶望が惑わすように生い茂っている。
しかし不思議と、子供に恐怖はなかった。
惑わされる感覚に少し酔いながら、獣道を掻き分けていくと、月明かりに照らされた広場に出た。
そこには少女が立っていた。
「おや、珍しいの。お主、こんな森の中に来て、一体どうしたんじゃ?」
幼い子よりもさらに年若い見た目をして老人語を話す彼女は、自らを言の葉屋と名乗った。
走って森にたどり着いた経緯を尋ねられ、拙いながらも話すと、
「並大抵の苦労ではないの……お主、よく頑張ったわいな」
そう言って、子供の頭――には手が届かなかったので、手をとって優しく撫でた。
この時、子供はこの胸を苦しくさせているものが悲しみだと初めて知って、涙を流した。
「お主に、選択肢をやろう」
「せん、たく……?」
「そうじゃ、選べ小童」
言の葉屋は手を差し伸べる。
「その力の名を、バケモノと呼ばせるか、それとも字綴りとして昇華させるか」
幼子は、言の葉屋の言っている事はわかるのだが、
「……わからない、どうすればいいのか……」
判断までは、できるところまで至っていなかった。
言の葉屋は、にっこり笑う。
「なに、簡単じゃ。嫌だと思う方は選ばない、それだけじゃ」
暗鬱とした、陽の光さえ差し込まない森だった。
しかし言の葉屋の言葉は、そのなかで太陽のように眩しく少年を照らし出す。
そして、三歳となったばかりの少年は選択した。
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