あまりの眩しさに目を開けられない程激しい稲妻の空間。だが不思議な事に、ミサギに痛みはまったく感じられなかった。
「……?」
音と光がだんだんと落ち着いてくると、ユウはそっとまぶたを上げ目の前に立つミサギを見る。
驚くことに、稲妻走る空間にいたのは、無傷のミサギ。
放電は続きバチバチと音までたてているが、これといったダメージは無い様子だ。
「み、みしゃぎ……しゃ?」
「……何ともない」
意外な結果にミサギは拍子抜けした声で応える。
頭上にハテナを飛ばすユウ。
アラミタマも同じリアクションで悩んでいたが、再びミサギに狙いを定めて、雷の弾を撃った。
今度は、避けることなく真正面から受け止めるミサギ。
先ほどと同じ轟音を響かせ、辺りが光に包まれていく。しかし、やはり何も起こらない。
「ど、どういうこっちゃねん……?」
「メェ〜???」
もしかして、と吉之丸は気付く。
「東条さんの事、女性と勘違いしてるんじゃ?」
「は?」
「勘違いしてて、男に変えようとしてるんじゃないっすか? 所長みたいに」
「えっ?」
またもや核心を突いてしまった吉之丸。
その発言を聞いて、ミサギの表情が変わる。
背を向けられたユウ以外の皆は、この世で見てはいけない怒りを見てしまったと、後に青ざめながら語った。
「ふざけるな…………僕は男だ」
かつてない冷気を放ちながら呟く。
「!!??」
まさに、ガーンとショックの鐘を鳴らすアラミタマ。
「お、落ち着けって…………な?」
「せ、せやで……ほら、アラミタマいうても、もこもこの羊さんやん? キレても、しゃ、しゃーないやん? な?」
みっちゃんとアスカは決死の覚悟で止めに入る。アラミタマを封印するのだから問題はないはず。だが何故か、止めないと途轍もない惨劇が起こる気がしてならなかったのだ。
木戸も察しているのだろう、彼から見えないよう大きな体でユウを避難させて隠す。
その場にいる全ての存在が体の震えを感じていた。
原因はきっと寒さだけではない。
禍々しいオーラが周囲に滲みだし、ミサギは小さく口を動かす。
「…………ル シエ コンフェ ト シェス フェセス……!」
「ちょっ!? こ、言霊待って!? それ羊さんぜったい怖がるやつ言うてるやろ!?」
「アラミタマ相手に、温情掛ける必要があるの?」
「メヒェッ!?」
アラミタマも恐怖を感じたのか、怯えてひきつった声を上げる。
「……僕を怒らせたのが悪い……!」
「や、やめたげてぇな……今はミサギどんの方が悪モンの顔なっちょるで~?」
「そ……それにさ……ほら、アラミタマは封印しなきゃ、ね?」
ミサギは無言で無数に連なる氷の鎖と錐を空気中から作り出した。
アラミタマの起こした風は、ミサギの冷気と混じり雷が冷気に食われていく。
澄んだ音をたてながら、刹那のうちに小さな羊たちを錐が全て貫き、鎖は巨大なアラミタマを絡めとった。
「メッ……メエエェ……」
リィレァー……
拘束から逃れようと、アラミタマはもがき始めるが、
「動くな」
彼の一言で、恐怖とともに動きを封じられる。
「……」
ミサギは大きく息を吐き出し、
ダンッ
と、片足で思いきり地を踏みつける。
その衝撃だけで大地は裂け、落ち窪み、数分にわたる地震を引き起こした。
「僕の気が変わらないうちに、早く封印して」
落ち着いた、いつもの表情を見せているが、昏い漆黒の瞳に無慈悲な殺気を宿したミサギに、一同は従う他なかった。
◆ ◆ ◆
緇井は、急いで透明な小瓶を地面に置き、スマホをかざす。
冷たい風が強く、かじかむ手で瓶を押さえていなければ飛ばされそうだった。
スマホを持つ手から、明るい青緑の花びらが無数に舞い出て、風にあおられ花吹雪と化す。しかし、AR機能で映し出された画面には、小瓶と魔法陣だけが映っていた。
緇井は、カシャリとシャッターを切る。
すると、先ほどの魔法陣が瓶に刻まれているではないか。
小瓶を確認すると、彼女はアラミタマへと瓶の口を向ける。
「アラミタマを封ず……!」
彼女が念を込めると、小瓶の周りに再び花びらが舞い始める。魔法陣は淡く青く灯り、風が徐々に瓶へと吸い込まれていく。
時を置かず、瓶の吸引力はどんどん増していき、アラミタマのもこもこから雷から、全てを吸い尽くすまで止まらなかった。
吸い込み始めてから数分。
ようやく最後の雲を吸い終わり、緇井はすぐさまコルクで蓋をする。
「……メェエエ」
外へ出ようとアラミタマが蠢くと、瓶も揺れた。吉之丸があらかじめ用意していた麻紐を巻きつける。
「くっ、キツ……」
吉之丸は、抵抗するたびに解けていく麻紐を、濃い緑の花びらをはらはらとさせながら力の限り瓶へ巻きつける。紐の巻き具合がそのまま封印の強さを表しているようだ。
アラミタマは、封印されてなるものかと抗う。
「気合い入れろ! 今までのアヤカシとは違うんだぞ!」
緇井も手伝ってどうにか封印は完了した。
瓶は、巻きに巻いて、バレーボールほどの大きな麻紐の玉になっていた。もはや瓶なのか玉なのかわからない。
「アラミタマを封じるのは初めてだが、成功してよかった」
そう言った緇井は、出逢った時のすらりと凛々しい女性へと戻っていた。
「あ、所長! 元の姿に戻りましたね!」
「うむ。これで依頼は達成できそうだな」
「無事に封印おめでと~う♪ いやあ、どうなることかと思ったけどよかったよかった♪」
アスカが拍手して労いの声をかける。
「ね、それ、見せてもらっても大丈夫?」
「ああ、構わない」
瓶というよりもはや麻紐の玉となった物を受け取ると、アスカは矯めつ眇めついろんな角度から観察し始めた。
「へぇ、これが封印……バレーボールができそうだね」
不思議な事に巻き終わりがわからなくなっている。
「これは、麻紐を巻いた分だけアヤカシの力を封じることができるんだ。瓶につけた魔法陣は、どんな大きさのアヤカシも入るように術を施している」
しかし……と、緇井は悄然とした面持ちになる。
「正直、アラミタマがここまで強力だとは思ってもいなかった。封印の方法も改良する必要がありそうだな」
「よかったら僕が手伝うよ。封印についてもっと研究も進めたいし。
君さえよければいつでもイヅナに連絡して」
アスカは名刺名刺と言ってスマホを取り出す。
画面には「国軍超常現象研究機関所属兼イズナ所属研究員」の肩書きが、アスカの子供っぽい笑顔の証明写真とともに映し出される。
「僕個人への連絡はこっちにしてね。イヅナの代表番号だと左沢さんが出てくれるだろうけど、多分室長の事で手いっぱいだと思うから」
「了承した」
二人が名刺交換をしている間、みっちゃんはキョロキョロと辺りを見回す。
「なあ、ミサギどんとユウどんは?」
「え?」
「そういえば……! ミサギ君、機嫌悪いままだよ!」
「早く何とかせえへんと、いつ爆発してもおかしないで!」
みっちゃんとアスカは真っ青になって、手当たり次第に駆け回って捜す。
「でも、本当にいないッスね」
危機感ゼロの吉之丸も近くの茂みなどに入ってみたが、見つけられずに戻ってきた。
「なに呑気にしてるんだよ! あの性格破綻者を放っておいたら大変な事になるよ!」
思わず我が身大事さに叫ぶアスカ。しかし、視界に大きな影を見つけ、救世主とばかりに瞳を輝かせた。
「木戸君っ! ああ君がいてよかった!」
皆は、残された唯一の希望、木戸へと一斉に視線を向けた。
「君ならミサギ君の居場所がわかるよねっ?」
「……」
木戸は、相変わらず寡黙な佇まいで皆の注目を浴びていたのだった。
◆ ◆ ◆
木々が生い茂る中、ミサギは眠るユウを抱えて歩いていた。
表情は見えない。俯いていて、何かを呟いているようだ。
アンフェティト オイセオア
シャンティレシャンティドゥ ヴィイレセア……
それは子守唄のように聞こえた。
ミサギが言葉を紡ぐたび、ユウの身体から薄く墨のような霧が抜け出していく。すると、アラミタマの魔力にあてられ紅潮していた頬が少しずつ落ち着いてくる。
もう少しでユウも回復するだろう。そう思うと、ミサギの表情は無意識に穏やかなものとなった。
「まったく、世話を焼かせる……」
顔がまだ少し赤い。熱を計ろうにも両手はユウを抱きかかえて塞がっている。
ミサギは、仕方無しに自身の頬をユウの頬にくっつけた。
しばらく体温を確かめているうち、自分も熱くなってきた気がして顔を離す。
「……?」
ユウの熱が移ったかと思った。しかし、では、鼓動が早まったのはなぜだろう。
初めての感覚に戸惑う。
ミサギがその答えへと辿り着くのは、まだまだ先のようである。
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