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しばらくして、ダボダボのTシャツを着てユウが風呂場から出てきた。
自身からふわふわと上る白い湯気を纏い、満足した様子で言の葉屋と井上坂に頭を下げる。
「ありがとうございます、助かりました。このシャツも洗ってお返しします」
黒いシャツは、ご当地ヒーローのグッズらしい。
井上坂が気に入って買ったもので、正面に白抜き文字で『White Snake King』と書かれていた。
井上坂は、気にしなくていいと言いつつも、少し惜しむようにシャツの裾をクイッとつまむ。
ユウが見上げると、彼はフイと目を逸らす。心なしか、頬が紅潮していた。
「いつでもいいから……また来て」
「うん、また来るよ!」
彼の頬が緩んだ。
「ほう……!」
二人の様子を、興味津々に眺める言の葉屋とみっちゃん。少々出歯亀気味なところが似ている。
「珍しいの、お前がそんなことを言うなんて」
言の葉屋がからかうと、井上坂は顔をしかめる。
「シャツ…………気に入ってるから……それだけ」
照れているようには見えなかったが、それでも言の葉屋はニヤニヤしながら彼を見ていた。
「ところでユウどん、肝心の字綴りの方はどうやった?」
みっちゃんが身分証明を見せてくれとせがむ。
取り出したユウも一緒に見るが、何か表示が変わった様子はなかった。性別欄は不備を指摘された時と変わらず『×』のままだ。
「お、不備なんてキレイさっぱし無くなっとるの~♪」
「え?」
みっちゃんの言葉に思わず振り返る。
身分証明を覗き込むが、ユウが見ても性別欄は、不備を示す『×』マークがついていた。
「これ、『×』なのが不備なんじゃないの?」
「おー、これはな、『×』やのうて、『X』なんよ。エックスジェンダーの『エックス』」
「……なにそれ?」
訊かれて、みっちゃんはうーむと手を顎に当てて考え込む。
「……あんな、身分証明書に書かれとるのは、生物学的な性別やのうて、社会規範での性別なんよ」
「?」
「んー……じゃけえの、昔は男と女の二つだけやったんやけど、今やったら……男は男やけど実は女や~って人とか、そうでないときとかあって――」
説明されたが、あいかわらずみっちゃんの説明が下手くそで、首をかしげた。
「……まあ、ユウどんがもうちょいおっきくなってからな」
説明を諦めたみっちゃん。
「なんだよ、子供扱いして!」
頬を膨らませて怒ったが、それが子供らしさを増長していることに本人は気づいているかどうか。
煙管を嗜みながら、言の葉屋がユウを宥める。
「そう風船になるでないよ。そやつが説明下手なのは昔からじゃ。
アタイらは、今回そこに書かれる内容の概念を修正したんさ。今、そこにある性別の概念は、見た目の方じゃなくて、心の方で判別されとるの」
言の葉屋は言った。
「おっと、詳しい原理はお聞きでないよ、アタイらだって面倒くさい説明は苦手なんさ」
言って、彼女はめいっぱい吸い込んだ煙をふぅっと吐き出す。
「さあさあ、それよかあんたは魔法士になるんだろ。行って、成ってきな」
「はい、ありがとうございます」
「かたじけないで、言の葉屋、字綴り屋」
「あんたはおせっかいすぎるのを治しな!」
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