さらに攻撃の速度が上がる。
もっと、もっともっと速く。
もっと……もっともっと、刹那に屍体となる間際へ!
敢え無くなる瞬間を想像しただけで、あの時の昂りが蘇る。
「——え? あの時?」
「!?」
ユウは自身の記憶に疑問が浮かび、動きが止まる。
様子が変わった事に気付いたが、総領寺の攻撃は刹那には止められなかった。
「やばぃっ! 死——」
ッキィィイン
澄んだ撃攘音に、ミサギの怒りを露わにした顔が見える。
「そこまで……!」
続く応酬に終わりを告げたのは、ミサギの細く白い、怒りが込められた手だった。
数秒遅れて、交えた攻撃から発した反動が勢いよく風となって吹き荒れる。
一撃必殺であろう総領寺の攻撃は、ミサギの冷気を帯びた片手で受け止められ、残る手はユウを背後に隠していた。
怒りでミサギは普段使わない言霊を発していた。おかげで皆の動きが止まったのであった。
「先に謝罪をしていたとしても許容できるものではないと判断しますが?」
ミサギが上司を睨みあげる。
部下の圧力に上司はタジタジだ。
「いや、悪い……本当にすまない! 私の攻撃を全部避けられてちょっと……久しぶりに本気の感覚が戻っちゃって」
「では、僕も久しぶりに本気でお相手しましょうか?」
辺りを漂う冷ややかな空気が、急激に刺すような痛みを伴う。総領寺は慌てて手を合わせる。
「か、勘弁してくれ! 本当に悪かったって! もうやらないから、小さく言霊を唱えるのをやめてくれー!!」
言葉に反し、床は霜が降り、壁も凍りついていく。
「本気で怒ってます」
木戸がボソリと呟いた。
「それ、ヤバいんちゃう……!?」
「ヤバいですね」
「んな冷静にしとる場合か――せや! ユウどん!」
淡々としか対応してくれない彼に、みっちゃんは慌ててユウに耳打ちする。
始め、眉根を寄せていたユウだったが、みっちゃんの懇願にこっくり頷いた。
「――わ、わかった! やってみる!」
「スマン頼む! 多分この状況治められるの、ユウどんだけなんや!」
見ると、ひんやりした彼の片手には、無数の花びら。まさに総領寺に降りかかる瞬間であった。
ユウは、怒り狂う彼の背中を見上げ、大きく息を吸い込んで、ミサギの残る手を握った。
「ミ、ミサギさん! あの、用事! なにか用事があって呼ばれたんですよね?」
ピタリと冷気の渦が止んだ。
ユウに注がれる視線は、まだ殺気が十二分に残っていたが、それもみるみるうちに溶けていき、ミサギはだらんと棒立ちになる。
「用事……」
「そ……そうだそうだ、君に頼まれてた調査データ! あれを渡そうと思ったんだよ!」
総領寺も、チャンスとばかりに机に溜まった資料を引っ張り出す。
「ほら!」
総領寺は、ファイルに綴じられた紙の束を差し出した。
ファイルは黒いプラスチック製の丈夫なものであるに対し、中の紙は古ぼけた和紙で、全て手書きで書き記されていた。
「……確かに、受け取りました」
ミサギは資料を受け取ると、ようやく冷気を弱めた。
「大変だったんだからな~。このご時世、アナログなんてホントあり得ないよねぇ」
フウガは、やれやれと肩を揉みつほぐしつ言った。
ユウがじっと見ているのを、総領寺は察したのか、和紙をひらひらとしてみせた。
「和紙……というか、紙が珍しいかい?」
ユウは、コクンッと頷く。
フウガは和紙とともに、タブレットの画面を見せた。
映し出されているのは、文字化けして全く読めない報告書。
「アヤカシの発する魔力は、機械に異常を呼び起こすようでね、記録できないんだ。ほら、今日テレビ見ただろうけど、映ってなかっただろ? 人間は、見たり触れたりできる人がいるから記憶に残すことができる。
しかし、何故かデジタルだとうまく行かない。おまけに原因は不明なんだ」
だから、これの出番さ、とフウガは和紙を掲げた。
「和紙とボールペンなんて、ずっと放置してたからね。急いで倉庫から引っ張り出してきたんだ。今時分、両方ともほとんど生産されていないし出回っていないからね~。しっかし、和紙はどうも書きづらいね。手も痛くなるし」
「書きづらいと仰るところすみませんが」
ミサギが訊ねる。
「室長、データはこれで全部ですか?」
「そうだよ。報告書一枚一枚ぜぇ~んぶ確認しながらまとめたんだから、大事に扱ってくれよ」
彼の返事に、ミサギは顔をしかめた。
「確認しましたが、被害のあった地域ばかりじゃないですか。被害のなかった地域のアヤカシについてのデータはどこですか?」
「はぁっ!? なんだそれ!?」
「確かに依頼しましたよね?」
「無茶言うなよ! 被害があったから報告が上がってアヤカシの存在も確認できるんだよ! 被害がないなら報告もデータもないんだぞ!」
「あんたが出来るといったんでしょう!」
「ああっ!? アヤカシにパーソナルカードでも持たせて分布図とか生息地とか作れってか?
ゲームかよ無茶言うなっ!」
「だったら最初に言ってください!」
ミサギは、資料をバンバン叩く。
「ああっ! 大事に扱えって言ったろーが!」
声を張り上げ言い争う二人。
どうしたらいいかわからず見ていると、ユウは手に鈍い痛みを感じた。
「!?」
ユウが手を見ると、自ら握ったはずが、気付けばミサギがユウの手を握りしめていた。
とたんに、顔が熱りはじめる。
おたおたして周囲を見ると、みっちゃんと目があった。
「みっ……みみみんみっみんみ……!」
「なんやユウどん、セミのマネか?」
どこにしまっていたか、セミのなりきりセットを取り出す。
ユウは、盛大に首を横に振る。握っている本人はまだ総領寺と言い合っていた。
「あっ……あの……ミサギさっ……!」
ペシペシと軽く叩かれたのに気づき、ミサギはユウへと振り返る。喚き続ける総領寺は完全に無視だ。
「なんだい?」
「あの、手、手を――」
オロオロしながら訴えるユウ。その顔はぎゅっと繋がれた手を見ていて、しかし耳まで真っ赤になっているのがわかった。
ミサギはキョトンとする。
「手を繋ぐくらいで取り乱して……」
不機嫌にさらに輪をかけ、ユウの手を解放した。
「幼児は素直に喜ぶものだよ」
「ヨージじゃないですっ!」
「ならいいじゃないか、気にすることじゃない。
それよりユウ君どう思う? 大型のアヤカシ討伐を、僕一人に押し付けようとしているんだこの中年室長は!」
「だーかーら! サポートするって言ったじゃないか中年言うのやめてくれ!」
総領寺は早口でまくし立てる。
「実際、大型アヤカシを二体も倒したのは君とユウ君なんだから、君たちに指示が下るのは分かりきっているだろうが!」
「え!ボクも?」
突然の驚きに巻き込まれ、さらに状況が混乱した。
「ボクそんなことやったっけ?」
必死に記憶の引き出しを漁るが、サルと犬のアヤカシが強烈過ぎて思い出せない。
「ほら、先日被害を出した、鳥のような大きなアヤカシを覚えているかい?」
「あ、はい……え? あのアヤカシ?」
「そう。あれも大型のアヤカシなんだ。
あとは、姿は現してこそいないが、大型のアヤカシと思われる反応が、国外も含め十ヶ所あることがわかったんだ」
「面倒くさい」
ミサギは一蹴する。
「それはわかる。わかるから、帰ろうとしないで」
総領寺が踵を返すミサギのスーツを引く。対し、ミサギの冷たい視線が突き放す。
「僕は自分が嘘つくのはいいですけど、嘘をつかれるのは嫌いですよ」
「ウンウンそうだよねっ! 君ってそーゆーヤツだよねっ! ゴメンって!」
「本当は把握できるんですよね、アヤカシの居場所」
「確証が取れないんだ! 本当に実証実験の最中で――」
必死に訴えるが、ミサギは総領寺をぶら下げたまま帰る勢いだ。
その時だ。
「ヒヒヒッ、確証なら取れてるよっ!」
扉の向こうから声がした。
ドガァン
爆発にも似た音をならし、扉が吹っ飛んだ。
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