「いいかいミシェル」
ミサギは、白いスーツに春用の薄手のコートを着て玄関前に立つ。草原が広がる外は、やわらかな陽射しが彼を照らしていた。
「僕は用事があって出かけるから。帰るまでにユウ君が魔法士として活動できるように、最低限の手続きと知識の教授は済ませておくように」
「ちょっ……帰るまでって、いつまで――」
「頼んだよ」
それは、脅迫しているのではと思える表情だった。
「……………………顔が全然頼んでないわー……」
全員が外に出たところで、木戸が玄関の戸を閉めた。
鍵が重たい金属音を発てる。
ふと、人の気配を感じてユウが振り向くと、そこは屋敷の庭でなく、街中のオフィス通りだった。
多くの人が行き交い、喧騒が溢れ、時間が流れていた。
◆ ◆ ◆
「さて! そんなわけで、こんなとこに放り出されたワケやが!」
仁王立ちのみっちゃんに、見慣れない街に視線が右往左往しているユウ。
そして木戸とミサギの姿はない。用事とやらに行ってしまったようだ。
「ここ、どっこやねーん!」
叫ばずにはいられない質なのだろう。
「もーぉ、ミサギどんはホントてきとーに放り出すんやから。ここ、何県の何市で何丁目やのーん?」
「えーと、ボクのせいでごめん、みっちゃん」
ユウが俯く。
「何言いゆうが! ユウどんのせいなわけあるかいな」
「だって、魔法士になるのに、いろいろ手続きとかいるとか、全然わかんなくて」
「えーよえーよ、ワッシ案内するけえ」
「今からどこへ行くの?」
「魔法士になるっつーなら、まずはライセンスを取りに行かんにゃな。今後、仕事をするにしてもなんにしても、それがないと不便な世の中やけぇね~」
仕事をするのにライセンスが必要なのは、ユウも何となくだが知っていた。兄がそうだったからだ。
ただ食べるくらいしかないの仕事内容にライセンスがいるのか、とても不思議ではあるが。
「こっから近いライセンス機関は……おっ、役所が近いな。あなたのまちのお助け機関ってな」
みっちゃんが、スマホで位置を調べていると、ユウが彼の裾をちょいっと引っ張った。
「ねえ、みっちゃん。ボク、マホウシとヨミコってどういうものか知りたい。だから、教えてください」
「おう、そうや、途中やったもんな」
みっちゃんはぽふぽふとユウの頭を撫でた。
「律儀にせんでも教えるから安心せい。んじゃ、ライセンス取りに行きがてら説明しよっかのう♪」
歩道のど真ん中で、「ほいでは、みっちゃんの説明ターイム!」と、番組のコーナーのようにコールするみっちゃん。
周りの視線が一斉に集まり、ユウは慌ててフードをかぶった。
「まずは『妖魅呼』から――つっても、詳しいことはほとんどわかってないんよ。何せ妖魅呼自体、存在数が少ないからな」
「どのくらい?」
「ミサギどんやろ、それからユウどん……」
みっちゃんは黙ってしまった。
「……もしかして、二人だけ?」
「――せやなっ!」
「絶滅危惧種みたい……」
「あとは、体質で言えばお前さんもよう知っちょるやろ。アヤカシがわんさか寄ってくる、あれも妖魅呼の特徴や」
その言葉に、ユウはまさに苦い野菜を食べたときのように表情を歪める。
「あれは嫌だ。兄ちゃんにすごく迷惑をかけているからホントに困る」
「せやかて、それを何とかするために、魔法士になるんやろ?」
「そうなんだけど……えーと、その魔法士って、職業なの? 何するの?」
みっちゃんは顎に手を当て、ウームムと考える。
「んー、まあ、仕事っつったら仕事やな。アヤカシ退治の専門家みたいなもんや」
「じゃあ、ミサギさんもアヤカシ退治の専門家?」
「まあ、の。詳しいことはまた別の時に言うわ。とりあえずは、ライセンスやな。ほれ、もうすぐ着くで」
促されて見上げると、彫刻が並ぶレンガ造りの建物がそこにあった。
およそ、役所には見えない。しかし、彫刻自体は華美というほどでもなく、作品を紹介するプレートには、地元出身の芸術家の名前が連なっていた。アートによるまちづくりに力を入れていることがわかる。
中に入ると、混雑こそしていないが、それなりににぎやかなロビーだった。
四方をコンクリートに囲まれ、ユウから見て右に総合受付と書かれた吊り看板と大きな掲示板、そして左に出入り口があった。
「そや、身分証明はちゃんと持ってるか?」
「あるよ。いつも肌身離さず持つよう兄ちゃんに言われてたから」
言われて、ユウは透明なカードを取り出す。
『パソカ』の略称で普及しているパーソナルカードは、個人の生体情報や戸籍、免許や保険など、持ち主に関する情報がすべて一枚に記録されているカードで、現在、身分証明といえばこのカードである。
透明プラスチックに似ていて、ユウが表面を親指でなでると白く変色し、名前と顔写真が現れた。
ユウは、それを確認し、『ライセンス受付』と書かれた窓口に行く。
迎えたのは優しそうな女性で、ユウににっこり微笑みながら挨拶した。
「こんにちは……あら、あなた新顔さんね。どちらのライセンスをご希望ですか?」
「え、えーと……」
思わずみっちゃんをちらりと見てしまった。
「なんや、恥ずかしがり屋かいな」
「だ、だいじょぶ! ちゃんと言える」
大きく深呼吸して、目の前の受付嬢に言った。
「ま、魔法士のライセンス、お願いします!」
ぎこちなかったが、なんとか言い切ったユウ。
受付嬢は、変わらずにっこりして番号札を差し出した。
「はい。この番号でお呼びしますので、呼ばれましたら左奥の査定室へお越し下さい」
案内された二人は、待ち合いスペースの椅子に座って待つことにした。
「どういうことするのかな?」
「ライセンス取得の攻略ポイントは三つや!
一つ目、アヤカシの存在証明。二つ目、魔力の数値化。三つ目、パソカや」
「存在……数値化?」
「アヤカシってどうやってみんなに存在証明する?」
「あ……どうすんだろ? 普通、見えないよね? 『いるー』って言ったところで信じてもらえないし」
「ところがや! その『いるー!』を証明できた奴がおんねん。アヤカシの特殊な波長を解析した天才が仮想現実で誰でも見えるようにしちまったんよ」
「おおー! VRってやつだ、なんかすごい!」
「試験官はアヤカシに似せた波長を空間に放つ。VRゴーグルをつけて、受験者に居場所を聞くんよ。そんで、正しく居場所を示せたらクリア!」
「なんか、ゲームみたいだね」
ライセンスの取得だけに、難しい試験を想像していたユウ。少し気が楽になったようだ。
「春日ユウさん、こちらへどうぞ」
案内の女性がやってきた。
「『百聞は一見に如かず』や! 実践する方が早いけえ、やってみいや」
「うん!」
ここまで読んでくださりありがとうございます。次回更新は、6月22日の予定です。
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