◆ ◆ ◆
巨大な指を軽々と受け止めた片手は、力を回し流すようにアヤカシの巨体を後方へ投げ飛ばしてしまった。
ミサギは、不機嫌と怒りをめいっぱい表情に出したまま、アヤカシへと振り返る。
「僕らに手ぇ出すとは……よっぽど消されたいらしいね……!」
すぅっと息を吸い込み、何かを発しようとした。
刹那。
アヤカシのさらに後方で炎が吹きあがった。
「!?」
空気を巻き込んでどんどん上昇する炎は、吹き荒れる竜巻と化してその威力をさらに強めていく。
「な、なんやあの火の竜巻は!?」
渦巻く炎が波と化し、輝き放つ真っ赤な山がうねるように幾つも現れた。
一番近い山へ目を凝らすと、小さな石が無数に積み重なっている。
「あれは……!」
ユウには見覚えのあるものだった。
その存在の心臓とも呼べるものであり、弱点であり、命そのもの――アヤカシの核だ。
山の上には核だけでなく、炎に包まれた瀕死の小さなサルと、同じくらい小さな犬が死屍累々。天にまで届くほど高く盛り上がっては波のようにうねっていく。やがて波は火の海になり、一匹の巨大な黒い犬へと姿を変えた。
オオーウァアーォォ……
こちらもサルのアヤカシに負けぬ巨躯で妖しい旋律を奏で、やがて空をつんざく遠吠えになる。
低く遠く震わせる鳴き声は、小さな犬、サルを模したアヤカシたちの力を奪い赤い宝石のような核へ、核だったものは灰へと散り消していく。
犬もまた、燃えるほどに赤い瞳でサルを見据えた。
「あいつもアヤカシ!?」
「もしかして、仲間のアヤカシを助けに来た……とか?」
「まさか。あのサルがさっきまで仲良くケンカしてた相手だよ」
ミサギが馬鹿にした。
二匹は、しばらく対峙していたが、どちらともなく唸りだし、互いに噛みつき出した。
サルが叩きつけるように犬の頭を殴れば、犬は炎を吸い込み、前足で地を踏み鳴らす。地響きとともに岩の槍が鋭く巻き上がりサルを襲う。
サルは器用に避けては拳で砕いていく。
「……アヤカシ同士で争ってる……?」
不思議な光景であった。
今まで人間に害を成すアヤカシしか知らないユウは、目の前で自分に見向きもせず鬩ぎ合う二匹を呆然と見る。
「このまま共倒れしてくれたら僕としても楽なんだけどね」
ミサギは面倒そうに呟いた。
「さっさと片付けようか」
「片付けるって……あんなに大きなアヤカシをですか?」
「あれぇ? 君だって空飛ぶ大きなアヤカシを退治したじゃないか」
ミサギは、ユウと出会った時の事をからかいながら言った。
「あ、あれは核が見えていたからラッキーで壊せて……」
「そう、あれは偶然、巧まずして、偶さか。
囃子言葉も出ないアヤカシだったから君でも対応できた。だけどね、あのやり方は自殺行為なんだよ。
戦い方は今度教えてあげるから、だから――」
ミサギは、悪い事をした子供を叱るには言い表し難い縹渺とした表情を見せる。
「だから、もう二度とやったらいけないよ」
「……はい」
うな垂れるかと思いきや、自分をまっすぐ見て返事をしたユウに、ミサギは満足気に口の端を弓引く。
燃え盛る炎に煽られ、ゆらゆらと揺れる空気に銀髪が波打つ。長いまつ毛が少し隠す黒霞の瞳は灼熱地獄を見つめ火の色を映し出す。
その姿が儚げで、幻想的で、思わず魅入ってしまうのだ。
炎に焼かれ煙に巻かれた空は暗く、火の海に照らし出される彼の横顔は、何もできず下界を憂いているかと思いきや、口角は密やかに楽しむ形へと引かれている。
「さて、ちゃっちゃと済ませようか」
機嫌がいいのか、ミサギは鼻歌を口にする。
◆ ◆ ◆
緩やかな律動に優しげな音調で、思わず目を閉じて聴き入ってしまう。
歌とは、炎も聴き惚れるものなのか。
勝手奔放に蹂躙していたはずが、いつの間にやら情熱を込めた舞を始め、ミサギの周囲に集まってきていた。
それはもはや、アヤカシを彩る地獄の炎ではなく、ミサギの為に存在する浄化の炎であった。
美しい旋律と光景に見聴き惚れてしまう自分がいて、ユウは自我を戻そうと首を振る。
しかし魅入ってしまう。
その感覚は、ユウにとってどことなく覚えのあるものであった。
「……兄ちゃん?」
ミサギの姿が兄と重なって見え、ユウはごしごしと目を擦った。
「木戸、水」
その指示に、彼は秒と置かず小瓶を手渡す。
どんな事態でもすぐさま対応できる有能万能な部下、木戸。
ミサギは小さなコルクの蓋を開け、中身を宙に撒いた。一見、ただの水のようだが、彼の周りだけ重力がないのではと見紛うほど、ゆっくりと水は彼の眼前を舞った。
すると、水はスパンッと碁盤の目を描いて切れ、霧状になって消えていく。
「えっ? 何っ?」
「ミサギ様が広範囲の結界を張ったのです」
状況を的確に説明したのは、やはり木戸であった。
「動かれると危険ですので、ここで待機なさっていてください」
とはいえ、既に木戸に抱えられていて身動きはとれないユウであった。
「動いちゃダメだってさ、みっちゃん」
「ぐぇ」
ユウはチョロチョロしているみっちゃんのポニーテールを引っ張った。
アヤカシ二匹はというと、消えたはずの霧状の水に身体を絡めとられ、もがいていた。
「すごい……」
自身の戦い方を思い出し、彼の強さを実感するユウ。
自分では、とにかく周りに被害が及ばないようにするだけで精一杯になり、アヤカシを抑えるなど不可能であった。
それを、目の前の彼は身じろぎ一つせずこなしている。
あたりは、花びらがひらひらと世界を彩る。
――魔法を使うと、その魔法士の力の程がわかる。
ユウは、兄の言葉を思い出していた。
魔法士が力を使うと、必ず花びらが舞う。
その数は術の威力を表し、色は術者の強さを表すという。
髪の色と相反して淡い月白に光る花びらを、頭上からひらりひらりと優しく散らしながら教える兄は、とても幻想的だった。
まさに今、目の前に至美なる世界が美しく広がり、泡沫の夢でも見ているようだ。
「こんなに……強いんだ……
……ボクも……」
ユウの胸が高鳴る。
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