彼はさらに短冊を取り出してユウに貼りつけた。それはゆらゆらと掴みどころのない水人形にも容赦なく腕につく。
「なにこれ!?」
青い文字が浮かび上がる。
「“凍り鬼”」
井上坂が短冊を貼った部分からユウの腕が凍りつき、砕けてしまった。
「ギャアアアア!」
ユウの姿に合わぬ悲鳴に、井上坂はさらに短冊を投げつけ、周辺の水人形を全て凍らせてしまった。
「……さあ、次は誰の番?」
振り返り様に井上坂が言う。
凍った水面は、どこからか溢れる水がすぐさま覆い、次々とユウが生まれてくる。
全身を赤く染めながら揺らぎ、それは井上坂に襲い掛かってきた。
「自ら捕まりにくるか?」
ユウの姿をした水人形たちは、鋭い爪を伸ばし、牙を剝いて井上坂に突き立てんと向かいくる。
頭、心臓と、的確に急所を狙っているにもかかわらず、攻撃はすべて彼に難なく避けられてしまった。それどころか、捕まり氷漬けにされていく。
「伊達にこの歳で字綴り屋はやってないよ。
……さあ、”鬼さんこちら、手の鳴る方へ”」
からかうように手をパチパチ鳴らすと、言葉通り挑発にのった何体かの水人形は、井上坂に向かって突進してきた。
その隙に、残りの何体かは、逃げようとしていた。
「“どんなに逃げても、捕まえてやるよ”」
短冊が、逃げる水人形の背に次々と貼りつく。
井上坂は、一度それらに背を向けて、
「“だぁるまさんが、こーろんだ”」
再び振り向くと、水人形たちがぴたりと静止する。
時が止まったかのように、揺らぎ一つしない水人形たち。
水人形どころか、辺り一帯動くものも音すらもなくなり、井上坂は自身の耳鳴りに少し顔を歪ませた。
「これで全部か……」
さて、どうやって門の中へ還したものかと井上坂が思案していたその時。
ドゴォオオオン
突如、背後から爆音が襲った。
「!?」
音だけでなく、衝撃波まで押し寄せてきたものだから、井上坂は背中が砕けたかと錯覚してしまった。
思わず背の方を見ると、再び爆音と衝撃が届く。そこで初めて、朱綴りの門が悲鳴をあげていることに気付いた。
ユウであろうか。しかしそうだとして、これはとても子供の力で出せるとは思えない音と衝撃だ。
思考を巡らせる間にも、立て続けに地響きを立てて門が破られようとしている。
静止していた水人形たちは、一斉に声をあげる。
「バケモノだ! そこから出しちゃダメだよっ!」
憤怒の色になった水人形のユウが叫ぶと、門に閂が現れた。
――自分自身を閉じ込める気か!?
しかし、閂はすぐにヒビが入り、ボロボロに崩れ去る。それを見て、水人形たちは焦って叫ぶ。
「やめてよ! でてこないでよ!」
「出てこいっ!」
井上坂が門に手をかけて叫ぶ。
「早く……早く出てこい!」
ガコン、と門が少し開いた。
その様子に、水人形たちは口々に囁きだす。
「どうして?」
「どうして出ようとするの!?」
「なんで?」
「なんでそんなことするの?」
「ないよね?」
「ボクは、ひつようないよね!」
次々と訴える水人形たちは、赤からどす黒い闇にどんどん身体を滲ませていく。
唯一、赤く残された瞳がギョロリと睨む。
「自分で自分を否定したら、生きづらいに決まってるだろ」
井上坂は、少し開いた門をさらにこじ開けようと力を込める。
「こいつはここから進もうとしているのに……それを拒んだりするな!」
井上坂に言われ、水人形たちが一斉に破砕する。
ガラスのような、氷のような破片をまき散らし、一番門に近い水人形が一人残された。
「そんなこといったって! ここにいちゃいけないボクなんか、ひつようないだろっ!」
「……必要だよ……!」
門の向こう側で声がする。ユウだ。
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