「ほぁー……」
ユウは彼を見上げた。
先ほどまで自分より低い言の葉屋を見ていただけに、余計にその男の身長は高く感じられた。
言の葉屋に似た衣装だが、灰青色の服は裾という裾がふわふわひらひらしていた。
鴉のように黒光りする髪は、ゆるくカーブし、うなじのところでまとめられている。
井上坂と呼ばれた男は、ユウを一瞥すらせず言の葉屋に訊ねる。
「言織は?」
「これじゃ。早速じゃが頼むさね」
言って、先程の言織を彼に手渡す。その表を見つめ、それから初めてユウに目をやると、
「ああ、この子……」
彼の目がきつくユウを睨んだ。
なぜ睨まれたかわからないユウは、丁寧に頭を下げる。
「は、初めまして。春日ユウです、よろしくお願いします!」
「……初めまして」
「……」
「……」
沈黙が舞い降りる。
「すまんの~、ユウ」
氷の空気に耐えかねた言の葉屋が、申し訳なさそうに言う。
「こやつは井上坂、字綴り屋じゃ。ちょこ~っとこじらせておっての。無愛想なのは勘弁してやってくれ」
井上坂はムッとしていたが、無言だ。反論しても屁理屈を言って押し倒すのが言の葉屋。昔からそれをよく知っている井上坂は、ただ黙って聞いていた。
「ほれ、井上坂! 突っ立ってないで、ユウを『えすこぉと』せい!」
尻――には言の葉屋の足が届かず、太ももを蹴り上げる。だがしかし、彼へのダメージは皆無のようだ。何度も蹴られているが、それを無視してユウを見下ろした。
「……行こうか」
「は、はい」
井上坂が言織をユウに渡す。
彼が襖を閉め、再び開けると、その先はまるで神社に続く参道のように石畳と階段が続いていた。
左右は竹林が繁り、空は夕焼けに染まっている。
「わあ……どうなってるんだ?」
驚きにキョロキョロしているユウ。井上坂は、慣れた手つきで提灯を柄の先に吊し、なにも言わず先へ進む。
珍しさに余所見ばかりのユウは、足を取られてよろける。が、井上坂は無視してどんどん先へ行く。
彼についていくには、ガタガタだがこの石畳を少し走った方がよさそうだ。
しかし、石畳の端を踏んで滑ってしまい、見事に転ぶ。
「……っ痛う」
転んだ拍子に手をついたが、片手ではバランスが悪かったようだ。
井上坂がちらりとユウを見た。ちょうど、ユウと目があったが、彼はついと目をそらす。
一方、ユウは転んだところを目撃されて、気まずさに顔が紅潮する。思わず手に力が入り、言織がシワになってしまった。
「だ、大丈夫ですっ! すぐ追いつきますから」
聞いてか聞かいでか、井上坂はそのまま歩きだす。
すぐに立ち上がるユウだったが、目の前に突然扉が現れた。
「なんだ?」
鳥居を模した佇まいに、朱塗りの門がついている。
それは開いてはいたが、徐々に閉じていくようにゆっくりと動いていた。
「げっ!?」
急いで門をくぐった。
難関を突破した風体でひと息つく。
遥か先には井上坂の背中が見える。そして、またもや鳥居と門が現れる。
「ちょっ……待って待って!」
叫んだのはその数にだった。
いくつあるか数えるくらいなら、すぐに走り出す方が利口である、そのくらいの数はあった。
しかも、そのすべてが先程と同様、閉じていくではないか。
「うわ、わ、わ、わ!」
全力で走り出すユウ。
門を通り抜けるたびに気持ちが悪くなり、頭がグラグラした。耳鳴りか、金属音まで鳴り響く。
何とか井上坂のところへたどり着こうと足掻いたが、足の力がなくなって、もつれるように倒れる。最後の一枚で間に合わなかった。
叫び声に振り向いた井上坂は、初めて異変に気付き驚く。
「!? 朱綴り?」
が、それも一瞬で閉じられてしまった。
見えたのは、門一枚のところで倒れ込むユウの姿。
井上坂は、予想外の出来事にしばし門を呆然と見つめていたが、首を左右に振って思考回路を取り戻す。
「どうして朱綴りが?」
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