口の悪さすら忘れ、ユウも顔を赤くしながら礼をする。
「は、はじめまして。こちらこそよろしくお願…………って、え?」
ユウは目を見開いた。
「え、東じょ、え? 兄ちゃ……じゃ、え?」
確か、兄に言われて会いに行く人の名も東条ミサギであったと思い出す。その人は男だと聞いていた。
目の前にいるのは、ユウから見て女性にしか見えないのだが――。
「お……おお男……?」
「僕は、自分が女だなんて言った覚えはないよ。あと、人を指差さない」
東条は悪びれもせずに言う。
「あの……じゃあ、あなたが兄ちゃんの言ってたアカツキの――」
言葉の続きは凍って出てこなかった。
周りの空気が、一気に五度下がったように冷えわたる。
「ユウ君」
「!?」
ユウの背中がぞくりとする。
いつの間に近付いたのか、東条の顔が触れるほど間近にあった。
温かい指先がユウの頬を伝う。
「それはヒスイだけが使っていい呼び名だ。彼は親友だからね。
……だけれどね、だからといって君が使っていいという道理はこれっぽっちもないよ」
瞳が凍るように冷たい。
しかも、瞳を見ているだけなのに、全ての感覚がどんどん失われていく気がする。
遠くから、朧げに声が聞こえる。
「――聞いてるかい、ユウ君?」
「は……はいっ!」
突然、耳元から声がして、ユウは驚いて跳び上がった。案の定、体の痛みで再度うずくまることになった。
「うん、よし」
ぱっと、無邪気な笑顔になる東条。
「それじゃ、自己紹介はこのくらいにして。今日はゆっくり体を休めるといいよ。詳しい話は明日にでも聞くから」
そこでユウはあることを思い出した。
「あ、あの! 一緒にいた女の子は大丈夫でしたか? ケガとかなかったですか?」
「女の子?」
東条が不思議そうな顔をする。
「僕らが見つけたのは君一人だけだよ」
そんな子いたっけ、と木戸に確認する。彼もまた知らないらしく、首を横に降っていた。
どういうことだろうか。
気を失ってから何が起こったかがわからない。東条がユウを発見する前に目が覚めて、どこか逃げてしまったのだろうか。
「え? ボク、背負ってたんです、気絶した女の子。その子に道を尋ねたときにアヤカシに襲われてしまって――」
「……ふうん」
さほど、どころか全く興味なさそうである。
「どうでもいいことだけどさ、大方、目が覚めて勝手に帰ったんじゃないの? 最近はほら、薄情な人間ばかりだから」
「ハクジョォ……」
彼に言われてしまうと、その女の子の方がかわいそうになってくる。それほど彼の言い方は冷たかった。
「それより、君の方が問題だよ」
東条がずいっと近寄る。
ユウは反射的に目を逸らした。あまりに近い。顔が上気するのを止められなかった。
「君、自分がどういう立場の人間か理解できてないの?」
「そんなことは――」
ない、とユウは否定しようとするが、言葉の最後はうまく出なかった。
「君みたいな子が無防備に街中を歩くなんてどうかしてるよ」
「だって、昼間っからアヤカシが出るなんて初めてで――!」
「理由になってない」
東条はぴしゃりと言う。
「君のように、無意識にアヤカシを呼び寄せてしまう人間が街を歩くだけで、どれだけの無関係な人を巻き込むことか」
ユウは落ち込みかけるが、ふと目を見開く。
「なんで……わかるんですか? ボクがアヤカシを呼び寄せる体質だって」
すると、東条は自分の首元をチョンチョンと指した。
ユウがつられて首元に手をやると、十字架のチョーカーがあった。
「それ、アヤカシ除けの石だよ」
ピシ……と小さく割れる音がしたので、十字架を取ってみると、中央にはめ込まれた小石にひびが入っていた。
役目を果たしたのであろう、それはみるみる砂となって消えていった。
「言ったろう、君の兄上から話を聞いたって。その兄上から注意されなかったのかい? 君はもっと周りに気を配った方がいい」
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