「むぐ~!」
ユウは口の中の物を呑み込む前に次の肉を入れ、頬が丸くなった顔で、急に立ち上がった。
「んぁ、どうした、ユウどん?」
みっちゃんは、ユウがある一点を凝視しているのを見て、思わず同じ方を向く。視線の先には、窓。さらにその先には、向かいのビルにある巨大なテレビが見えた。
今いるレストランは駅前ということもあり、店舗のみならず、外も喧噪でにぎわっている。そんな中でも、テレビはさらに響く音量で怪奇現象という名のニュースを生放送で流していた。
「あー、ここ一ヶ月で急に増えたのう、この手のニュース」
みっちゃんがコーヒーをすすりながらニュースを聞く。
簡単に説明すれば、原因不明の爆発事件があちこちで起きている、という内容だ。
「では、現場のリポーターに繋ぎます」
リポーターは、ドローンをスマホで操作し、瓦礫と化した街並みをゆっくりと映していく。時折、壊れたブロック塀や半壊の家屋の状況を説明し、悲惨な出来事だと報道をする。けが人やライフラインの復旧についても、速報データを受け取っては随時報告を繰り返していた。
テロ事件だ愉快犯だと騒がれてはいるが、じっと見つめる二人には、原因が何なのか予想がついていた。
人に見えない、触れられない――つまりは、アヤカシ。
不思議なことに、アヤカシはカメラなどの機械を通しての撮影は、ほとんどといっていいほど映らない。
たとえ、映っていても機械が使いものにならなくなってしまうのだ。
そのため、世間では怪奇現象として扱われる。
みっちゃんは、ニュースを立ち上がって凝視するユウを見て、今更何が珍しいのか訊ねた。
「あれがどしたんユウどん?」
「むっむゅん!」
口の中が食材で満員状態なのを忘れていたようだ。
ゴクンッと音を鳴らして慌てて飲み込み、言い直す。
「みっちゃん……あの映像!」
ユウが身を乗り出してテレビ画面を指差す。
「んー?」
アヤカシ絡みとわかっているみっちゃんには、さして興味のない内容。しかし、十数秒後にはユウと同じ行動をする羽目となった。
生放送で現場中継しているカメラで、何もないところが突然爆発し、付近の木々が爆風でなぎ倒されていく。
「あっ! ほら、あれ!」
ユウの指がテレビ画面の端へと何度も動く。
「あれ、ミサギさんじゃ……?」
「はあっ!?」
映像には、瓦礫に向かって走る白っぽい長髪の人間が映っていた。服装が赤くなっており、ケガなのかもともとの服の色なのか、どちらにしろかなり目立つ。そしてそのすぐ後を、遠近法が狂ったかのような大男が追う。
放送された二人の姿は、ユウの知る限りではミサギと木戸以外に思いつかなかった。
と、次の瞬間、テレビ画面は乱れ、『しばらくお待ちください』のテロップが流れ出す。
「あ……」
「あ~あ……ミサギどん、やってしもうとる」
「?」
みっちゃんはやれやれといったため息を漏らす。ユウが首をかしげていると、店員が両腕で限界まで乗せた料理を運んできた。
「た、大変お待たせしましたぁ~。こちら、4種のチーズインハンバーグとデミグラスチーズインハンバーグ、ビーフプレミアハンバーグ、ミックスグリルハンバーグ、温玉のせ和風おろしハンバーグになりまぁす……」
店員もプロ意識と根性を持っているのだろう。絶妙なバランスで五品を運び、姿勢を崩さず、料理はできたてを、そして笑顔を再び装備してやってきた。
両手で持ったミックスグリルハンバーグの鉄板をテーブルにそっとおろし、そのまま左右の手は互いの腕に乗せた料理を華麗に取る。
食べ終わった料理の皿が回収され、できたての料理がみっちゃんとユウの前にきちっと並ぶ。雑然としていたテーブルは肉料理で一気に賑やかとなった。
「では、残りの品も持ってまいります」
優雅に一礼し、去っていく。
「やるのぉ……あの店員さん」
ものの数十分で一流店員として飛躍的に成長したその後ろ姿へ、感嘆の意を漏らさずにはいられなかった。
「わーい! いっただっきまーす!」
先ほどまでのニュースがどこかへ吹っ飛び、ユウは瞳を輝かせた。
今まで食べた品数を見ても、大人が十人がかりで食べるほどの量だが、ユウは嬉々として口へと放り込んでいく。
「……ホンマ、おいしそぉに食うのう~」
できたて熱々の料理は、鉄板にしたたる肉汁をジュワッと弾けさせながら『食べてくれ』といわんばかりに主張する。添えられたポテトとブロッコリーも、はねた油がきらびやかに彩りを加え、実に美味しそうな焼き目をつけている。
誘惑に負けて頬張ったなら、口内の火傷は避けられない。
しかしながら、ユウは百戦錬磨の強者だ。次々に慣れた手付きで口へと運んでいく。
――まあ、昨日のあの揚げたてアツアツ唐揚げを躊躇なく食ってたんだし、平気なんやろうなぁ……
と、みっちゃんはぼんやり思いながらユウを眺めていた。
そんな時だ。
突然にお笑い番組のメロディが流れ出したのは。
◆ ◆ ◆
「あ、すまん。ワッシのスマホじゃ」
みっちゃんがポケットから取り出すと、スマートフォンの画面には木戸からのメッセージが表示されていた。
タイトルは、木戸らしい事務的なもので、現状報告と依頼が簡潔に書かれていた。
「あ~……やっぱりのう」
「おーあひはほ、ひっひゃん?」
ユウは、半分に切ったハンバーグを頬張りながら訊ねた。
無防備に振り向いたみっちゃんは、子供特有のまあるいほっぺを見て、思わずスマホを落としそうになる。
「丸すぎやぁっ!」
ツッコミ精神から思わず叫んでしまったのは、仕方のないことだった。
みっちゃんは、届いたメッセージをそのままユウに見せた。
口の中の物を急ぎ目に咀嚼し、飲み下したユウの表情には疑問符が浮かんでいた。
「何これ? い……づ、な? 漢字ばっかりで読めないよ?」
言われて、みっちゃんはミサギに注意されたことを思い出す。
義務教育が当たり前の中、ユウは兄であるヒスイとあちこち旅をしていた根無し草だったのだ。
学校へ通う暇すらなかったと聞く。
今、ユウの知識は、園児並みといっても過言ではなかった。
「なあ、ユウどん……今度、一緒に漢字の勉強しよーな……」
みっちゃんはため息を落とした。
改めてスマホをタップし、
「これはな、木戸はんからのヘルプの連絡なんや」
サングラスで見えない表情が、真面目な声音で説明する。
メッセージタイトルにある『緊急』の文字が、みっちゃんの気持ちに焦燥を刷り込んだ。が、ユウにそれが伝わったかどうか。
「さっき、生放送でニュース流れとったろ? 普通なら、アヤカシ退治はニュースどころか、街の便利屋さんで済むくらいの規模なんよ」
「え、でも――」
「せや、今回のは、ミサギどんと木戸はんの二人じゃ手に負えんくらいヤバいやつじゃ」
スマホから視線を外すことなく、みっちゃんは返信を打ち込みながら続ける。
「あの状況からするに、かなり手ごわいアヤカシで、しかもまだ退治できとらん。木戸はんの連絡では何体おるかも書いとらんが、もしかしたら一体じゃないのかもしれん。そーゆー時は、臨時でわっしも手伝っちょるんよ」
「えっ……!?」
ユウの表情が驚きに染まる。
「みっちゃん……」
「こりゃ急がなあかんヤツや! ユウどん、悪いが――」
「ねえ、みっちゃん……」
「どしたんや!? まさか、またニュースに――」
一人慌ただしくする彼に、ユウは冷静に、しかし真面目に問う。
「みっちゃん……戦えるのか……?」
「……………………は?」「むぐ~!」
ユウは口の中の物を呑み込む前に次の肉を入れ、頬が丸くなった顔で、急に立ち上がった。
「んぁ、どうした、ユウどん?」
みっちゃんは、ユウがある一点を凝視しているのを見て、思わず同じ方を向く。視線の先には、窓。さらにその先には、向かいのビルにある巨大なテレビが見えた。
今いるレストランは駅前ということもあり、店舗のみならず、外も喧噪でにぎわっている。そんな中でも、テレビはさらに響く音量で怪奇現象という名のニュースを生放送で流していた。
「あー、ここ一ヶ月で急に増えたのう、この手のニュース」
みっちゃんがコーヒーをすすりながらニュースを聞く。
簡単に説明すれば、原因不明の爆発事件があちこちで起きている、という内容だ。
「では、現場のリポーターに繋ぎます」
リポーターは、ドローンをスマホで操作し、瓦礫と化した街並みをゆっくりと映していく。時折、壊れたブロック塀や半壊の家屋の状況を説明し、悲惨な出来事だと報道をする。けが人やライフラインの復旧についても、速報データを受け取っては随時報告を繰り返していた。
テロ事件だ愉快犯だと騒がれてはいるが、じっと見つめる二人には、原因が何なのか予想がついていた。
人に見えない、触れられない――つまりは、アヤカシ。
不思議なことに、アヤカシはカメラなどの機械を通しての撮影は、ほとんどといっていいほど映らない。
たとえ、映っていても機械が使いものにならなくなってしまうのだ。
そのため、世間では怪奇現象として扱われる。
みっちゃんは、ニュースを立ち上がって凝視するユウを見て、今更何が珍しいのか訊ねた。
「あれがどしたんユウどん?」
「むっむゅん!」
口の中が食材で満員状態なのを忘れていたようだ。
ゴクンッと音を鳴らして慌てて飲み込み、言い直す。
「みっちゃん……あの映像!」
ユウが身を乗り出してテレビ画面を指差す。
「んー?」
アヤカシ絡みとわかっているみっちゃんには、さして興味のない内容。しかし、十数秒後にはユウと同じ行動をする羽目となった。
生放送で現場中継しているカメラで、何もないところが突然爆発し、付近の木々が爆風でなぎ倒されていく。
「あっ! ほら、あれ!」
ユウの指がテレビ画面の端へと何度も動く。
「あれ、ミサギさんじゃ……?」
「はあっ!?」
映像には、瓦礫に向かって走る白っぽい長髪の人間が映っていた。服装が赤くなっており、ケガなのかもともとの服の色なのか、どちらにしろかなり目立つ。そしてそのすぐ後を、遠近法が狂ったかのような大男が追う。
放送された二人の姿は、ユウの知る限りではミサギと木戸以外に思いつかなかった。
と、次の瞬間、テレビ画面は乱れ、『しばらくお待ちください』のテロップが流れ出す。
「あ……」
「あ~あ……ミサギどん、やってしもうとる」
「?」
みっちゃんはやれやれといったため息を漏らす。ユウが首をかしげていると、店員が両腕で限界まで乗せた料理を運んできた。
「た、大変お待たせしましたぁ~。こちら、4種のチーズインハンバーグとデミグラスチーズインハンバーグ、ビーフプレミアハンバーグ、ミックスグリルハンバーグ、温玉のせ和風おろしハンバーグになりまぁす……」
店員もプロ意識と根性を持っているのだろう。絶妙なバランスで五品を運び、姿勢を崩さず、料理はできたてを、そして笑顔を再び装備してやってきた。
両手で持ったミックスグリルハンバーグの鉄板をテーブルにそっとおろし、そのまま左右の手は互いの腕に乗せた料理を華麗に取る。
食べ終わった料理の皿が回収され、できたての料理がみっちゃんとユウの前にきちっと並ぶ。雑然としていたテーブルは肉料理で一気に賑やかとなった。
「では、残りの品も持ってまいります」
優雅に一礼し、去っていく。
「やるのぉ……あの店員さん」
ものの数十分で一流店員として飛躍的に成長したその後ろ姿へ、感嘆の意を漏らさずにはいられなかった。
「わーい! いっただっきまーす!」
先ほどまでのニュースがどこかへ吹っ飛び、ユウは瞳を輝かせた。
今まで食べた品数を見ても、大人が十人がかりで食べるほどの量だが、ユウは嬉々として口へと放り込んでいく。
「……ホンマ、おいしそぉに食うのう~」
できたて熱々の料理は、鉄板にしたたる肉汁をジュワッと弾けさせながら『食べてくれ』といわんばかりに主張する。添えられたポテトとブロッコリーも、はねた油がきらびやかに彩りを加え、実に美味しそうな焼き目をつけている。
誘惑に負けて頬張ったなら、口内の火傷は避けられない。
しかしながら、ユウは百戦錬磨の強者だ。次々に慣れた手付きで口へと運んでいく。
――まあ、昨日のあの揚げたてアツアツ唐揚げを躊躇なく食ってたんだし、平気なんやろうなぁ……
と、みっちゃんはぼんやり思いながらユウを眺めていた。
そんな時だ。
突然にお笑い番組のメロディが流れ出したのは。
◆ ◆ ◆
「あ、すまん。ワッシのスマホじゃ」
みっちゃんがポケットから取り出すと、スマートフォンの画面には木戸からのメッセージが表示されていた。
タイトルは、木戸らしい事務的なもので、現状報告と依頼が簡潔に書かれていた。
「あ~……やっぱりのう」
「おーあひはほ、ひっひゃん?」
ユウは、半分に切ったハンバーグを頬張りながら訊ねた。
無防備に振り向いたみっちゃんは、子供特有のまあるいほっぺを見て、思わずスマホを落としそうになる。
「丸すぎやぁっ!」
ツッコミ精神から思わず叫んでしまったのは、仕方のないことだった。
みっちゃんは、届いたメッセージをそのままユウに見せた。
口の中の物を急ぎ目に咀嚼し、飲み下したユウの表情には疑問符が浮かんでいた。
「何これ? い……づ、な? 漢字ばっかりで読めないよ?」
言われて、みっちゃんはミサギに注意されたことを思い出す。
義務教育が当たり前の中、ユウは兄であるヒスイとあちこち旅をしていた根無し草だったのだ。
学校へ通う暇すらなかったと聞く。
今、ユウの知識は、園児並みといっても過言ではなかった。
「なあ、ユウどん……今度、一緒に漢字の勉強しよーな……」
みっちゃんはため息を落とした。
改めてスマホをタップし、
「これはな、木戸はんからのヘルプの連絡なんや」
サングラスで見えない表情が、真面目な声音で説明する。
メッセージタイトルにある『緊急』の文字が、みっちゃんの気持ちに焦燥を刷り込んだ。が、ユウにそれが伝わったかどうか。
「さっき、生放送でニュース流れとったろ? 普通なら、アヤカシ退治はニュースどころか、街の便利屋さんで済むくらいの規模なんよ」
「え、でも――」
「せや、今回のは、ミサギどんと木戸はんの二人じゃ手に負えんくらいヤバいやつじゃ」
スマホから視線を外すことなく、みっちゃんは返信を打ち込みながら続ける。
「あの状況からするに、かなり手ごわいアヤカシで、しかもまだ退治できとらん。木戸はんの連絡では何体おるかも書いとらんが、もしかしたら一体じゃないのかもしれん。そーゆー時は、臨時でわっしも手伝っちょるんよ」
「えっ……!?」
ユウの表情が驚きに染まる。
「みっちゃん……」
「こりゃ急がなあかんヤツや! ユウどん、悪いが――」
「ねえ、みっちゃん……」
「どしたんや!? まさか、またニュースに――」
一人慌ただしくする彼に、ユウは冷静に、しかし真面目に問う。
「みっちゃん……戦えるのか……?」
「……………………は?」
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